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2004.09.19

■村上春樹『アフターダーク』(講談社刊)

 ぼんやりした夜明け前のあさぼらけな雰囲気がこの本の読後感だ。
 
 まず文体。今回、まるで映画のシナリオのような文体をわざと使っている。
 章ごとの導入の文章は、「前と同じ「デニーズ」の店内。」とか、「浅井エリの部屋。」という具合に、シナリオのト書きそのまま。
 そして前半は浅井マリと浅井エリのエピソードが交互に現れるのだけれど、どちらも「私たち」はカメラのポジションが移動するように彼女達を観察することになる。※1

 私たちは店内をひととおり見まわしたあとで、窓際の席に座ったたった一人の女の子に目をとめる。(P9)

 カメラのアングルは今ではひとつに固定されている。カメラは「顔のない男」の姿を正面、いくぶん下方から見据えたまま動かない。(P72)

 いつもの「ぼく」の一人称とは違う映画シナリオ的描写により、感情のトレースは少し弱く、客観的に小説の登場人物を眺めているような感覚になってくる。
 何故、今回、村上春樹はこういう文体で描いたのか? 映画化はほとんどされていない村上作品なのだけれど、映画化を前提にした小説で既にどっかの映画会社と話が進んでいる?? ってのは、多分違うでしょう。
 全体で描いているものとこの文体が村上春樹の中では、不可欠だったのだろう。
 よくはわからないけれど、こういう眺める視点で状況をドキュメンタリー的に切り抜きたかったのかもしれない。
 姉の様子から家にいたたまれず夜中の街をさまよう浅井マリ。ホテル「アルファヴィル」の元女子プロレスラーカオル。中国人の女を殴るシステムエンジニア。、、、、どれもこの現在の街のどこにでもありそうな情景である。
 そして全編の底流に流れる不安感。薄皮一枚でつながっているが、その下に広がる闇。コンビニの携帯電話で象徴したどこにでもある薄皮一枚向こうの暗闇。村上春樹の目には、切り取りたかった現代はこんな風に映っているようだ。
 不安感漂う一冊。

※1.こういう叙述的仕掛けがありそうな書き方をされると、『ケルベロス第五の首』読後の後遺症で何か仕掛けが??と悩んでしまうではないですか? これって、ケルベロス症候群とでも名づけますか?
◆関連リンク
・25pesoさんの「アフターダークの冒険」。ウェブでいろいろな「アフターダーク」を調査されてます。
『アフターダーク』(Amazon)
・ゴダールのDVD 『アルファヴィル』ALPHAVILLE
◆音楽リンク
 小説中で流れている音楽。村上春樹の中ではこれらの曲がこの小説に必要だったわけです。
 AppleのiTuneをダウンロードしてSEARCHして試聴するのもいいですね。
・Curtis Fuller "Five Spot After Dark"
・Duke Ellington "Sophisticated Lady"
・Hall and Oates "I can't go for that"
・Sonny Rollins "Sonny Moon For Two"
・Solvatore Adamo "Tombe La Neige"
・スガシカオ「バクダンジュース」

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