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2004年9月5日 - 2004年9月11日

2004.09.08

■BS アニメ夜話 『カリオストロの城』

 今日は国生さゆりが加わったからか、割と普通の話にまとまっていたよーな。もっと『やぶにらみの暴君』の話とか、アニメータの話題にも触れてほしかったなーー。
大塚康生とのコンビ
 面白かったのは、大塚康生とのコンビネーションの話かな。僕も宮崎駿の黄金期※1は、『未来少年コナン』と『カリ城』と思うのだけれど、どうしてそうなのかな?と思ってたので、参考になった。
 唐沢俊一の言っている「宮崎-陰、大塚-陽」というのはちょっとピンとこないのだけれど※2、確かに『コナン』と『カリ城』とか大塚とのコンビ作に傑作が多いのは間違いない。※3 ここらの分析をもっと読んでみたい。『リトルニモ』が宮崎+大塚コンビで作られていたら、検証できたかもしれないのだけど。今から大塚作監を復活させて検証するわけにもいかないし、、、。『雑想ノート』のどれか小品を30分だけ老人チームで作ってみてほしかったりして。
何故、『コナン』と『カリ城』なのか。
 検証されないとわからないなら、この切り口でなく何故『コナン』と『カリ城』が傑作なのかをちょっとだけ考えてみる。もしかするとやはりこの宮崎監督作の初期2本は、ずっと蓄積された宮崎の想いが初めての監督作で思い通りに解放されていることが原因かもしれない。(あ、割と一般的説明ですが、、、。)
 何がいいって、特にこの二作の一番の名場面を挙げるとすると、僕は『コナン』の「大津波」のモンスリーが過去を思い出すシーンと、『カリ城』で過去にルパンとクラリスが会っていたことをルパンが思い出すシーンが、とにかく最高シーンだと思う。どちらも似たシーンだけど、宮崎がずっとそこまでの画面にそこかしこで込めてきた想いが結晶化しているようなそんなシーンだと思う。情感というか記憶の回復というか、これこそ言葉では書けない映像のみの持ちうる何ものかの表現なのだと思う。で、何が言いたいかというと、ここに象徴化されているようにこの二作にはそれ以外にも宮崎のそれまでの想いの蓄積が随所に結晶化されていて、それで傑作たりえているのではないか、と思うのだ。つまりここで一番純粋な形で、宮崎が蓄積してきたいろいろなものが解放されて傑作が生まれた。その後の作品は技術レベルは高いけど、観客にここまで伝わってくる「想い」が込められていないのではないかな、という解釈。 ど、でしょ。長文でくどくてわかりにくいっすね。
何故、少女を助けるのか?
 この蓄積について一つだけ書く。白い服を着た少女について。『宮崎駿の原点―母と子の物語』という大泉 実成が書いた本の中に非常に興味深い宮崎の子供時代のエピソードがある。あまりに後の作品にピッタリはまりすぎてかえって嘘くさく思えるエピソードなのだけど、、、。
 手元に本がなく記憶で書くけど、東京大空襲の中、トラックで逃げる宮崎一家と駿少年の前に、逃げられず助けを求める白い服の少女がいた。しかしトラックはいっぱいで見捨てて逃げてしまった。宮崎少年はこの時の少女に強烈な原罪を感じている、というもの。
 その時、逃げてしまった宮崎が悔いるのは、少女の持っていた未来の可能性を殺してしまったのではないかということである。ありえたかもしれない未来を奪ったのが自分であるというような想いを持ったというようなインタビュー記事だったと思う。
 『コナン』も『カリ城』も、まさにこの白い服の少女を助ける、というモチーフが歴然とある(と言うか、その他の作品もこればっか(^^;))。そして記憶がよみがえるシーンで物理的に助けるだけでなく、精神的な浄化みたいなことも同時に描いていたりする。ここに込められた宮崎の想いというのは、たぶん僕らが単にロリコンと揶揄する以上の何ものかがあるのだと思う。
 んで、細かくは分析できてないけれど、ここをもっとも見事に結晶化しているのが、この二作を傑作としている理由ではないかと思うのである。番組で井上伸一郎がインタビューでクラリスは理想化しすぎているのではないか、と言ったら烈火のごとく宮崎が怒ったと話していたが、宮崎にこんな後悔の記憶と、ありえたかもしれない少女の可能性に対する想いがあるとすると、烈火の怒りもわからんではないなーー、と思ったりするのである。特に長年の想いを初めて自作で解放したこの二作については。※4
( あー、明日も仕事だというのに、何を真剣に長々と書いているんだーー>>>自分。ちょっと仕事逃避モード強い今週です。許してたもれ。)

※1.ただし漫画の『風の谷のナウシカ』は別格。これは本当に凄いと思う。『コナン』と『カリ城』の宮崎アニメの良さとは、またちょっと別ですが、、、。あと後期宮崎では『魔女の宅急便』と『ON YOUR MARK』とかも好きですが。
※2.『旧ルパン』や『侍ジャイアンツ』や『ど宝』、『空飛ぶ幽霊船』の宮崎原画を観てもコンテや『雑想ノート』にしても、宮崎のおおらかな作画センスが出ていて、大塚-陽に対する陰とは思えないので。
※3.でも大塚コンビ作だけでなく「テレコム」で作ったのは、後期に比べ傑作が多いと思う。
※4.少女を助ける、そのものの話に宮崎は傑作が多い。『ON YOUR MARK』、「泥棒は平和を愛す」とか。東映動画『ガリバーの宇宙旅行』で新人アニメータの立場で、強引にラストをこのモチーフに持ってきたエピソードも有名。

◆関連リンク
・唐沢俊一が収録の様子を書いています。裏モノ日記 2004年8月の8/18分。『やぶにらみの暴君』についても語っていたようですね。放送ではカットされてたみたい。
『宮崎駿の原点―母と子の物語』(Amazon)
未来少年コナン 6「大津波」収録 (Amazon)
ルパン三世...スタジオジブリ絵コンテ全集...「泥棒は平和を愛す」収録 (Amazon)
・当Blog記事
 ■BS アニメ夜話 ラインアップ
 ■BS アニメ夜話 『銀河鉄道999』

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2004.09.07

■村上春樹著 『辺境・近境』 新潮文庫刊

 村上春樹の97年刊行のエッセイ集。
 ニューヨーク近郊の作家の町イースト・ハンプシャー、ノモンハン、メキシコから、うどんの讃岐まで、旅する作家の紀行集。
 この作家のエッセイは今まであまり読んだことがなかったので、小説からイメージしていたのと比較して、ああこういう人なのか、という新鮮な感じ。でも実は小説からイメージしていたのとあまり変わらなかったのだけれど(^^;)、メキシコの下りでの放浪癖の話とか、面白かった。
 P49に人が旅をする根源的な理由について、ポール・セローの小説でのある女の子の言葉を引いて、こんな風に書いている。

 「本で何かを読む、写真で何かを見る、何かの話を聞く。でも私は自分で実際にそこに行ってみないと納得できないし、落ち着かないのよ。たとえば自分の手でギリシャのアクロポリスの柱を触ってみないわけにはいかないし、自分の足を死海の水につけてみないわけにはいかないの」(略)理由のつけられない好奇心、現実的感触への欲求。

 旅先でいろんなものをつい触ってしまう私は、この意見に同意。この紀行全体にそこはかとなく、この現実的感触が描かれていて、擬似旅行できる。とーとつだけど、ヴァーチャルリアリティに大切なのは、触覚なのかも、と思うのである。
 あとノモンハンの下りで、中国に自動車各社が虎視眈々と車を売ることを考えているけれど、自動車事故でそこに現出するのは「おそらく桁違いの悪夢(中国に関するものはだいたいみんな桁違いになる傾向がある)」、、というところも興味深い。大陸で作家は幻視したのでしょう。「桁違い」という表現が身に迫ります。10年後の中国も是非レポートしてほしいものです。
 あ、讃岐でうどんを喰い続ける話も好きです。行ってみたい!超ディープな「中村うどん」へ。(ここの紹介も良い味出てます)
◆関連リンク
『辺境・近境』新潮文庫(Amazon)
『辺境・近境 写真篇』 松村 映三著, 村上 春樹著 新潮文庫 (Amazon)

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■BS アニメ夜話 『銀河鉄道999』

 なかなか濃い一時間でした。
 氷川竜介と村上隆が金田伊功を語るところ、それがお茶の間のTVで語られていることに、まず感嘆。『さらなら銀河鉄道999』のプロメシュームと、『ブライガー』のコマ送りをNHKの放送で観られるとは! 20年以上前のまるでアニメージュの誌面がTVで紹介されているようで懐かしいやら、ついにこんな時代になったと感慨にひたる(←バカ)。印象では1/3の時間が金田について語られていた。(それにしても準備されていた金田氏の写真の古さよ!昔どっかの雑誌で見た愛車ジムニーと写ってるやつでした)

 友永和秀のシーンは、キャプテンハーロックが正面に向けて歩いてくるところの抜粋だったけれど、僕的には機械伯爵の時間城への侵入シーンで銃を構えるところとか、錆びていく城から逃げる所の鉄郎の走りを見せてほしかった(あれって、友永氏だよね?)。コミカルでシャープなあのアニメートが良かったのだけど、、、。
 北久保弘之が友永氏は『999』で認められて宮崎監督&大塚作監に『カリ城』に呼ばれたと言ってたけれど、ちょっと当時の流れでいうと違和感があった。もともと友永和秀は『999』の前の年の『未来少年コナン』で作画をやっていたので、単にその流れで『カリ城』に入ったんじゃなかろうか。

 あと北久保がポロっとしゃべった某押井監督発言 作品的にはなんにもない『犬神家の一族』を編集だけでみせてしまう市川昆。彼がたずさわったことによる『999』と、関係してない『さよなら』の違いを観よ! (表現はもっと過激でした) というのも面白かった。確かに全体の印象として、なんか映画のキレが全然違いますね、『999』と『さよなら』では。ストーリーの差だと思ってたけど、実は編集の差がかなり大きく影響しているのか?? (金田で動体視力を鍛えた僕は『さよなら』って、あのプロメシュームが観れただけで大満足だったけど。)
 
 当時、アニドウの『フィルム1/24』か何かで、金田・友永両氏がこの映画のことをアニメ的には『銀河鉄道なんにもナイン』と影で言ってたという記事も思い出した(『フィルム1/24』が発掘できず正確には未確認)。今、それを松本御大についてより二人のアニメータに時間を割いてとりあげられていることに、これまた感慨。

 映画としての『銀河鉄道999』は、なんか見直すと今のアニメに比べると素朴ではあるけれど、あれを観た夏の日を想い出して、グッときてしまう。アニメとか映画にもっと熱くなってた頃の残り香みたいなものを嗅ぎとってしまうからなのかも。こういうタイプの映画は自分にとっては貴重な数本のうちの一本かもしれない。
 
 というわけで、なかなか初回から良い疾走感でした。村上隆を岡田斗司夫があしらった(違ったっけ?)ところもオタク的にはなかなか愉快だったし、、、。明日の『カリ城』での炸裂も楽しみにしましょう!!

◆関連リンク
・村上隆の語る金田のプロメシューム作画
・金田作画を語る氷川竜介の話をさらに読みたい人は、『20年目のザンボット3』オタク学叢書 (Vol.1)(Amazon)
・A-STYLE 劇場版『銀河鉄道999』スタッフリスト
・金田、友永他についての個人的に好きなシーン 投票アンケート ブライガー強い!
・当Blog記事 ■BS アニメ夜話 ラインアップ

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2004.09.05

■多砲搭戦車 悪役一号

tahoutou_tank.jpg

 たのみこむにて多砲搭戦車 悪役一号の予約募集がされています。

 ご存知、『宮崎駿の雑想ノート』(Amazon)に登場する戦車です。思わず注文しそうになりましたが、今のところ、思いとどまりました(^^;)。

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