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2006年9月17日 - 2006年9月23日

2006.09.23

■学生手作り宇宙船からの地球画像 
  & V2ロケットが撮った世界初の宇宙(?)映像

Air_space_by_students
宇宙から見たリアルな地球の画像
◆イギリスの大学生が自作の宇宙船で撮影
(Technobahn)

 たった1000ポンド(約20万円)で宇宙船を開発して、宇宙からデジカメでリアルな地球を撮影することに成功した。
 上の画像は高度32kmから撮られた地球の画像となる。一般的には高度100km以上を宇宙と呼ぶことから、高度32kmは成層圏の範囲内となるが、丸みを帯びた地平線の画像はかなりリアルだ。

◆最初に宇宙に到達したのはドイツのV2ロケット? (Technobahn)

 アメリカ軍は第二次世界大戦終結にあたってナチスドイツが開発を行っていたV2ロケットを捕獲。そのロケットをニューメキシコ州のホワイト・サンズ空軍基地でジョン・ホプキンス大学の協力の元で1946年にビデオカメラを搭載して打ち上げ実験を行った。
 その画像が60年を経過してようやく今年の2月に機密解除となり公開されたわけであるが、驚くべきはそのビデオ画像だ。→こちら(www.flightglobal.com)

 とても興味深い記事がシリーズで掲載されています。
 学生たちは気球でのテストフライトに成功。わずか20万円で実現とは素晴らしいものです。これならROBO ONEのような草の根での宇宙進出コンテスト開催も夢ではないかも。(ROBO-ONE宇宙大会(サンライズの作ったプレゼンアニメがいい)が開催されていますし、、、。)

 V-2の映像は1946年、スプートニク1号が1957年なので10年先行している。人工衛星と比べると衛星軌道まで行っていないが、それでも宇宙(近辺)からの映像をとらえたという事では画期的ではないだろうか。(ロケット・ミサイル技術の年表(WikiPedia) 宇宙開発史関連年表 等にも記載はない)。ということで、V-2の映像関連リンクです。

V-2ロケット(YouTube)
White Sands NM V-2 rocket, 1946/11/21 (1946)
 まさにV2からの宇宙映像。上のリンク先とは違うムービー。
First Pics. Rocket Bomb in U.S, 1946/05/13 (1946) 
 ホワイトサンズでの打ち上げの様子。
V-2 Rocket Test, 1946/05/02 (1946)
 アメリカでの打ち上げテスト失敗の様子。

WW2 German Army V2 Rocket
 ドイツでの打ち上げ。

◆関連リンク
・当Blog記事 今でもできる宇宙旅行 (一部分を再掲載)

 宇宙旅行時代は夢かも、と思っている貴方に、ひとつ提案です。
 飛行機の飛行高度をご存知ですか?高度1万~1万3000mつまり13kmの成層圏を飛んでいるのが飛行機の高度なわけです。これは宇宙を100kmからとすると、約1/8の高度なわけです。1/8を高いとみるか低いとみるかは個人の主観。だけれども一桁は違わないと言うのは、私は結構凄いことだと思う。

 飛行機の移動で窓際の席に座れたらラッキー。外の景色をじっくりと楽しんでください。そこはすでに1/8の宇宙。これを亜宇宙と呼んだら人は笑うかもしれません。んが、私はドイツから日本への出張の帰路、シベリア上空でずっーーと明けていく地球を眼下に見続けていたことがあるのですが、これが星と地球の丸みと、そしてシベリアの大地が見事にスペースシャトルからの光景に少しだけ近い映像として、そこにあるわけです。
 はっきり言って魅了されました。夢想だけれど、今、自分がロケットに乗っているんだと思い込もうとすると、それなりに納得/感激できる映像が広がっているわけです

 これがその時の写真。どうですか、宙の色の違いはいかんともしがたいですが、上の高度30kmの宇宙と比べても大きくは違わないのではないでしょうか?ちょっと強引??(^^;)
Airplane_space_tour

宇宙旅行の展望(The Prospects for Passenger Space Travel)

 Patrick Collins教授  2001年2月 米国
 第四回FAA商業宇宙輸送予測会議
 (FAA Commercial Space Transportation Forecasting Conference)

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2006.09.20

■Comic(コミック)リュウ創刊号
  女立喰師列伝 ケツネコロッケのお銀/パレスチナ死闘篇

『月刊 COMIC(コミック) リュウ 2006年 11月号』 (公式HP)

京極夏彦×樋口彰彦『ルー = ガルー』
 妖怪は過去にばかりいるわけじゃない。京極夏彦が描く美少女キャラがいっぱいの近未来SFを、新鋭・樋口彰彦がコミック化。
ふくやまけいこ『ひなぎく純真女学園』
 <かわいい>の名匠・ふくやまけいこが教えてくれるナイショの話。
吾妻ひでお『不条理日記2006』
 いまや日本を代表する「日記文学」となった『失踪日記』の原点!? 傑作『不条理日記』の2006年度版が登場。
梶尾真治×鶴田謙二 『おもいでエマノン』
 鶴田謙二が最も愛するSF・梶尾真治の「エマノン」シリーズをついにコミック化。
吾妻ひでお 『失踪入門』 失踪する、する時、すれば、せよ! 
 精神科医・香山リカの実弟にして失踪予備軍(?)中塚圭骸をインタビュアーに<失踪のすべて>を毎号レクチャー。
押井守 立喰師外伝 ケツネコロッケのお銀/パレスチナ死闘篇
 創刊号には特別付録DVD付き! 世界の押井守が「COMICリュウ」創刊のために、短編映画を撮り下ろします。あの映画『立喰師列伝』の作中で、パレスチナに渡ってゲリラとなったお銀さんのその後がわかります!!
 (制作裏舞台→GA Graphic) 

 以前は、創刊号に士郎正宗の名もありましたが、いつのまにか創刊号の紹介ページから消えています。

 しかしこの雑誌、80年代初頭に学生していた我々に直撃のラインナップですね。もちろん『不条理日記』2006年度版と『女立喰師列伝』DVDが目玉でしょう。これは買うしかない。

 と思っていたら、既にAmazonでは売り切れで、マーケットプレイスで1000円のプレミア価格が付いている!、、、まだ買っていない私はどうすればいいんじゃーー。明日、本屋何軒かをさ迷うことになりそうです。

押井守監督DVD『立喰師列伝 コレクターズセット』(Amazon)

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2006.09.19

■『イノセンス』Blu-ray Discオーサリングスタジオレポート

Blu-ray Discパッケージはこうして作られる,ソニーPCLがオーサリング・スタジオを公開 (Tech-On!)

 編集作業を進めているアニメ映画「イノセンス」は,Blu-ray Discの映像符号化速度の最高値である40Mビット/秒に迫る37.5Mビット/秒で符号化している。「イノセンス」のBlu-ray Discパッケージ・メディアは,2層媒体で2006年12月に発売予定である。

 『イノセンス』のオーサリング風景とそのスタジオの概要がレポートされています。

 やはり高精細が威力を発揮する場合、『イノセンス』のようなコンテンツが有効になるのでしょうね。これをBlu-ray Discの目玉のひとつにしたかったから、今まで、ハイビジョンで放映されなかったのでしょうか、、、、。ブルーレイには、それほど物欲を刺激されていないのですが、『イノセンス』のソフトはそそられます。

◆関連リンク
ソニーPCL ブルーレイ(BD)トータルサービス
Innocence_blueray_1 押井守監督『イノセンス(Blu-ray Disc)』(Amazon)

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2006.09.18

■新刊メモ 『世界のアニメーション作家たち』
       『「ねずみ男」精神分析の記録』

小野 耕世『世界のアニメーション作家たち』
 人文書院 書籍情報 近刊案内

 (略)これまでおこなったアニメーション作家らの複数回にわたるインタビューを中心に構成する。作家の生の声から、創作の秘密、活動の軌跡を辿るとともに、著者の20年以上にわたる交友・活動をもふりかえる。戦後のアニメーション史を形づくる一冊。

ヤン・シュヴァンクマイエル 「アニメーションは触覚的な活動だ」
ミシェル・オスロ       「私は北斎を心の師だと思っている」
ルネ・ラルー      「アニメーションこそがほんとうの映画だ」
ラウル・セルヴェ  「私はルネ・マグリットを怒らせてしまったよ」
スーザン・ピット  「最初の『キング・コング』の映画が大好きよ」
ジミー・T.ムラカミ   「私は日系人収容所で『白雪姫』を見た」
フレデリック・バック      「絵はちいさくてもかまわないんだ」
ニック・パーク           「口がないからこそ雄弁なのさ」
エドゥアルド・ナザロフ 「アニメ作りには女房の協力が必要だよ」
ユーリ・ノルシュテイン「いつも父への想いが私を追っているのです」
アレクサンドル・ペトロフ「油絵アニメは、最も自然で調和のとれる手法だった」
イジー・バルタ        「『笛吹き男』の色彩には苦労したよ」
カレル・ゼマン     「ジュール・ヴェルヌの海に、私はあこがれた」
ポール・グリモー「ぼくはジュール・ヴェルヌの生まれ変わりかな」
レイ・ハリーハウゼン     「ダイナメーションの映像魔術を話そう」

 かつてSF雑誌のコミックとアニメの記事で、小野耕世氏の文章はよく読んでいたので、なんか懐かしいのですが、長年の作家たちとの交流がまとめられています。
 シュヴァンクマイエルとのインタビューも3回分ほど掲載されている(立ち読みの時間がなかったもんではっきり確認してない、、、)。

 古いところではレイ・ハリーハウゼンから、イジー・バルタまで掲載。現実に会ってインタビューされている記録としては、なかなか貴重な一冊。というわけで掲載作家名、全て引用しました。

ジクムント・フロイト 北山修監訳『「ねずみ男」精神分析の記録』
 人文書院 書籍情報 近刊案内

 上の本を調べていて、たまたま同じ人文書院の新刊でこんな本が出てました。
 まずタイトルでびっくり。水木しげるにフロイトが取材して書いた架空の精神分析記録、、、、かと思わず思いました。いや、薄学なもので、、、(^^;)。

 フロイトの技法的な細かな仕事ぶりを目の当たりにする臨場感に満ち満ちた精神分析の真髄。一人の精神分析家が他人の人生に参加し、観察し、記録し、考え、生きるということとはどういうことか。フロイトが遺した「ねずみ男」と呼ばれる唯一の精神分析の記録の完全訳。

 HP フロイト Sgmund Freudの一生と精神分析より

■ねずみ男  ねずみ男の分析は、治療が成功した唯一の事例といわれている。(略)-ねずみ男とよばれる(フロイトが呼んだ)強迫神経症患者は、当時29歳の法律家で、自分の父親と自分の愛する女性の身に恐ろしいことがおきそうだという恐怖におびえていた。(略) “ねずみ男”とフロイトが呼んだひとつの理由は、『鼠刑のはなし』が頭から離れないという患者の訴えから。

 「唯一」というのが凄いですね。記録が残っていないのか、完治した例が少なくて公表できなかったのか、門外漢なのでなんとも言えませんが、あのフロイトにしてこういうことなのですね。精神分析って、なーんか馴染めない気がし続けていたのですが、京極夏彦が『狂骨の夢』で書いたのを読んで妙に納得してました。でも本当はこういう本家本元の原点にあたって自分の目で確かめることが必要なのでしょうね。

 すみません、ただタイトルだけで、とりあげました。きっと読むことはないでしょう。だれか読んだら、コメントPlease!

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2006.09.17

■黒沢清監督『大いなる幻影』:Barren Illusion
  黒沢清映画はSFだったようだ。

Ooinaru_genei

1999年 製作: ユーロスペース, 映画美学校
プロデューサー: 掘越謙三, 松田広子
脚本: 黒沢清
撮影・照明: 柴主高秀
美術: 松本知恵(映画美学校第1期高等科修了。『LOFT』美術)
音楽: 相馬大
出演: 武田真治, 唯野未歩子, 安井豊, 松本正道, 稲見一茂
1999年/日本/95分/カラー/35mm

 この映画は映画美学校の黒沢講師の授業の実習として作られたものらしい。DVD特典の黒沢清ロングインタビューによれば、「最強のインディペンデント映画作家の養成」を目指す映画美学校で、プロ的な脚本主導の映画ではなく、ラフな脚本から現場でどう映画が立ち上がってくるかを学生たちに示した作品、とのこと。

 観終わって、まさに自主映画的な作品であり、そしてどこをとっても黒沢清の映画になっていると感じた。そして恋愛SF映画(^^;)。
 僕は黒沢清の自主映画作品は(『ドレミファ娘の血は騒ぐ』は違うよね?)、一本も観たことがないのだけれど、他もこのようにイメージを映像で詩的に積み重ねていく作品なのだろうか。エンターティンメントを期待する観客は必ず置いていかれる、だけれども自主映画的な、感覚の映像を観たい自主映画フリークには素晴らしい作品なのだと思う。

 DVDのロングインタビューで、ライターの相田冬二氏がインタビュアーとして黒沢清監督にこの映画の解読を聞き出している。黒沢監督はDVDで煙にまかれた観客のため、かなり丁寧に自作の成り立ちと構造を説明していて、この一時間あまりのインタビューは、黒沢清の映画術を知る上でも貴重な映像になっている。

-------★ ネタばれ注意 ★-------

恋愛映画のリアリティ
 まず物語の骨格がなかなか観えてこないこの映画で、はじめに印象に残るのは、セリフの少なさ。これは現実が映画ほどひっきりなしに人と人の間で言葉の会話がなされているわけではない、というリアリティの描写になっている(北野武が『あの夏、いちばん静かな海。』で同様のアプローチをしているのを想い出す。そのために北野監督は主役ふたりにある設定をしているが、この映画ではそうした設定はなく、ごく日常が会話に溢れているわけでないことを自然に描写している)。
 そんな現実につながるリアリティの描写と、映画ならではの不可思議なシーン。これが黒沢映画の真骨頂で、花粉らしきものが舞うシーンが秀逸。最初は羽毛が舞っているように見える。もしかして空の天使の羽が舞っているのでは、というような夢想も呼ぶ。

 武田真治と唯野未歩子の生活が淡々と語られ、言葉がないためもどかしさを感じるが、逆に会話がほとんどないことで、ふたりの距離感が妙に生々しくリアルなものとして体感される。この感覚を生成しているだけでもなかなか面白い映画だと思う。いっしょにいるシーンがいくつもあるのだけれど、いつからどのような深さにふたりの関係があるのか、非常にあいまい。終盤まで近づいていても抱擁やキスシーンはなく、そのことで観客へはこの距離感に心が騒がせられる。語らないことのイメージ喚起力をうまく映画の情動に結び付けている。

SFの裏設定
  黒沢インタビューによると、この映画の中では世界地図らしき映像でそれらしくほのめかされるだけなのだが、映画の裏設定で舞台となる2005年の世界は、国境があいまいになり、ユーラシア大陸全体がゆるやかな連合を形成しそこで戦争が起っている。しかし日本は世界の中で忘れられ、消えかけているというSF的な設定がされているという。そしてこれをSFであると明言。1999からみた2005年の実感ということを言っている。
 また、『回路』について、同様の世界観が背景にあり、そこではすでにユーラシアはだめになっており、破滅する世界から、南米へ逃げる話にしている、という。

 これらの映画だけ観ていても観客には、ほとんど伝わらないSFの設定が、黒沢映画にある種の幻想的な感覚、異世界の現実をみせられているような感覚を持たせているのではないか。監督の頭の中に広がるもうひとつの世界のリアリティが映像の端々に微妙な陰影を与え、われわれには奇妙なリアルな世界が現前する。

 その異世界感覚は、われわれが小津映画でかつてどこにも存在していなかった幻想の日本をみせられているような不思議な感覚を持たせられるのと似ている。どこかで思考の形態も生活の根っこも全て微妙にずれている世界を観ている感覚である。

 黒沢清で明確にSFとうたえるジャンル作品はないと思うのだけれど、このインタビューで「SF」と明言しているのにはちょっと実は驚いた。でも我々SFファンがひかれる理由はこんな世界描写があるからかもしれない。本格的にジャンルSFな映画も撮ったら凄い傑作が生まれるのか、、、(それとも超駄作??(^^;))観てみたいものです。(『CURE』も『回路』もほとんどSFなのだけれど、、、、、。あと『蛇の道』なんて作品も異世界感覚出まくり。復讐映画とみせかけて、これも裏にはSF設定が横たわっていそうなのだ。)

◆関連リンク
・評論家大場正明氏のホームページcriss cross 『大いなる幻影』 ふたりは外部も内部もなく、ただそこにある (『大いなる幻影』劇場用パンフレット文+若干の加筆)

 そんな彼女は、自分の在り方というものにおぼろげな疑問を感じるようになる。彼女が、外国人女性の部屋でユーラシア大陸の地図を見るとき、そこには日本は存在していない。

モニターの中の映画館さんの『大いなる幻影』

 侵入した外の世界が、まるで日常のような様子で非日常の姿を現すという構造は、「学校の怪談」シリーズを通じて黒沢清が歩み寄ったジャパニーズ・ホラーの諸作と同様なのだけれど、しばしば暴走に向かう「非日常」が、不確かだけれどそこにあるにちがいない「愛」によって、まるで返す波のように幾度も「日常」へと押し戻されるさまには、悠揚とした時間と空間の広がりが感じられて、これが95分の尺に納まるスケールだとは、にわかに信じがたい。

映画美学校
 映画美学校フィクション・コース初等科開講にむけて
 黒沢清(第一期主任講師)

我々は映画作りのノウハウを伝授しようとは考えていない。我々が目指すのは最強のインディペンデント映画作家の養成である。だからこの講座を選んだ時点で、あなたはただ「映画を撮りたい」と主張するだけではすまなくなった。最初にあなたを待ち受けているのは「どんな映画を撮りたいのか」という質問である。

相田冬二編『映画×音楽―セッション・レポート103』(Amazon)
 相田氏は、ぴあ発刊の雑誌『invitation』等のライターとのこと。ネットで検索してみると、非常に評判のいい映画評論家さんのようです。(寡聞ですみません。)
黒沢清監督『大いなる幻影』(Amazon)

■ロングインタビューからのメモ
・撮っている時は、何分になるかわからないままやっていた。自主映画もそうだった。編集時点も考えずにやったが95分に収まった。自分の手腕に感心もしたが、プロのやり方が染み込んでいると実感。
・脚本はラフ、ただまとめる時にジャンルが顔をだす。最後メロドラマにもっていったことでまとまった。
・『ドッペルゲンガー』の役所広司。ある種の決まった役でなく、それを外した映画を撮りたかった。翻弄される側の役は今までにやってもらったので、素晴らしいのはわかっている。今度は、翻弄する側をやらせてみたい、ということで、そのどちらをも一本の映画で、やってもらった。撮影は楽しくてしょうがなかった。ジャンルのごった煮。

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