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2007.06.30

■BSアニメ夜話 細田守『時をかける少女』
  筒井康隆、アニメにおける文学の可能性を毒とともに語る

BSアニメ夜話 第8弾 『時をかける少女』6/27
 出演 筒井康隆、江川達也、岡田斗司夫、渡辺隆史、氷川竜介、加藤夏希、里匠

アニメ夜話に筒井康隆登場

 今回の見どころはなんといっても筒井康隆御大の登場。
 ベティとか往年のスラプスティックアニメについては、数々エッセイのある筒井だが、ジャパニメーションについて語ったのは見たことがない。
 辛らつであるが、他の誰よりも深く『時かけ』を語る筒井の姿に、アニメ夜話のいつもの温いファンの集い的雰囲気が引き締まった見事なパネルディスカッションであった。

Tokikkake_tsutsui タイムリープによる時間移動の整合性について、隣に座る渡辺隆史プロデューサーに、自分の原作ではきっちりと辻褄を合わせているのに、映画は合わせていない。「突っ込もうと思えばいくらでも突っ込めるんですよ。自転車くらい、ちゃんと修正しとけよ」と凄む筒井。右の写真の眼が怖い(^^)。本気でなく演技ですが、、、。

 「筒井さん、タイムリープできるとしたら、どこへ行きたいですか?未来だったらいつですか?」と江川達也にぬるい質問をされて、「未来は死ぬんだよ、俺は」。

 「これがあるから『時かけ』。ここをはずしてたら『時かけ』でなくなるという部分はどこですか?」というありきたりの質問にも、「別にそんなもの(『時かけ』で)なくなってもいいよ。タイトルと僕の名前が出てればいい。この本は孝行娘です、この子が一番稼いでくれる。渡してしまったら、後はどうなろうと知ったこっちゃない。

 SF作家としてのタイムトラベルものへのこだわりと、星、小松ら第一世代の作家のバカ話を髣髴とさせる往年の気概に溢れていて感動。
 まわりがおじいちゃん作家として扱おうとしているのを、毒のある笑いで突破していくところが観ていて気持ちいい。

『時かけ』の文学性 ゲーム的リアリズムについて

 東浩紀氏の「ゲーム的リアリズム」をひきながら、主人公 真琴がタイムリープでリセットしてカラオケを続けるシーンに文学をみる筒井。まさか筒井がアニメ『時かけ』で先端文学を語るとは思っていなかったので、なかなか刺激的。

 リセットして生きかえることが可能で、ゲームには本当の死というものが存在しないのに、それが文学に成り得るか、という命題がある。しかしそこに逆に文学性あるとするのが「ゲーム的リアリズム」らしい。

 死に対面する機会の少ない現代、逆にゲームでは自分の死を何度も体験している。リセットによるある意味小さな死に頻繁に出会い、ショックを受けているはずである、という言説らしい。

 そして『時かけ』でも、繰り返しシーンを描いているのが文学的な部分であると語っている。死を描いているわけでないカラオケシーンがどう文学なのか、これについての突っ込みはなかったのがちょっと残念。
 自転車のシーンで映画全体に横たわる死の存在を指していたのかもしれない。

◆さらに先端へ。真琴の世界の外部

 岡田斗司夫が『時かけ』を「世界系」として語ったところに筒井が反応している。

 岡田「恋愛ドラマとして物凄いと思う。恋愛感情が心の水面に浮かんでくる寸前を描いている。しかしそれを描いているかわりに世界が狭い、未来の世界が出てこない。真琴の世界観でギリギリのメンタルなところを描かなきゃいけないから、破綻させないためにルールが多い。それにより大きなリアリティをはずしてしまった」

 筒井「(恋愛感情ギリギリというテーマは)今まで文学で描けなかったことをアニメでできたことを良しとする」「これは文学でも一番難しいところ。うまくまとまりすぎていて、そっから先を書くと文学になるのに破綻するのが怖くて踏み込めない。こっから先できません。何故できないかを描けていたら(文学になる)、完全にメタフィクションですよ

 恋愛未満、そのギリギリのメンタルな部分を描いていることが、細田版『時かけ』のメインテーマなのは間違いのないところだろうけど、それが「物凄い」、「今まで文学で描けなかった」とまで表現するのはどうかな、と僕は思う(少なくとも映画やドラマではこの作品と並ぶ/超えるものはあると思う)。

 でも凄いなー、「こっから先、何故できないか」をアニメが描く。このイマジネーションに痺れました。どんなものか具体的には思い浮かばないけれど、なんとなく手触りは伝わってくる。
 細田版がもしそこへトライするとしたら、その手がかりは未来の世界をかすかにイメージさせている「アノニマス 逸名の名画」展の『白梅ニ椿菊図』のシーンがキーポイントになるだろう。

 未来から千昭が来た理由は、世界の滅亡/死と深いつながりがあるように描かれている。ここをもっと深く構成して、恋愛未満の感情が水面下から浮上し千昭との関係が結晶化する瞬間を描きつつ、同時に圧倒的な未来の絶望的現実/死に遭遇するように描く。
 「ゲーム的リアリズム」という閉じた「世界系」から、外部/本当の死へと越境していく、そんな文学がそこに現出していたかもしれない。

 さらにそこで作家/読者視点が物語に導入され、何故飛び出せなかったかを『白梅ニ椿菊図』をテコにして、芸術作品と現実の滅亡の関係を俯瞰できるメタフィクションとして成立するアニメーションの誕生。、、、、なんちゃって(^^;)。

 そんな超絶ストーリーを持ったもうひとつの『時かけ』を夢想させてくれたアニメ夜話/筒井康隆に感謝。(でもそんなアニメーションになってたら、『時かけ』のさわやかな青空のイメージは崩壊、破綻してたでしょうね。物語の中で、夢想させるきっかけを提示するくらいがたぶん正解なのでしょう)

◆関連リンク

・東 浩紀Blog kajougenron: 時をかける少女

(略)「人生はいくらでもリセットできるが、ひとつの場面はやはりいちどしか経験できない、したがって成長は無意味ではない」という、とても肯定的な、しかも力強いメッセージを伝えてくれる(略)

(略)反復する時間と成長する時間の相克を、このように美しく解決した作品を、僕はほかに知りません。

東 浩紀『ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2』

 本書の主題は、ひとことで言えば、「ポストモダン、すなわち物語の力が衰えた世界において、それでも物語を語ろうとすればどうなるか」というものです。この課題は、現代の多くの作家が直面するはずのものですが、僕はこの本では、いくつかの理由からライトノベルと美少女ゲームを分析対象として選びました。

『新潮 2007年 02月号』 (新潮社公式HP 目次)

脳が踊る、物語の超ダンス!
筒井康隆(長篇第1部)「ダンシング・ヴァニティ」  
反復し増殖し錯乱し乱舞する意識/言語/身体。
これが極限の筒井ワールド、21世紀文学のダンス!
冒頭部分立ち読み

 これが番組で筒井が語った繰り返しを描く作品のようです。

アヌシー国際アニメーションフェスティバル
 「長編部門特別賞」(feature films: Special distinction)

La traversée du temps
 The Girl Who Leapt Through Time

細田守『時をかける少女 絵コンテ』
DVD『時をかける少女』

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コメント

 nwcdgさん、ダグさん、shamonさん、コメント、ありがとうございます。

>>岡田氏は今の女の子なら邪馬台国や明治維新の時代に旅してみたりとかするはずだと言ってました(略)

 いまどきの女の子が、邪馬台国や明治維新へ行きたいと思うのか、大いに疑問。

>>それよりも2,3日前に友達から"KYK(空気読め空気)"と言われたのを、その前段の会話に遡って未然に防ぎたい、そういう自分の身近な関係上のミスの回避や充実にタイムリープを使うほうが、現代のいまここを生きている人の素直な行動に思えるのですが。

 まさに細田版はそこの感覚を見事にすくい上げてますよね。


>>「時かけ」で「芸術作品と現実の滅亡の関係を俯瞰できるメタフィクション」・・・これは凄く観たくなるアイデアですね。筒井康隆の思想的バックグラウンドとしてマルティン・ハイデガーがありますが、「芸術作品と現実の滅亡の関係」ってまさに後期ハイデガー的な主題じゃないかと。

 げぇげぇー、「時かけ」で ハイデッガーですか。
 そんな映画になってたら筒井康隆が思わず映画館の椅子から滑り落ちるかも。


>>>まだまだ健筆をふるってもらいたいものです
>>ですよね。星新一さんが早く亡くなられたので、
>>小松さんと筒井さんにはまだまだ頑張ってほしいです。

 僕は小松左京からSF入門したので、何にしても原点の大作家なので、今後も活躍を祈りたいです。

投稿: BP | 2007.07.03 00:31

まいどです^^。

荒巻のワイン
>DVD観なおしつつ味わうのでしょうか。
といきたいですが(苦笑)、
ラフィットは長熟タイプなので
飲めるのは早くても10年後です。
該当エントリを名前のところに入れておきます。

>まだまだ健筆をふるってもらいたいものです
ですよね。星新一さんが早く亡くなられたので、
小松さんと筒井さんにはまだまだ頑張ってほしいです。

投稿: shamon | 2007.07.02 21:00

「時かけ」で「芸術作品と現実の滅亡の関係を俯瞰できるメタフィクション」・・・これは凄く観たくなるアイデアですね。筒井康隆の思想的バックグラウンドとしてマルティン・ハイデガーがありますが、「芸術作品と現実の滅亡の関係」ってまさに後期ハイデガー的な主題じゃないかと。

投稿: ダグ | 2007.07.01 23:23

岡田氏は今の女の子なら邪馬台国や明治維新の時代に旅してみたりとかするはずだと言ってましたけど、それよりも筒井氏の選んだ、真琴が繰り返し気の済むまでカラオケを歌うシーンのほうが、今の女の子の気分を適切に指摘できているように思います。

バリ島旅行とかに傷心でもないのにひとりで行っても仕方ないことと同じに、ひとりで大昔に行って観光できてもそれを共有できる友達も一緒でなければ意味が無い。
それよりも2,3日前に友達から"KYK(空気読め空気)"と言われたのを、その前段の会話に遡って未然に防ぎたい、そういう自分の身近な関係上のミスの回避や充実にタイムリープを使うほうが、現代のいまここを生きている人の素直な行動に思えるのですが。

投稿: nwcdg | 2007.07.01 22:58

 いーじすさん、shamonさん、こんばんは。

>>トラックバックありがとうございました

 こちらこそありがとうございます。
 一つ目のTBは消去させていただきました。


>>荒巻のワイン(ラフィットの2004)が届いてご機嫌shamonです。

 あ、いいですね。DVD観なおしつつ味わうのでしょうか。

>>筒井先生の毒のある発言に苦笑しっぱなし。
>>でもお元気そうでよかった。

 小松左京氏ともども体に気をつけていただいて、まだまだ健筆をふるってもらいたいものです。

投稿: BP | 2007.07.01 22:07

こんばんは^^。
荒巻のワイン(ラフィットの2004)が届いてご機嫌shamonです。

夜話、私もしっかり見ました。
筒井先生の毒のある発言に苦笑しっぱなし。
でもお元気そうでよかった。

先だって発売の「フリースタイル」に細田監督のインタビューがあるそうです。
http://www.webfreestyle.com/freestylevol7.htm
本屋に行かなくちゃ(^^ヾ。

投稿: shamon | 2007.07.01 00:14

こんばんわ

トラックバックありがとうございました

こちらからもトラックバックをお送りさせていただいたのですが
トラックバックを送る記事を間違えてしまったので
初めに送ったトラックバックを削除して頂けると幸いです

投稿: いーじす | 2007.06.30 23:10

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