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2008.02.04

■斎藤 環『フレーム憑き―視ることと症候』

斎藤 環『フレーム憑き―視ることと症候』(amazon) 青土社

 〈リアル〉 はフレームに宿る
 映画・アニメ・漫画などの視覚表現に現れた隠喩構造の変容を精神分析理論と臨床経験を武器に読み解き、解離・ひきこもり時代の症候をあぶりだす。

 【目次】
 はじめに――最初の弁明
 第Ⅰ部 視ることのフレーム性
  視覚新論  ブニュエル、あるいは精神分析から遠く離れて  象徴界と 「選択」 について
   『マトリックス』  身体・フレーム・リアリティ
  押井守 『イノセンス』
  マルホランドのフレーム憑き

◆結論
 この著者の本を読むのは初めて。
 にしてもこの読みにくさ/わかりにくさには閉口。(このBlogでは本も映画も気に入らなかったのは本来あまり取り上げないのだけど、、、。)

 読みにくさの理由は、著者専門の精神分析の専門用語がほとんど説明されることなく使用されていることが一つ。そしてさらに評論の論旨については、自身の以前の著作を挙げてそちらの本で読んでくれ、と書いて記述しないため、いったいどういう論理展開で結論へ至っているのか、相当な推測を読者に強いる。

 しかも結論の文章自体も何を言いたいのか意味不明。主題である「フレーム」論も二度読みなおしたが、いったい何を結論としているか、フィーリング的な言葉が並んでいるばかりでよくわからない。

 僕が読んだ率直な感想は、精神分析というものの分析形態が、脳のハードウェアとかソフトウェアの原理的な分析ではなく、現象の分類的な分析であることが、このわかりにくさの原因ではないかと推測。

 ただ分類することが目的であるからその分析が根源的ではなく、しかも分類の結果としては、精神分析用語が並んでいてそこに疎い読者には、何を言いたいのかが伝わらない。

 本来好きな映画のことについて書かれた本は、好きなはずなのだけれど、今回は残念な結果に終わったのでした。あーあ。

◆聴覚への軽薄な信頼感

 僕がしっくりこなかった部分を少しだけ詳細に。

 すべての音はリアルである。それがサインウェーブの合成物であれ、バイオリンの弦から発生したものであれ、音は生まれながらにしてリアルなのだ。「虚構の音」は存在しない。

 映像の虚構性を書いておきながら、この音に対する軽薄な信頼感はいったいなんなのだろう。視覚の虚構性については以前の記事で書いたことがあるけれど、基本的に聴覚にも同様のことは適用でき、脳の構造からも虚構性は明らかであろう。

 しかも聴覚については耳のハードウェアについても現実の改変機能を持っていることが知られている。それはある音響専門家から聞いた話だけれど、カクテル・パーティ効果の際に、人は精神的にある音を選択的に聞き分けているだけでなく、その耳の内部にハードウェアとしてある周波数を選択的に強調するイコライザー機能が備わっているということ。

 つまりリアルな外界の音を人は聴覚と脳の選択機能で、ある虚構性を付与して知覚しているわけだ。何故、この著者が何の根拠も書くことなく、「「虚構の音」は存在しない」と能天気に記述できるのか、僕には理解できない。

◆え、漫画喫茶くらいいつでも行けば!

 この著者の胡散臭さが炸裂するのが次の一文。こうした文章を無自覚に書いているのだとしたら、恐るべき鈍感さである。

 もし時間が許すなら、いつか漫画喫茶なるものに一度は赴き、終日漫画に耽溺してみたいという夢を捨てきれない。(P266)

 精神分析医がどれだけ忙しいか知らないが、「夢」とまで言うくらいに憧れているのなら、いつでも行ったら、である。この著者が自分をどう定義しているのかが、透けて見える、非常に無防備でいやらしい一文である。こういう書き方をしてしまうから、「サブカル」というのは胡散臭がられるのだ。他にはこんなに露骨な文章はないが、ずっーと違和感があったこの著者の文体の決定的な嫌味さが露見したのが、この一文。

◆関連リンク 
斎藤 環のホームページ
双風舎:「脳は心を記述できるのか」 往復書簡 第1信
 「価値のクオリア」は存在するか?斎藤環→茂木健一郎
 茂木健一郎のクオリアについて批判を展開。今後往復書簡でのやり取りがあるらしい。
 「サブカル」文化人二人の不毛な議論に付き合う気はないけれど、空しい空中戦がこうしてネットのどこかで繰り広げられるわけです。

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