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2008年8月3日 - 2008年8月9日

2008.08.06

■人形アニメーションレーベルMUKU
   ロボット Stephan ステファン

Muku_stephane YouTube - MUKUTV さんのチャンネル
MUKU 人形アニメーションレーベル
Stephan ステファン

小さなステファンの、大きな冒険。

2046年、石油が枯渇したロボットの国では飢饉と大恐慌が起こっていました。 ステファンは全財産で星を購入し、相棒のタラップと共に食糧のオイルを求めて宇宙開拓の旅に出たのでした。

 MUKUという人形アニメのレーベルが出しているDVD。
 ロボットのデザインがなかなかいい感じ。そしてムービーを見るとわけのわからない言語と日本語の字幕。微笑ましい映像をどうぞ。

 でもこのロボット、どうみてもエンジンは積んでいないのに何故オイルが食糧なのか。あきらかに電気で動いているのだろうに、電気が食糧出ないというのは不思議。こんなことが気になるのもエンジニアの職業病かも(^^;)。

 正直今のロボットは皆んな電気仕掛けだけれど、本来電池より化石燃料の方がエネルギ密度は桁が違うほどなので、もう少し内燃機関のロボットが出てきてもいい感じ。うるさいし臭いし自然に優しくないからしょうがないか。

◆関連リンク
・当Blog記事 内燃機関ロボット
 イギリス発の凄いロボット

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2008.08.05

■『超SF的 社会科見学 DVD BOX』

『超SF的 社会科見学』(amazon)

  「超SF的」な世界が、子供から大人までを惹きつけてやまない…今、社会科見学が密かなブームだ。
 まるで、古代の神殿のように地下深くに存在するインフラ設備、最先端の技術を駆使して構築された研究所、そして人が作ったとは思えないほど複雑な配管を持つ工場、英知を集めて作られたメカニックな食品工場…
 一歩足を踏み入れると、そこに広がるのは近未来、「SFの世界」だ。実はこうした施設や工場は、私たちの生活に深く関係しているものが多い。

○全編新規撮影・NHKエンタープライズ制作オリジナルDVD
 このDVD、かなり興味深い。面白い時代になったなー、これもネットで「社会科見学」やら「工場萌えな日々」やら出てきたおかげでしょうね。草の根からこうしたものが立ち上がっているのが、ネット時代の建設的効果ですね。いいなー。

 できればDVDでなく、臨場感ばっちりのハイビジョン放送でNHKにはやってほしい。

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2008.08.04

■磯光雄,井上俊之監修 『電脳コイル ビジュアルコレクション』
  原画2000点とタイムシートが圧巻!

Coil_visual_collection 『電脳コイル ビジュアルコレクション』(amazon)

 「神作画」本、ついに出ました。

 喜んで買ってすぐ中を観たかったのだけれど、この表紙の本を電車の中で開くのは結構恥ずかしい。表紙はこの本にふさわしい、もっと動きのあるシーンの原画何枚かで構成してほしかった。この表紙で家族(特に娘)から冷たい視線が飛ぶし、、、(^^;)。

 まず原画2000点の掲載が圧巻。
 各シーンのアニメータの鉛筆の筆致がじっくり見られるのが嬉しい。鉛筆が紙面を走るスピードが想像できる。この手の動きがあの画面の動きを生み出したんだという軌跡が体感できる。

 そして次に関心したのが、原画2000枚とともに掲載されたタイムシート。これを見ていると頭の中であの動きが再現される。このシートの数字だけの羅列を観て、「2,2,2,1,1,3,2,2コマ、うぉー凄い」と興奮するのは作画マニアの楽しみ(^^;)。

Img_0181

 全原画(フル3コマ,フル2コマ)というのは磯監督の技として有名だけれど、タイムチャートを見ていくと、この作品では原画マンがかなりの比率でフル3コマ(時にはフル2コマ)で描いていたことがわかる。凄い、というかもしかして今、他のアニメでもよくやられているのだろうか?(そんなことはないだろう)。なにしろ中割りの動画指示が動きのスローなシーンだけに限定されていて、極端に少ないのが印象的。

 ちなみに左の引用、あの放課後のミサイル戦もフル2コマの原画。緻密なアニメーションの動きは、このように原画による細やかな指示で実現していたわけです。

 あとサッチーは3D-CGと思ってたら、手描きの原画が何点も収録されている。3Dより手描きの方が多かったのだろうか。あとメガバァのメタタグ生成マシン(正式名称なんだっけ?)もCGと思っていたら手描き。

Img_0180_2  磯光雄監督による表情の修正の細やかさにも舌を巻く。P174-177とか重要なシーンでキャラクタの表情をひとつづつ丁寧に修正が入れられている。
 ここまでこだわったことがあの映像の完成度を支えていたわけです。

 ひとつだけこの本の残念なところを挙げると、各原画にアニメーターの名前がクレジットされていないこと。
 監督と総作画監督の修正は明記されているので、磯監督の画面に込めた想いはうかがい知れるが、各原画家の名前はない。

 何か事情があっただろうけれど、本当に残念。なんでここまで丁寧に作っているのに、アーティストを尊重するクレジットがないのか疑問。ところで印税はちゃんと各原画マンに行くのだろうか?もともとの契約上、そのようなことは無理なのかもしれないが、、、、。

◆関連リンク
YouTubeで見られる神作画@Wiki
7月31日発売決定!
     (月刊アニメージュ【公式サイト】)

「アニメージュ」8月号では、磯光雄監督と作画チーフ・井上俊之さんによる本書の作業風景を紹介しています。 あわせてそちらもチェックしてみてください。

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2008.08.03

■押井守監督『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』
  死と対峙した陰鬱な秀作

『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』公式サイト

完全な平和が実現した世界で大人たちが作った「ショーとしての戦争」
そこで戦い、生きることを定められた子供たちがいる。
思春期の姿のまま、永遠に生き続ける彼らを、
人々は《キルドレ》と呼んだ――。

空と地表の境で繰り返される、終わらない、愛と生と死の物語。

◆結論

Image4 今回、押井もついにヒットを狙ってエンターティンメントに徹するか、と思っていた僕が馬鹿でした。宣伝キャンペーンはヒットのため頑張っているけれど、作品はエンターティンメントとして描かれてはいません(断言)。
 これは気持ち悪い映画です。決して空中戦を描いた普通の恋愛映画ではないのでくれぐれもご注意を。
 いつもの押井守的不条理映画として今回は死をテーマに描いている、というのが僕の結論。

 死をもろにテーマにしたこんな重い映画はヒットはしないでしょう。だけれども押井守の映画としては、ストレートにシンプルに死をテーマにしたことで、生々しくそれが強烈に伝わってくる成功作と言えるのではないかなー、といった感想。

 終わらない生は永遠に続く死と同じ、というのが今回のテーマ。
 本当に観ていて吃驚するくらい陰鬱な映像。空戦シーンのみが活き活きとしていて、それ以外はまるで死人の日常を描いたように陰々とした映像が続く。

 業界全体の作画力の低下と3D-CGの可能性ということを押井は語っているが(ORNADO BASE / 押井インタビュー)、それを逆手にとったテーマ設定と言えるのかもしれない。基地での日常として描かれる部分、特に死んだ眼のままでいいという草薙水素のアニメートへの演出の開き直りは凄まじい。その眼はまるで『イノセンス』の人形の眼と同じ。そして声の芝居に頼り、動きを極力抑えた芝居。ある意味、2Dアニメへの決別宣言ともみえる恐ろしい監督の判断と読める。

◆死との対峙

 北欧のように見える寒々とした海の断崖の空撮映像が後半で描かれている。
 このシーンを見ながら、僕はデヴィッド・リンチが年齢を重ね、死と対峙して制作した『ストレイト・ストーリー』や『マルホランド・ドライブ』を思い出していた。

 リンチや押井守といったある種の妄想的な鋭敏な感受性が、死をその対象とすると、こんなにも独自の解釈が生まれてくるのか、といった感想。人形のような眼のキャラクターや雨に沈む空や海岸線の映像が全体として浮かび上がらせる「死」のイメージは強烈である。劇場内は無意識下に展開されたそのイメージで重い空気が充満。表面的な恋愛劇や空中戦でカモフラージュされているが、あの重い雰囲気の正体は、押井の感性がとらえている死の正体であると言い切るのは無理があるだろうか。

Image3 死が特別なものでないのは自明である。しかしある年代まではそれはフィクションとしか感じられない。しかし周りの身近な人たちの死と自身の年齢が進むことで実感されるリアルな死。

 永遠に生きるキルドレの物語で明確になっているのは、一回限りでないことで日常に充満してくる死である。

 これは函南雄一が草薙水素と見知らぬ街の酒場で二人飲むシーンに端的に表れている。そして三ツ矢碧が語る自分がキルドレでないか、子供の頃の記憶があるシーンしかないことの不安を語るシーン(まるで『ブレード・ランナー』のレプリカントそのものである)。

 リアルな戦争がないと生を実感できない人間。そのために存在するキルドレたちの戦争。永遠に生きられることでいつでも死を見せることのできる存在たちが苦悩する姿。

◆若者へのメッセージとは

NHK 夏の特集番組 アニメ監督・押井守のメッセージ~新作密着ドキュメント~(仮) 8月4日(月)総合 午後10:50~11:30.

  その押井が今夏、4年ぶりとなる新作アニメ映画「スカイ・クロラ」を発表する。押井はこの作品に「生まれて初めて『若者』へのメッセージを込めた」と語 り、周囲を驚かせた。これまでは10代後半~30代の若者たちに絶大なる支持を受けながらも、「若者たちに語ることは何もない」とひたすら自分自身に向け て作品を作り続けてきた押井。ところが55歳となり、「今なら若い人になにかを語れるのではないか」という心境になったというのだ。そのため脚本家に20 代の若手を抜擢し、これまでの難解なSF的世界ではなく「若い男女のラブストーリー」を目指すなど、新境地を開拓すべく自分よりはるかに若いスタッフと対 話を重ねながら製作作業を進めてきた。

 今回、押井守は初めて作品で若者に語りたいことがある、と公言している。それはいったい何なのか。僕は極々限られた状況にいる若者へ向けたメッセージなんだろうと思った。

 対象としている相手は、最近の無差別殺人の犯人とその予備軍なのではないか。
 自分と他人の双方に生と死の実感を持てず、自ら殺人を犯すことでその実感を手に入れようとする若者。事件を起こしてマスコミに登場することが目的だったと公言するわけのわからない認識。

Image2 たぶんその心理的なメカニズムは、この映画で水素が飲み屋で語ったことで説明できるのではないか。
 リアルな戦争をTVにより報道することでしか生を実感することができなくなっている人間の脳の問題を指摘したシーン。

 TVで殺人事件の報道を見ることでしか、生のリアリティを確保できない者たちが少なからず存在するのが、現実の平和国家 日本の実情なのかもしれない。そしてそんな存在が、自らの生を実感するために、TVでの報道を目的に自分で殺人事件を引き起こしてしまうのでないか。仮想をまとい何重にもオブラートで包まれて、死とかけ離れた現実を生きるそんな人へ向けたメッセージがこの映画なのかもしれない。

 では、その対象となる人物に、この映画はそんな認識をちゃんと付きつけられるだろうか。答えはノー。きっと彼らは、無意識で何かを感じたとしても、決して表層の意識ではこの映画からそんな本質的な指摘を何も感知できないのではないか。どだいそんな感受性があれば、事件を起こすようなことはないはずだ。ここらあたりもこの映画の限界を感じて、陰々としてしまう部分。

 この映画が広く観られて議論が進んで、この日本の実情が変わるかといったら、おそらくこれもノーだろう。実に現実分析としては面白いが、その実効力は疑問。またしても非常にマニアックな映画になっているというのがこの点でも言えるかもしれない。でも映画祭では受けるかもね。

◆その他 雑記

・冒頭の空中戦と雲の描写とそれにかぶる音楽でゾクゾクした。
 『パト2』の音楽に似た旋律がかすかに鳴っているのがいい。
・生き続けるからこそ、死を何度も経験し、いつも死を抱いているキルドレ。それを見つめて彼らが戻ってくるたびに尻尾を振るバセハンが哀れ。そして笹倉等の地上の大人たちの寂しげな瞳。ここにも死を見つめ続ける者たちがいる。
・空手やって何かが変わったようなことを言っているのは恐らくブラフ(^^;)。
 この映画、押井守が何も変わっていないことの証明。
・音響が今回も素晴らしい。古い建物の床がたてる音。音の厚みが平板な絵を助けている。そして飛行機のリアリティ。エンジンの音と風切り音、そしてアルミの軽量なボディが空気にあおられる動きの描写。空力に配慮した映像と音が特にいい。
・森作品に感じるプラモデルのような人物。
・今回、原画に沖浦氏はいない。
 本田雄,井上俊之の名前はあるが、どこを担当しているのだろうか。
 僕は作画的には、大プロジェクトの後のブリーフィングと、それに続くボーリングのシーンがやたらうまかったのが印象的だった。
・永遠の子供(まるでアニメの世界)に対して、外部としてのティーチャー。
・菊池凛子の声の存在感が凄い。「いるかいないかこのふたつしかない」とか

◆関連リンク
スカイ・クロラ - Wikipedia
『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』動画を無料放送<パソコンテレビ GyaO[ギャオ]>
 行定勲監督のが本編の本質を抽出している。
 無理だろうけど、この空戦の素材で宮崎駿にも予告を作ってもらいたいもの。

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