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2008年10月26日 - 2008年11月1日

2008.10.29

■磯光雄著 『電脳コイル企画書 Coil THE “META”ILLEGAL』
  感想・2 藤子不二雄世界にならなかった『電脳コイル』

Mini

 右の絵は、『企画書』において、「最終話 二度と戻らぬ日」と書かれたページに置かれた絵である。

 これは、ネットで二番目に公開された『電脳コイル』の放映を告知する絵でもあった。この絵をよく見ると右の下の方に「コイル」と思しき電脳生物が地蔵の横に存在している。

 元々主人公であったこのコイルがアニメ版で実際には描かれなかったことで、根本的に『電脳コイル』世界のベクトルが変わってしまっていることを考えてみた。(コイルが主人公として出てたら、前回稚拙な作画で描いたようなシーンが登場したと思う。あの絵が僕らの知る『電脳コイル』世界と異なるのは、一目瞭然だろう。僕の絵の下手さがそうしてるのかもしれないけど(^^;;))

Photo_2  主人公であるこの「コイル」の不在は、『電脳コイル』を「オバケのQ太郎」や「ドラえもん」のいない藤子不二雄作品にしている。それはつまり藤子不二雄作品とは全く別のものになる、ということで、この企画書からの変更に、磯監督のオリジナルな物語生成への決意のようなものを感じる。

 書籍『電脳コイル企画書 Coil THE “META”ILLEGAL』のP43に下記の記述がある。

(略)藤子・F・不二雄の時代には通用した「想像上の不思議な“異物”が、子供たちの日常生活に溶け込み、友達になる」という設定は、現代ではもはや通用しないのではないかと、監督は思い始めたという。人ではないキャラクターをしゃべらせるには、「人でないのなら一体なんなのか、という事をやらねばならない、ハードルが高かった」

 “異物”であるキャラクターが人と同じくしゃべるというのは、“異物”を“異界”から来たものではあっても既に人の世のものとして語ると言うことになってしまう。

 磯監督の語っているのは、「キャラクターをしゃべらせる」が、しゃべることと同時に“異物”を存在として描けるか、という命題である。これは確かに難問だ。何故なら、しゃべるというのは、人であることのたぶん本質であるから。(このBlogで『進化しすぎた脳』とかを取り扱ってきて、しゃべることによって意識というものが生成してきたのかなー、とか考えていたので、「人であること」と「意識」と「言語」とは物凄く密な関係を持っていると思う。これは『コイル』とはまた別の話。まとめて何かいずれ書きます。)

 難問に答えを今回出せなかった監督は、“異物”であるコイルを主人公として不在にし、“異界”を描く物語を選択した。この主人公の不在が我々の観てきた『電脳コイル』のある意味、居心地の悪さを構成していた正体だったのだろう。

 そしてそれを監督が選択したからこそ、TV画面に存在した大黒市の“異界”。
 この企画書を読むことで、 『電脳コイル』の正体に一歩近づいた気がする。
 あとは「現代」を描くために、アニメ番組としてのひとつのフォーマットを捨ててまで、何故磯監督が“異界”を描くことを選択したか?という疑問が残る。

 でもこれは、26話全体が語った物語を見終わった我々にはある意味、最終回で明確なメッセージとして既に伝わっている。子供たちの隣にある“異界”を描くことで、人間同士の関係の本質的な部分を描いたものが『電脳コイル』であった。

 アニメーションとしては、藤子不二雄的世界でのアクションを選択した方が、よりダイナミックな映像が楽しめたはずだ(スタッフも観客も)。でも眼前にあった『電脳コイル』の物語はそうではなかった。アニメータである磯光雄がその動的な映像を選択せず、ある意味静的な“異界”の物語を選んだのは、まさに原画家から演出家への飛躍のための挑戦であったのだと思う。

 今回の企画書の出版で、磯光雄監督の作品に込めた想いは、より明確にファンに伝わってきたと思う。今回の出版の意味はここにあったのだろう。この値段では、そんなに売れないだろうに、出版した徳間書店の英断にファンとして感謝。

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2008.10.27

■磯光雄著 『電脳コイル企画書 Coil THE “META”ILLEGAL』
  感想・1 邪悪な「サッチー」とメタ・イリーガル「コイル」

01 『電脳コイル企画書』、磯監督の構想初期のイメージがとても興味深い。構想段階のポイントを以下に挙げて、その後、企画書と本編の差から『電脳コイル』について少々論じてみる。

◆Coil THE “META”ILLEGAL

<最初期の1枚絵>
・バトルアクションなイメージのサイバーパンク風。データグローブが戦闘スーツっぽく良い味出している。

<企画書>
・タイトルが『電脳コイル Coil THE “META”ILLEGAL』。
・「コイル」とは「“META”ILLEGAL」な電脳生物。
・そして物語はヤサコの元に、このコイルが現れることにより動き出す。
・「想像上の不思議な“異物”が、子供たちの日常生活に溶け込み、友達になる」藤子不二雄的なストーリーが考えられていた。
・ヤサコとフミエの性格が逆。当初ヤサコは活発なリーダー的キャラクターとして設定されていた。
・サッチーが邪悪なイメージ&違法な空間をムシャムシャ喰べてしまう。

<その他>
・「ダディとココイル」という「ドラえもんの4次元ポケットがブリーフだったら」というトンデモなキャラクターものの企画があった。これは下品なイメージでとてもNHKでは放映できない。

 で、冒頭のアニメ画もどきですが、これは私の稚拙な画。
 『電脳コイル Coil THE “META” ILLEGAL』が企画書のままアニメ化されていたら、我々の前に現れたかもしれない映像のつもり。邪悪な「郵政」サッチーが、謎の電脳生物 コイルに襲い掛かる図。
 アニメ化した時のセル画イメージを観てみたくて、磯監督のイメージボードを見ながらポーズを適当に作って自作してみた(^^;;)。サッチーはもっと黒い色の方がよかったかも。

 あまりに作画が稚拙で、企画書のイメージを表現できていないのはお許しを。(なにしろ学生時代以来うん十年ぶりにアニメ作画チックな絵を描いたゆえ)。
 脳内で井上俊之作画監督の修正を入れた上でお楽しみください。(これでもPaint Shopという安い画像ソフトで4時間近くかかった、、、馬鹿と呼んでください(^^;;))

 感想・2へ続く。

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