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2012.11.18

■感想(後半ネタバレ) 庵野秀明総監督・脚本、摩砂雪 前田真宏 鶴巻和哉監督『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』


ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q 劇場版予告 - YouTube


 3年ぶり待望の新作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』を観た。
 映画を観終えて、宇多田ヒカル「桜流し」を聴きながら車で帰宅したのだけれど、この詩、冒頭の「私」はゲンドウ主観ですね。痛いなー。そしてシンジ…『破』のラストがあぁだったのは………。
 SFってぇのは残酷なものですねw。
 僕はサブカル系が騒いでいたTV版の内面グヂャグヂャ描写は嫌いだったけど、この映画、それをSF的に昇華させている。そこの凄みに強い印象を持った(詳細は末尾のネタバレで…)。

 そして横たわる311。
 現在ヱヴァを描く場合の、必然と感じられるズバリ二つの描写が劇中でなされる。
 宇多田の歌「Beautiful World」を含め明らかに311以前、『序』から『破』に至り企まれていた試みのはずだけれど、Qをこういう映画にしたのは、原発を放置した我々日本人自身かもしれない。

 物語は内に閉じるTV版からの延長の世界と、そしてEoEで昇華し/最後に落とし前も付けた宗教的な様相を呈してはいるけれど…。

 今回の映画は、その状況下の主人公を巡る人間関係と壮大な企みのプロセスを描くことで、繰り返すけれど、まさに内面のテーマが骨太のSFテーマに密接に結びついている。

 で、序の後半と破でアニメ映像の極北を切り開いたカラーのスタッフの今回の挑戦。
 完全リビルドされた『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 まごころを、君に』は、先に述べた企みにより暗黒の作家群に繋がる映像へ。
 奇想映像の完成度は、破に及ばないが、その映像の破綻さえ黒い印象に貢献していると思ってしまう。

 主人公の内面と共鳴する、決して黒くないかもしれない表象のアニメ二次元映像が痛くてたまらないという。これ以上はネタバレなしに語れないw。


【HD】エヴァンゲリヲン新劇場版Q 冒頭6分38秒 - YouTube

◆関連リンク
ヱヴァ特番の配信:Part2 (文化系トークラジオ Life)

"「ヱヴァンゲリヲン新劇場版・破」公開記念  深夜の緊急鼎談
出演 竹熊健太郎(編集家)、氷川竜介(アニメ評論家)、宮台真司(社会学者)"

 ここで語られているのは(4分25秒あたり)、ゼーレが人類の贖罪、それに対して、碇ゲンドウがグノーシス主義的に人類の万能化を目的としているという解釈。
 まさに日本の技術が人々の首をジワジワと絞め続けている現在、このテーマでどう庵野監督がファイナルを描くのか、とても興味深い。

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 ■ネタばれ感想 庵野秀明総監督 摩砂雪;鶴巻和哉監督 『ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:破  YOU CAN(NOT) ADVANCE.』
 ■感想 『ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:破 EVANGELION:2.0』
 ■庵野秀明総監督 『ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:序
 EVANGELION:1.0 YOU ARE (NOT) ALONE』

 ★★★★★★ ネタばれ注意 ★★★★★★★

 以下はネタばれ全開レビュウで行きますので、未見の方は絶対に読まないでください。

 今回の新劇場版を僕がどう観ていたかというメモから始めます。
 庵野監督以下の新劇場版のコンセプトがどういうものだったかを書いてみたいので、御興味がある方のみ、御付き合い下さい(^^;)。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』四部作について

" 僕はうじゃうじゃしたシンジの世界系描写なんて馬鹿馬鹿しくてどうでもよく、19話「男の戦い」から先、なんで初号機他の暴走がエスカレートしていった大 センス・オブ・ワンダーなSF新生物ストーリーが観れないのかと不満に思っていた。なので、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』四部作は、そんなワクワクする映画になるのなら、観てみてもいいかな、と思っている"

庵野秀明総監督 『ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:序
 EVANGELION:1.0 YOU ARE (NOT) ALONE』

"  旧版は制作陣、特に監督のもろもろの切羽詰った心情がストレートに14歳の主人公に投影されたとかで、10歩進んで20歩下がるような悩みまくりの観たく もない屈折ムービーだった(世間ではそうした部分が受けていたようだけど、僕はそこの部分、評価できない。映画版のラストのアレを描くために必要だったと いう理解もできなくはないけど、、、)。
 そこをエンタテインメントとして、今回は成長物語にしてくれたら、(エヴァでなくなる部分は確かにあるけど)、僕は期待したい。"

ネタばれ感想 庵野秀明総監督 摩砂雪;鶴巻和哉監督 『ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:破  YOU CAN(NOT) ADVANCE.』

" 積み上げてきた物語は、「序」から続く、綾波レイと碇シンジの物語。「序」のラストシーンのレイの微笑みと、「破」で描かれた弁当や味噌汁や「ポカポカ」が見事にクライマックスを迎える(^^;)。
 新劇場版の物語の骨格がエンターテインメントとして組み上げられていることがわかる。

…このようにして、新劇場版第二弾は、アーサー・C・クラーク『幼年期の終わり』への庵野監督の挑戦として、その端緒を見事に描ききった。  SF的には、このSFの王道である人類進化テーマの傑作に対して、それを超えることを目指し照準にとらえた映像が、今回の『ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:破』の達成点である"

 とすっかりエンターテインメントへと照準を合わせてw、ボーイミーツガール的な正統ビルドゥンクスロマンを、『ウルトラマン』の物語構造を借りながら、『デビルマン』や『幼年期の終わり』といった黙示録的進化SFとして昇華させようとしている、と今回の新劇場版を捉えていたのだけれど(それはまさに宇多田ヒカル「Beautiful World」のように前向きな感覚で)、それを物の見事にひっくり返したのが今回の『Q』である。(それと別に奇想映像的な視点で観た時の『破』の到達した高みの凄さは、そのエンタテインメントSF性をいっそう盛り上げていたけれど…)

 ところが『Q』の開演後、すぐに『破』のラストに起こした「世界の破滅」に対して、その主犯格として碇シンジが糾弾されるところから物語はスタートする。綾波を、自分から進んで、自らの初めての世界へ向けた能動的な意志で助けたあのカタルシスのあった『破』のラストは、(世界の破滅が実行されていた訳だから想像して当然なのだけれど)一挙に奈落へと。

 過去から目覚めた『都市と星』のケルヴィンならぬ、シンジが直面するのは、さきほどまで自分が生活していたのは、まるで別世界になってしまった廃墟の中の冷たい世界である。
 そして物語の進展とともに明かされる自分が起こした過酷な現実。
 放射能防護服そのものの着衣を着て遭遇する、異様な月を眼前に持つサードインパクト後の世界。
 ちゃぶ台ならぬ将棋を間に挟んでの冬月教授から告げられる母 綾波ユイと父 碇ゲンドウの人類進化の気味の悪い人体変容の企て。

 庵野監督がTV版から仕込んでいた人類補完計画のあまりに冷徹な現実。
 それを自らの行動の責任として、関係性の中で突きつけられるシンジの無限の苦悩。『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 まごころを、君に』で既に同じ結果は描かれていたが、今回はその責任が、次の先のない未来世界の中で、地球全体の不幸の元凶として、わずか14歳の少年に追わされる過酷。

 もちろんあのシンジくんなので、精神的な崩壊を起こして、内面に深く沈んでいく。まさにSF的な終末の姿と必ずしもシンクロしていなかった内面苦悩描写が、長かったエヴァの物語の中で、初めてひとつの骨太い黒い苦悩として結実した瞬間である。

 その後の物語は、ゼーレの少年 渚カヲルによる微かな救いにすがりつくシンジの、かつての仲間との凄絶な戦闘を描いていく。

 ここの映像は、『破』の奇想映像の残り香をリピートするように「ビーストモード」等が描かれるが、その強度は少年がさらされたSF的終末の重い責任に対抗するほどの強さを獲得しているようには見えなかった。

 残酷なのは、何も知らない少年が、その実の父と母の企みにより、このように苦悩する状況に放り込まれたことであり、それを自覚してしまったことである。
 『序』において、放置されていたのに突然父親に呼ばれ、理不尽に巨大人造人間にいきなり乗れと言われて、その恐怖に立ちすくむ姿が描かれた。
 それを観た時も、なんという親による虐待と思ったけれど、それに比して、何億倍もの暗黒の虐待である。

 SFで人類の変容/進化テーマは描かれてきたけれど、その大部分はマクロな人類の姿として描くものだった。『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 まごころを、君に』ではそこにアスカのラストワード「気持ち悪い」で象徴される様に、個人視点が導入されていた。
 今回は、それをさらに拡大して、映画二本で主人公のミクロの視点、周りからの徹底した疎外感とともに、人類の壮大な異様な進化が描かれようとしている。
 ここが僕がこの映画を暗黒の企てと感じた理由である。

 おそらくユイが企て、その遺志を継いでゲンドウが実行するグノーシス的な生態系の変容に、この少年の暗黒に比肩するような正義のロジックは存在するのだろうか。

 次回、『シン・エヴァンゲリオン劇場版:|I』で少年の内面が救われることを願いたいものだ。(と今回、一回目の鑑賞でこのような強い印象を持ったので、まずはファーストインプレッションとして書いてみました。多分に感傷的な見方かもしれないけれど、『序』『破』があれだけ快活に観えたのも、この黒いヱヴァを描くための製作陣の企みと考えた。持ち上げて奈落へ落とす、その落差のために。
 この物語に収斂したことも現在の日本の社会の閉塞感と切り離して考えられるものではないかもしれないので、あえてこうしたトーンで纏めてみた。御意見、御待ちします(^^))

 最後に庵野監督の心強い言葉を引用する。

Rebuild of Evangelion(庵野監督の新劇場版開始時の所信表明)

"「エヴァ」はくり返しの物語です。 主人公が何度も同じ目に遭いながら、ひたすら立ち上がっていく話です。 わずかでも前に進もうとする、意思の話です。 暖味な孤独に耐え他者に触れるのが恐くても一緒にいたいと思う、覚悟の話です。"

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コメント

放射能汚染後、日本の我々の往生際の悪い姿とシンジを重ねるのは、もちろんありですが、僕はそれより両親により無理やり精神的な煉獄へ落とされた部分に着目しました(^^)。進化SFを極個人の視点でミクロに描くのとそこに超虐待を導入したこと。庵野監督どんだけエヴァの観客にサディスティックな擬似体験を与えるのかと…。

投稿: BP(青の零号さんへ) | 2012.11.20 08:16

思い切ってネタバレしましたねw

エヴァQ、特に原発事故後の影響が大きいという見方には同意します。

私の解釈をあえて付け加えるなら、「世界を破壊したのはお前だ」という非難に対し
「そんなつもりじゃなかった」「ぼくのせいじゃないのに」と繰り返すシンジの姿は
原発事故に関わる関係者だけでなく、その電力を享受してきた全ての人々の姿にも
重なるように思えてなりません。

自分たちの葛藤をシンジに託してきた観客が、エヴァQでシンジに背負わされた罪を
自分たちの抱えた罪の投影だと気づけるかどうかが、この作品に対する受け止め方の
大きな分岐点になるのかなーとも思ってます。

投稿: 青の零号 | 2012.11.20 00:05

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「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」公開初日の11月17日に観てきました。 本当はもう少しほとぼりが冷めてから行くつもりだったんだけど、twitterとかで感想が流れてくると ネタバレが心配でヒヤヒヤするもんですから、席があったらすぐ行っちゃおうということで。 近所の映...... [続きを読む]

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