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2014.01.20

■感想 上田早夕里『深紅の碑文』THE OCEAN CHRONICLES II

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深紅の碑文:ハヤカワ・オンライン

" この星に迫る滅亡を前に、なおも己の信念を貫いた人々の行方を描ききる、現代SF前人未踏の到達点 陸地の大部分が水没した25世紀。人類は残された土地や海上都市で情報社会を維持する陸上民と、生物船〈魚舟〉と共に海洋域で暮らす海上民に分かれて文化を形成していた。だが地球規模の危機〈大異変〉が迫る中、資源争奪によって双方の対立は深刻化。海上民の一部は反社会的勢力〈ラブカ〉となって陸側の船舶を襲撃、国際的な非難を浴びていた。
  外務省を退職して支援団体の理事長となった青澄誠司、元医師にしてラブカのカリスマ的指導者ザフィール、困難な時代になお宇宙開発を志す少女・星川ユイ ──絶望的な環境変化を前に全力で生きる者たちの人生を描ききり、日本SF大賞受賞の姉妹篇『華竜の宮』のさらなる先へ到達した日本SFの金字塔。"

オーシャンクロニクル・シリーズ(上田早夕里さん公式HP 年表)

"『深紅の碑文』上・下(Ocean Chronicles II)(2013年)      作品内年表上は『華竜の宮』の続編にあたる。「華竜~」第八章からエピローグまでの、空白の40年余りを描いている。
 登場人物の入れ替えなどがあるので、小説の構造上、姉妹編という呼び方もする。電子書籍版は、2014年1月20日頃から配信予定。"

『華竜の宮』の世界観で、もう一本長篇が刊行されます: Nomadic Note 3(上田早夕里さん公式HP)

"タイトルは『深紅の碑文』。〈血で書かれた碑文〉という意味です"

◆二つの赤い血の物語
 『華竜の宮』の姉妹篇『深紅の碑文』を読了。
 タイトルには両義的な意味が込められている。一つは血で書かれた人類史的な民族間のノワールとしての碑文。そしてもう一つは、宇宙開発における人類の想像力の熱い血の、希望の物語。

"長い闘争の果てに自分たちが得たのは、血糊に汚れた醜い碑文だけだ。沈黙の檻に真実を閉じ込め、悲しい人々の声を封印し、口当たりのよい虚飾を身にまとった——血まみれの深紅の碑文"(下巻P333)

 こうした詩的で絵画的に表現されるノワール。圧倒的なボリュウムで描き込まれた地上民と海上民の闘争のドラマは、〈見えない10人〉というネットワーク上に存在する超法規的組織の存在を横軸に置くことで、底知れない人智の闇を底流に感じさせ、そして地球表面で繰り広げられる悪夢のような知的生物間の諍いを、ヒトの業としてどす黒く描き出す。

 対照的に描かれるもうひとつの赤い血潮の物語。
 こちらは「リリエンタールの末裔」から直結する"飛翔"の希望の物語。
 著者はこの二つのヒトの特性を並行して書き進めることで、ヒトの醜怪さと純粋さを、人類の混沌として見事に描き出している。

◆諸刃の剣 ヒトと技術の関係
 本書は、今までの上田作品でも語られているテーマ、人間と技術の関係を描いたSFであるとともに、311後の小説としての意味も持つ。

 ここで描かれる技術は主に三つ。
 ひとつは海上民を襲う兵器の技術。ひとつは恒星間宇宙船の建造。そしてその副産物であり〈大異変〉後の人類のエネルギー源となるはずの核融合技術。
 ここにもタイトルに込められた両義性、人の悪の創造物としての技術と、空想力の結晶である夢の技術の両面が描かれている。
 〈救世の子〉アルヴィの言葉。

"「我々は今までの人類とは違います。大災害のリスクを常に社会運営に組み込み、何をすればいいのかを明確に理解しています。(略)我々若い世代は意識構造が違う新しい人類です」"(下巻P344)"

 この後、青澄が語る言葉が全篇で描かれているディテールの積み上げを伴って、技術に対するヒトのあり方を的確に述べている/単純な言葉だけでは述べていない。

"我々は、管理することも管理されることも不得手過ぎる。あまりにもその能力に欠けている。そういう生物が技術を発展させていくときに最も必要なものは何か——。もう、明白に答えを曝してしまってもいい時代なのではないかな。誰もが気づいていることだ。だが、プライドが邪魔をして、誰も言葉にしようとしない"(下巻P348)

 SFは科学の側面も勿論だけれど、どちらかというと技術と寄り添うことが多い文学だと思う。なのでヒトと技術の関係を見極めていくのは、ある意味、SFの本質的なアプローチだと思う。
 前段で述べた人類の混沌は、そのままヒトと技術との関係にも照射される。

 〈救世の子〉と呼ばれる災害対応において冷静で理論的なアプローチを可能とするべく幼少時代から教育された子供たちが登場する。しかしその姿はどこか科学とか論理絶対主義的などこかデオドラントな臭いがして馴染めない。たしかに現在の我々人間よりは論理的に技術を間違いなく使えるように見えるが、その対処は何故かとても機械的で本当に柔軟に人類に対する実行力を持てているか、不安を呼び覚ます。

 〈救世の子〉というある意味、論理的思考を極めたように育成されたヒト。彼らに完璧な技術のコントロールができるかにみえるが…。この〈救世の子〉を対比として導入したことで、その反語としての青澄の引用部の発言が明晰に描き出されているのだと思う。

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 自分が本業で技術屋をやっているので、その観点でヒトと技術との関係について思うところもある。(本書の感想から少し離れるのだけれど、いい機会なので少し蛇足しますw)

 技術屋の世界は、通常の社会よりも論理が優先される部分がある。
 会社の顧客対応や社内政治や人間関係や、必ずしも論理だけでは制御できない曖昧さに満ちた混沌のヒトの関係に対して、技術論だけは会社の中でもそうした曖昧さを排除して、データと理論で論理的に語り/判断することが優先される(そうじゃないと物事や製品が成立しないので仕方なく感情や政治より重要視されてるってことですが…w)。

 20世紀が文明的に飛躍的な進化を遂げたことの一面には、曖昧なヒトの特性を超えて、ロジックが支配する技術文明が台頭したことに寄るのかもしれない。
 混沌とした中世から、科学と技術が台頭してそれを重視することから、論理がヒトの混沌を制御し、文明が促進された。技術文明が進んだということだけでなく、論理を優先する必要のある技術文明がヒトの曖昧さを見事にコントロールした側面は否定できないと思う。
 そして資本主義。売れる製品を作るというのが結果的に社会の役に立つ製品を作ることにつながり、技術の成果物の(まずは)善方向のコントロールにもなっている(もちろん全部がそうではないけれど、現代の会社組織はコンプライアンスという名の善のフィードバックループの影響を少なからず受けている)。

 技術の成果物の利用方法の善悪がテーマとなることがSFの世界でも多いのだけれど、そうした物事の判断に当たって論理性が優先されることが本質的に社会を向上させている側面についても、SFが描くことのひとつのアプローチがあるんじゃないかな〜、というのが会社という人間関係の混沌の中で、技術屋の現場から感じるところなのである(^^;)。(勿論、近代における論理や科学が成し遂げたこと、という観点で描かれたものは、いろいろあるわけだけれど、現在の社会においてもそうしたものが成している成果、という観点も相克として描かれたら面白いのではないかと感じる訳ですw)。
--------------------------------------------閑話休題

 本書の魅力的な技術の物語を読みながら、そんな日々の技術屋としての感覚を思い出していたのだけれど、技術の夢に生きる恒星間宇宙船建造組織 DSRDを描いているシーンは、目頭に熱いものが込み上げてくる。
 『華竜の宮』のラストにつながっていくこのDSRDによる活動の成果についても、ぜひこの先の物語のディテールにいつの日か触れてみたいものです。

◆その他 メモランダム
・ノワールの側面としての〈見えない10人〉

" 皆で一緒になって踊っていたんだよ。目が眩むほど魅力的な罪の庭で、壮大なダンスをな——。正義など最初からどこにもなかった。中心にあったのは虚無という名の空白だ。我々は環の中心に幻を見ていただけだ。そこには本当は何もなかったのだ"(下巻P306)

 この空虚さはヒトの暗黒の側面を見事に形象化していて凄く気に入ったフレーズでした。
・〈見えない10人〉"Invisible Ten"とそのネットワーク上の会話のシーンから、"Individual Eleven"を思い出した神山健治ファンは私ですw。
 本書の救世のスタンスとかも神山作品を思い出して読み進めていたのだけれど、神山健治監督にぜひ読んで欲しい。彼が東のエデン等で描いてきた救済の実現形態と同種の血が青澄の中に流れている気がする。上田作品の映像化を神山監督で、というのはファンの願望です(^^;)。

◆関連リンク
壊滅な大異変の到来を前に、人類集団の多様と不安定を描ききる 『深紅の碑文』書評 牧眞司|WEB本の雑誌

"いまさら言うまでもなく、人類とはひとつの共同体ではなく、複数の共同体がモザイク状に入りくみ不安定なバランスで揺れている。上田早夕里はその実際を正面から見据えたばかりか、「不安定な揺れ」も含めてSFの設定に持ちこんだ。その点がまず優れている。"

12月27日(金) 北上次郎の2013年ベスト10 『深紅の碑文』評 - 目黒考ニの何もない日々|WEB本の雑誌

" その骨太の物語に群を抜く人物造形、さらには秀逸な構成も見逃せないが、上田早夕里の美点の第一は、描写が鮮やかであることだろう。たとえば第一章の冒頭を読まれたい。貨物船にぐんぐん接近する小型船の上にザフィールが立っている場面だが、潮の匂いが充満している。そのくだりを引く。"

【修正版】新作『深紅の碑文』について、補足。: Nomadic Note 3
深紅の碑文: マツドサイエンティスト・研究日誌

上田早夕里『深紅の碑文』(Amazon)
著者インタビュー:上田早夕里先生
(SFとファンタジーのウェブマガジン Anima Solaris(アニマ・ソラリス)12.5月『華竜の宮』インタビュー)

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コメント

 とても密度の高い本ですので、読んで損はないと思います。

 ただ『華竜の宮』から読まれた方が、より楽しめると思いますので、それをお薦めします(^^;)。

投稿: BP(!!さんへ) | 2014.01.23 00:01

興味深く読ませてもらいました
日本SFは最近取りこぼしが増えてきたので
今度探してみます

投稿: !! | 2014.01.21 21:38

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