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2014年2月

2014.02.26

■PV パンプルムスの手作りプロジェクションマッピング Pomplamoose "Pharrell Mashup (Happy Get Lucky) "


▶ Pharrell Mashup (Happy Get Lucky) - Pomplamoose - YouTube

Pomplamooseの手作り感満載のプロジェクションマッピングがセンス良すぎて震える | RAW-Fi経由

"かわいいナタリーとひげのジャックによる音楽グループ、Pomplamooseが今度はPharrellの"Happy"とDaft Punkの"Get Lucky"をマッシュアップしたビデオを公開。ナタリーのかわいい歌声もジャックの演奏も素晴らしいのだけどそれを演出する手作り感満載のプロジェクションマッピングがまた素晴らしい。手作りのセットに安物のプロジェクターで映像を投影。"

 とてもキッチュな人体プロジェクションマッピング。手作り感覚がたまりません。
 関連リンクによると、カップルで自宅録音というまさにハンドメイドなグループのようで、プロジェクションマッピングのこうした可能性というのも開拓されていて素晴らしいと思うのです。
 手作りと、あと人体へのプロジェクションマッピング、そして人体のパフォーマンスとの組み合せというのが、さらに領域を広げていくようで、これからのこの分野の可能性に期待です。

◆関連リンク
PomplamooseMusic パンプルムスミュージック | Cafe Life.

"Pomplamooseパンプルムスは仏語で意味は『グレープフルーツ』です。 なんとなく、懐かしいような、曲調です。 カップルで、自宅録音というシンプルだけど、だからスゴイって思える"

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2014.02.24

■レポート シネマトグラフ:日本における映画の始まり 講演 森脇清隆「京都の映画——アートとエンターテインメントが交錯した時代」より

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プレイベント[作品展示]ウィリアム・ケントリッジ《時間の抵抗》 | PARASOPHIA: 京都国際現代芸術祭

"プレイベント アクセスプログラム
[映画技術史]「京都の映画——アートとエンターテインメントが交錯した時代」 講師:森脇清隆(京都府京都文化博物館学芸課映像・情報室長、PARASOPHIA: 京都国際現代芸術祭2015プロフェッショナルアドバイザリーボードメンバー)
日時:2014年2月15日(土)15:00–16:30
会場:元・立誠小学校 スタディールーム(1階 木工室)

 ウィリアム・ケントリッジの作品展示が行われているこの場所(立誠小学校跡地)で、日本で初めてシネマトグラフがスクリーンに動く画を映し出した。
 シネマトグラフ以降、1930年代には、京都は「日本のハリウッド」と呼ばれ、エンターテインメント映画の都になる。そして同時期、映像表現を美学的に捉えようとする動き、そして、ドキュメンタリーとして捉えようとする動きも活性化した。これら京都独特の潮流の源はどこにあるのだろうか。
 日本の映像表現の原点になった地でウィリアム・ケントリッジ作品が展示される。この機会に、京都での映像表現の歴史を1930年代までのピュアな潮流を中心にふりかえる。【文・森脇清隆】"

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 先日レポートしたウィリアム・ケントリッジ《時間の抵抗》展に合わせて開催された講演会。
 そこでまず語られたのが、会場となった元・立誠小学校の場所が、日本で初めて1897年にリミュエールのシネマトグラフ(右写真)が日本に運ばれ、上映された場所であったという事実。
 まさに日本で映画がはじまった歴史的な場所にいる、という考えてみなかった体験にヤノベ×吉本観劇の京都ツアーに素晴らしいおまけが付いた気分(^^;)。

 森脇氏の講演によると、この場所は元・土佐藩藩邸で京都電燈という電力会社が当時あったという。
 1895年にフランスでリュミエール兄弟が発明したシネマトグラフを、稲畑勝太郎という軍服用のための化学染料を学ぶべくリヨンに留学していた方が、その大学でリュミエールと同級生であった縁から、2台をお土産に日本に持ち帰ったのだという。

 フランスからの船旅である故、神戸、横浜で荷を降ろしたので、まず西の京都が日本初の上映になったのだという。
 場所としてここでの上映となったのは、当時、電気を作ったが買い手を探していた電力会社が眼を付けたのが京都の祇園。夜の照明としての電気消費が期待できたから、という。
 稲畑の帰朝講演で上映しようとした際は、電圧違いで壊れたためそれを島津製作所が直しここで初めて動いたとのこと。
 正確な日にちの記載がなく、1897.1月ー2月の雪の日ということしかわからないらしいのだけれど、この講演のあった2月15日がその日であったかもしれない。

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シネマトグラフ - Wikipedia

"リュミエール兄弟が発明したとも、レオン・ボウリーが発明したとも言われている。 一説には、エジソンの開発したキネトスコープを、リュミエール兄弟の父であるアントワーヌが1894年のパリにて目の当たりする。これをきっかけに、息子 兄弟に動画の研究を勧め、キネトスコープを改良、映像をスクリーンに投影することによって、一度に多くの人々が鑑賞できるシネマトグラフを開発。リュミエール兄弟は特許を取得したとされる。"

キネトスコープ - Wikipedia

"スクリーンに映写されるのではなく、箱の中をのぞき込む形になる。当時は「ピープショー」とも呼ばれた(ピープ(peep)とは、のぞくという意味)。一度に多くの人が鑑賞できるスクリーンに投影される形の映画(シネマ)は、リュミエール兄弟による「シネマトグラフ」の発明(1895年)を待つことになる。 日本でエジソンが発明したキネトスコープを初上映したのは神戸の神港倶楽部で、1896年11月25日から12月1日までであった。日本の映画の日が12月28日から12月1日に変更されたのは、この日付に因むためと言われる(リュミエールが発明したスクリーン式の「シネマトグラフ」は1897年、大阪の南地演舞場や京都で披露されている)。"

 エジソンのキネマトスコープは上映する現在の映画とは別のもの。まさにプロジェクション方式の今の映画は、シネマトグラフではじまった訳である。

 講演は、そこから京都と映画の深い関係についての、さらに興味深い話が続く。以下、箇条書きで要点(と一部僕のコメント)をレポートします。

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・撮影も可能なシネマトグラフを用い、日本で初めて撮られた作品はドキュメンタリー、柴田常吉『紅葉狩(1899年)
・その後、日露戦争での戦艦の映像が紹介される。戦記高揚のリアルな画像。
・初の劇映画は『ピストル強盗清水定吉(1899年)
・牧野省三『本能寺合戦』(1908)は横田商会の制作。この横田商会は映画の前は、レントゲンによる舞台に骨の映像映す興行を催していたという。X線による映像を興行として見せるというのは凄い、まさに見世物小屋。
・東京はカメラマンがディレクター。京都は牧野省三のように舞台のアートディレクターが監督。
・京都は時代劇、歌舞伎、講談+SFX 特撮=忍術映画。これらのために江馬務らによる時代考証が進んだ。
・当時の時代考証は絵画で進んでいた。日本画家は、一子相伝で風俗考証のアーカイブを持っていた。
・当時のフィルムはISO(ASA)16程度のため、二条城のスタジオ等、ガラス張りで日光を照明にしていた。
・時代扮装実演会というのが1915年に開催されたが、これはほとんど今のコスプレ大会。
溝口健二『元禄忠臣蔵』(1941)は時代考証として江戸城を正確に再現していた。
・京都市立絵画学校という現在の市立芸大の前進は、アトリエ座というグループがあり、東映の美術スタッフの供給源となった。

 京都の芸術大学のルーツに、映画の京都の撮影所の存在が深く関係していたというのは、なかなか興味深い事実でした。
 たいへん映画について面白い話を聞かせて頂き、この講演の企画者の方々と森脇清隆さんにここで感謝します。ありがとうございました。

◆関連リンク
フィルムシアター | 京都府京都文化博物館
東京国立近代美術館 フィルムセンター様 | 事例紹介 | IMAGICAグループ
 ここに日本最古の映画『紅葉狩』のデジタル復元について触れられた記事とそのシーン写真が掲載。

溝口健二『元禄忠臣蔵』(DVD)

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2014.02.19

■レポート ウィリアム・ケントリッジ《時間の抵抗》: William Kentridge The Refusal of Time

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ウィリアム・ケントリッジ《時間の抵抗》 | PARASOPHIA: 京都国際現代芸術祭 プレイベント

" 【日時】     2014年2月8日(土)– 3月16日(日)11:00–19:00
 *水曜休、入場は18:30まで
【会場】     元・立誠小学校 講堂     〒604-8023 京都市中京区備前島町310-2(木屋町通蛸薬師下ル)

 《時間の抵抗》は、20世紀初頭の近代物理学の誕生を研究するハーバード大学の科学史家ピーター・ギャリソンとケントリッジとの時間を巡る対話から着想され、野生動物にも似た美しく俊敏な踊りで知られる南アフリカの女性ダンサー、ダダ・マシロとのワークショップの過程で生み出された作品です。時間の意味を求める人間の飽くなき努力と人間に定義されることを拒むかのような時間の不思議さ、一方で人間が定義した時間の規則や拘束から逃れようと抗う人間、こうした両義性を内包するこの作品は、近代の普遍的で根源的な問題を執拗に検証し続けているケントリッジの、知の現在位置を明示する重要なマイルストーンと言えます。"

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 先にレポートした「吉本新喜劇×ヤノベケンジ」を観に行った際、何か美術展がないかと探して、この展示に行き当たった。不勉強でウィリアム・ケントリッジについて、全く知らなかったのであるが、素晴らしい作品だったので簡単にご紹介します。

 本作品は、アフリカのアーティスト、ウィリアム・ケントリッジのインスタレーションである。
 合わせて開催された講演「[映画技術史]森脇清隆「京都の映画——アートとエンターテインメントが交錯した時代」 」によると、この場所は日本と京都の映画史において大変重要な場所らしい。この場所で、こうした映像のアート作品が上映されたことは貴重な機会で、それを偶然に観ることができて幸運だった。

 この会場 元・立誠小学校は、日本で1897年にリュミエールのシネマトグラフが初めて上映された、日本の映画発祥の地。元土佐藩藩邸で京都電燈という電力会社の発電所だった場所。リミュエールの機械4台が日本に運び込まれ、神戸と横浜に上陸。西から入港したので関西で東京より早い上映が行われたのだとか。

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William Kentridge, The Refusal of Time, 2012
5チャンネルビデオ、サウンド、メガフォン、呼吸する機械(木製の可動式装置)のインスタレーション(音声あり、再生時間30分)
コラボレーション:フィリップ・ミラー、キャサリン・マイバーグ、     ピーター・ギャリソン
国立21世紀美術館(イタリア、2012)での展示風景 (Photos by Matteo Monti, courtesy of Fondazione MAXXI) © William Kentridge (プレスリリースより引用)

 今回の展示は、このプレスリリースの写真にある様なフラットなスクリーンではなく、講堂の構造も使用して、柱とか梁をむき出しにしたまま、そこに映像が投影されていた。これにより、荒削りでダイナミックな空間が作られていたと思う。

 廃校となった小学校の講堂までの古びた様、そして講堂全体に広がる映像空間と、木と鉄で作られたオブジェ"呼吸する機械"。これはモータでクランクを回して、産業革命的な工場の機械を想起させるオブジェで、映像と融合して骨太な空間を形作っていた。

 映像は、木炭とパステルのドローイングによるアニメーションと、パントマイム的な人物のダンス、そして影絵等が使われ、5面スクリーンで並行していろいろなシーンが描かれている。
 さらに素晴らしいのは音響効果。
 四隅(たぶん)に置かれたスピーカーと、4本立てられたアルミの板金を用いたメガフォンから時に大音響、映像と位置を合わせて会場を練り歩くように蠢く音が生々しい。

 映像と音により、ストーリーがなくどのようにも解釈できるパフォーマンスが講堂の中で観客をとりまき、視線を各スクリーンに巡らせて、まさに体感する映像空間。
 こうした複数スクリーンを用いたインスタレーションはいろいろ観たことがあるのだけれど、このオブジェと映像のダイナミックな骨太のイマジネーションは、その中でも秀逸な作品だったと思う。

◆関連リンク

▶ dOKUMENTA 13 - The Refusal Of Time (1) - YouTube
 《時間の抵抗》の一部がこちらで観られます。
William Kentridge - YouTube
 その他、ケントリッジの多数作品。
ウィリアム・ケントリッジ——歩きながら歴史を考える そしてドローイングは動き始めた…… | 京都国立近代美術館

◆蛇足
 ディビッド・リンチファンの僕は、このような作品としてリンチのアート作品が展示されたら素晴らしいだろうな、と夢想してしまう。工場の写真や自身の絵画、オブジェ作品を配して構成されるリンチ空間。まさに身震いする凄み(^^;)。

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2014.02.16

■感想 「吉本新喜劇×ヤノベケンジ」@祇園花月 池乃トらやんの笑撃SF

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上は京都造形芸術大 ULTRAFACTORYの学生さんの体を張ったPR隊。3Dで撮ったのですが残念ながら2D掲載w。トらやんスーツの出来、さすがの造形です。そして寒空のもと、お疲れさまです。下は会場内で展示されていたトらやんと池乃トらやんTシャツ。

「吉本新喜劇×ヤノベケンジ」 |イベント情報|京都造形芸術大学

"コラボレーション新喜劇公演
日程 2014年02月14日(金)〜 2014年02月16日(日)
時間 19:00(開場 18:30)
場所 よしもと祇園花月
場所詳細 京都市東山区祇園町北側323 祇園会館内

吉本興業からの提案で始まったこのコラボ"

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 一番前のほぼ中央席という絶好のポジション。今までも吉本新喜劇は2度見たことがあったが、これほどの至近距離は初めて。
 3m程しか離れていない距離に、役者たちのディテールが眼前にまるで3Dのように迫る。その立体感と表面テクスチャwのリアリティ。飛び散る汗とか、まさに舞台の息づかいが伝わる素晴らしいポジション。(今まで芝居でも最前線で観たことはなかったけれど、今後は取れるものなら一列目を狙いたいw)

 そして爆笑の舞台。
 ヤノベケンジファンであるのと、我が家のブームで数年前に毎週末、お昼の吉本新喜劇テレビ放映を3年程続けて見て、あの定番の笑い回路wをニューロンに形成してあったのをこれ程、感謝したことはない(^^)。役者ごとの定番ギャグが続々繰り出される舞台に、爆笑の連続。そこにヤノベ原案のSFストーリーが絡む。

Twitter / yanobekenj(ヤノベケンジ氏ツィート)

" 脚本から関わっていますが吉本さん大丈夫ですか?のヤバイ内容になりそうです(略)
 舞台は1970年大阪万博開幕直前。太陽の塔の目に未来の光が灯ろうとする時代。下町の放蕩老人「天満のトらやん」(めだか)息子の天満博(内場)と妻やすえ等が繰り広げるSF人情喜劇。強い毒を笑いの厚いオブラートで。
 今の脚本内容で規制がかからず公演されれば奇跡かも"

Twitter / yanobekenji(ヤノベケンジ氏ツィート)

" 吉本本社の稽古場からやっと帰宅。爆笑の連続でしたが最後には涙。さすが人情喜劇の真骨頂。でもこの内容ではテレビ放送は無理なのです。原子力の問題をはっきり言い切っているのでね。最初で最後か。このスリリングな新喜劇を生で是非。14日15日、16日の3日間のみ。京都祇園花月にて。"

Twitter / yanobekenji(ヤノベケンジ氏ツィート)

"

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「吉本新喜劇×ヤノベ」セットの1幕はウルトラファクトリー出身絵師の岡村美紀さんが描き上げてます。本日ファクトリーから花月に運び出されました。彼女は瀬戸内芸術祭で小豆島の大壁画も手がけてます"

 事前にこうしたヤノベ氏のツィートを見ていたので、会場では定番の笑いに爆笑しながら、この後に続くディストピアな舞台への異化にワクワクしながら芝居を見守っていた。岡村美紀さんの描かれた舞台セットが鬼気迫るデッドテック感で、これはもしかしたらメルトダウンした原発が舞台になるのか! と動悸の高まりを抑さえられずにいたのだ。

※以下、ネタバレを含みます。三日目の公開がはじまる時間に本記事を公開しますが、再演の可能性もありますので、未見の方は、御注意下さい。

 舞台は、1970年ラーメン屋と花月旅館という、いつものセットから始まる。場所は太陽の塔が背景画に描かれた吹田。そこから時空を超えた「天満のトらやん」(原案)ならぬ「池乃トらやん」(上演された芝居での役名)のSF大冒険が始まる。
 ネタバレになるので詳しくは書けないが、転移した岡村美紀さんの絵の舞台は原子力発電所ではなかった。

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 過激でテレビ放映は難しいというツィートだったが、放映は問題ないレベルだと僕は思う(^^)。(もしこれで放映できないほどマスコミが企業体としての体面で規制を強めているなら日本はお終いかもしれないが、そこまでは行ってないでしょう。)

 差別用語もそうだけれど、放送の規制は自主的な抑圧による誘引が多いと思う。こうした表現の規制を自らしていくことが負のスパイラルを産み、自分たちの現実を息苦しいものにしていく様な気がする。
 表現者だけでなく一般の僕らも含めて皆が自主規制するような抑圧の空気を作り出すことは、今、避けなければ行けないことだと思う。(少し強い物言いになるけれど、ここでの意見はそういう観点です)

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 今回の物語は、例え太陽の塔の電力が万博開催と同日に発電をスタートした、日本初の敦賀原発から来ていたのを知っていたとしても、毒はそれほど強くないと思う。
 ましてやその事実を知らない一般の人々に、テレビ放映でこの芝居は、どれだけ原発事故を想起させるだろうか。

 もちろん、この物語でも福島と関係している雰囲気は感じるだろう。
 ただしここからは、原発問題の、あたかも既に収束した様な空気感を突破する力を強く感じることができない。むしろ先に述べた自主規制は、その空気感を補強することになってしまうと思う。

 世代間の希望の連鎖と、新エネルギ(ネオクリーンエネルギー)の負を断ち切って、最後に輝くあの岡本太郎の光を見せてくれたことは感動のラストではあったのだけれど。

 現代美術や演劇や、そうした芸術が持つ現実のどこかを突き崩していく様な力は、自主的にオブラートに包んでしまってボヤっとさせるのでなく、岡村美紀絵師の表現が持つ、あの舞台画の力のように、何らかの毒があってこそ実現できるものじゃないかと思う。

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 そこで一番残念だったのは、あのアトムスーツが実は放射能防護服ではなかったというところ。何と鉛のメタルを含んだ黄色の服もガイガーカウンタも全く活躍をすることのない、悪の組織がトらやんを操るための遠隔操縦服(強制具?)という設定。

 ここに「放射能」を持って来れなかったのは、自主規制なのか、アートファン以外の京都観光に来た一般客も入る週末の祇園花月を想定した吉本の配慮なのか、僕は知る由もない。

 ただ、これはアトムスーツファンと、そしてチェルノブイリの街であの黄色いスーツに日常生活を介入された(大げさですが...)住民の方々が知ったら、どんなにか残念だろう、と思わずにはいられない。アトムスーツはご自身で着ることを封印、表現の覚悟を問うた作品だったはずなので、別の設定の使い方で形状はあのままというのは、違和感が残る。
 こういう設定でいくのであれば、むしろ新しいヤノベ氏の「遠隔操縦服」アートを見せてもらいたかったのは僕だけだろうか。

 最後にあの希望の光が灯った後、ヤノベ氏と岡村美紀さんも舞台に上がり2時間半に及ぶ長大な吉本笑撃SF大作新喜劇はグランドフィナーレを迎える。

 「アンガー・フロム・ザ・ボトム」も背景画の中に登場した舞台を見終わって僕は笑いに大いに満足しつつもモヤモヤとした複雑な気持ちを胸に、ギリギリ最終の新幹線で名古屋まで、この感想の元となったメモを取りながら帰ってきた。(そういえば、何故、「サン・チャイルド」でなく「アンガー・フロム・ザ・ボトム」なのだろう?)

 このモヤモヤを、どこまでBlogに掲載するか、正直迷ったのだけれど、ここにこうした表現で書き留めておくことにする。いろいろと偉そうな表現をしてしまい、もしかしたら今回の舞台に覚悟してのぞまれた作家の想いに僕が気づけていないのかもしれないけれど、、、。
 アトムスーツの登場のさせ方について、皆さんのご感想もコメント欄で聞かせて頂ければ幸いです。ここまでの受け止め方は、やはり厳しすぎる見方なのでしょうか。アトムスーツファンとして、一晩考えてそれでも書いてみました。

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 僕は吉本では辻本座長のシュールが入った笑いのあの舞台が好みなのだけれど、もし今回の芝居が辻本で、そしてアトムスーツがネオクリーンエナジーの放つ毒を、内側に封じ込める防護服の役割を果たし、「天満のトらやん」を世界から隔離し、そして最後に何らかの形で解放する様な物語だったら、どんな観劇感をもっただろうと夢想しながらこの記事を閉じたいと思う。

 最後にこの舞台、当日何台ものビデオカメラで公式に記録されていた様なので、(邪推だけど)いずれ何らかの形で映像公開されるのでしょう。
 全部は長過ぎて無理だけれど、土曜日のお昼に、吉本枠で放映されること、期待しています(^^;)。

P.S. 会場の自販機のところでヤノベ氏のお父様を御見かけしました。今回の芝居、トらやんの生みの親でもあるお父様への最高のプレゼントかもしれませんね。関西圏での新喜劇で取り上げられることの位置づけの大きさは、名古屋からは計り知れません。

◆関連リンク

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吉本新喜劇特別公演|吉本新喜劇オフィシャルサイト
「吉本新喜劇×ヤノベケンジ」開演! - Togetterまとめ
 twitterの関連発言をまとめました。複数視点のレポートになっています。

ヤノベケンジ関係 本Blog関連記事

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2014.02.10

■フィリップ・K・ディック 山田和子訳『時は乱れて』: Philip K. Dick "Time Out of Joint"

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時は乱れて:ハヤカワ・オンライン.

"ディックの初期長篇、待望の復刊!

この町でその男の名を知らぬものはいなかった。レイグル・ガム。新聞の懸賞クイズ〈火星人はどこへ?〉に、2年間ずっと勝ち続けてきた全国チャンピオンだ。だが彼には時折、自分が他人に思えることがあった。ほんとうに自分はいったい誰なのか? ある日、同居する弟夫婦の子供が、近所の廃墟からひろってきた一冊の古雑誌が引き金となって、彼を驚くべき真実へと誘っていく……奇才ディックの名作、待望の復刊!"

 フィリップ・K・ディック『時は乱れて』山田和子(改訳版)で初読。
 傑作非SF『市に虎声あらん』の7年後に書かれた本作、前半は『市に虎声あらん』にとても似ている市民家庭の描写でスタート。

 後半明らかになる真相は、鮮烈でスリリング。
 のちに数多くある「作られた世界もの」SFは、ディックを(たぶん)本家に、映画等でもいろいろあるけれど、このサスペンスと作られた理由に主人公の精神的負担が関与するのは出色かもしれない。

 そして世界への違和感と切迫感が鮮烈。
 前半で自分の居所のなさを、主人公が言語に原因があるような思考をする。初期ディックにはこの視点があるが、神林長平が書いているほど、後年はこの思考は薄れて行く。 言語観点で、もう一度、ディックを読み直してみたいものです。

◆関連リンク
Time out of Joint(The Philip K. Dick Bookshelf)
 冒頭のブックカバー写真はこちらのHPのものを使わせて頂きました。日本語版は私の追加分です。こちらのHP、ディック著作のカバー絵がたっぷり観られて眼福です。
 これだけある表紙絵、僕は上から二段目の真ん中、この怪しい小父さん顔のが好きかな(^^)。
フィリップ・K・ディック 山田和子訳『時は乱れて』
当Blog過去記事
ディック 関連記事 - Google 検索
フィリップ・K・ディック アンドロイド化プロジェクト
 このディックのアンドロイドは、その後発見されたのだろうか。

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2014.02.06

■感想 長澤雅彦監督『なぞの転校生』岩井俊二 企画プロデュース・脚本

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なぞの転校生(公式HP)
ドラマ24 なぞの転校生(毎週ドラマを一週間無料ネット公開)

◆『なぞの転校生』第一話

"高校2年の岩田広一(中村蒼)は、幼馴染で同級生の香川みどり(桜井美南)と不思議な流れ星を見る。 その夜、広一は隣に住む一人暮らしの江原正三(ミッキー・カーチス)から「部屋に見知らぬ誰かが何人もいる」など奇妙なことを言われ戸惑う。翌日体育倉庫で着替えをしたみどりは、盗撮していた大森健次郎(宮里駿)を発見し揉めていると、突然幽霊らしき物体が!担任の大谷先生(京野ことみ)は生徒たちと現場 検証を始める。"

 一週間限定のネット放映で毎週観ているので、まずは三話分の感想です。Facebookで毎回観て書いた感想を掲載しますので、文体はその時の気分でばらついてますが、ご容赦を(^^;)。
 岩井俊二ファン、必見。高校生の描写がまさしく岩井ワールドになっている。
 それはダイアローグのデティルや何気ない仕草の描写によって醸し出されたものでファンには溜りません(^^;)。

 あと映像ファンのために以下素晴らしいポイントをメモランダムで。
・奇想映像ファンは冒頭だけでも試しに観てください。導入部からOP映像だけでもしびれます。
・映像が映すその光とそれを観た高校生の視認識の違いも、今後の展開に興味を惹かせます。
・ミッキー・カーチスがとてもいい味。ファンキーなボケ老人演技が素晴らしい。
・そして「ムー」ファン必見な展開w。主人公がSF研究会の会長で、ニックネームが「ムーくん」というのは何だかSFファンには複雑ですw。
・金田光(ちょっと違うかw)をまさかこのドラマで観ることになるとは(^^)!

 「なぞの転校性」が登場する次回予告。転校生の週末感漂うエキセントリックな描写、次回が楽しみ!

 長澤雅彦監督の映画は初めて観たのですが、特に冒頭と終盤の映像、緊張感のあるカメラワークでみずみずしい描写が心地よいです。

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◆『なぞの転校生』第二話

"ある朝、家を出た岩田広一(中村蒼)は隣の家から出てくる青年と出会う。青年は江原正三(ミッキー・カーチス)の孫の山沢典夫(本郷奏多)と名乗り、隣に引っ越してきたという。二人はアパートの通路でいっしょになるが、奇妙な行動を見せる典夫を広一は不審がる。するとそこに光る何かが現れ…!?その後、野球の試合をしていた広一の前に再び典夫が出現。野球の意味すら知らない典夫がピンチヒッターをすることになるが…。"

 しっかりSF!
 モノリスとミッキー・カーチスが最高に格好良い。
 インストール中の奇矯な姿と草野球の異化作用、そして未来の惨禍から逆照射して、美しい花と星空。長澤監督の映像も冬の空気のように澄んでいて、近来稀にみるSF TVドラマだと思う!

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◆『なぞの転校生』第三話

"岩田広一(中村蒼)と香川みどり(桜井美南)のクラスに山沢典夫(本郷奏多)が転校生として紹介され、昨日典夫に高校の存在を教えたばかりだった広一は驚 く。早速物理の授業で専門的な発言をする典夫だったが、次第に話はなぞめき出し…。その後、授業が始まっても教室に現れない典夫はなぜか理事長室に。親しげに寺岡理事長(斉木しげる)と会話する典夫だったが、理事長から衝撃的な事実を聞かされ絶句してしまう。"

 今回は、主人公ムー君wのSF研究会会長という設定が、いかんなく発揮されたH.G.ウェルズ & A.C.クラーク回(^^)。

 転校生山沢典夫によって語られる多元世界は、物理学者A.C.クラークによって(?)、知的物質モノリスが発明され(D1)、『解放された世界』でH.G.ウェルズが予言した、連鎖反応し爆発が止まらない原子爆弾のアイディアを、ハンガリー生まれの原子物理学者レオ・シラードがマンハッタン計画で実現した世界(D8)。

 SF研の部室で撮られている特撮映画「現代版 宇宙戦争」のミニチュアセットの前で語られる、破滅した世界の物語にかぶるショパンの「雨だれ」。そして「雨だれ」のない世界(D12?)。

 「DRS:DNA書換え手術」60兆の細胞の修復は、もしかしたらSTAP細胞を見いだした小保方晴子博士の発明かもしれない(D8?)。

 レイヤー上に重なる多元世界の結束点、東西山高校。
 ワンダーな世界が金曜深夜にTVに現出しています。

◆関連リンク
 第三話のSF度が嬉しかったので、以下、関連リンク。

・ハーバート・ジョージ・ウェルズ - Wikipedia

"原子爆弾
 小説『解放された世界』は、原子核反応による強力な爆弾を用いた世界戦争と、戦後の世界政府誕生を描いた。核反応による爆弾は、原子爆弾を予見したとされる。ハンガリー出身の科学者レオ・シラードは、この小説に触発されて核連鎖反応の可能性を予期し、実際にマンハッタン計画につながるアメリカの原子爆弾開発に影響を与えた。

国際連盟
 第一次世界大戦中に論文『戦争を終わらせる戦争』を執筆。大戦後に戦争と主権国家の根絶を考え、国際連盟を樹立すべく尽力した。しかし、結果的に発足した国際連盟はウェルズの構想とは異なり国家主権を残していたため、『瓶の中の小人』という論文で国際連盟を批判している。のちに発足した国際連合も同様に批判した。

日本国憲法
 ウェルズは日本国憲法の原案作成に大きな影響を与えたとされる。特に日本国憲法9条の 平和主義と戦力の不保持は、ウェルズの人権思想が色濃く反映されている。しかし、ウェルズの原案から日本国憲法の制定までに様々な改変が行われたため、憲 法9条の改正議論の原因のひとつとなっている。またこの原案を全ての国に適用して初めて戦争放棄ができるように記されており、結果として日本のみにしか実現しなかったことで解釈に無理が生じたと言われている。"

H・G・ウェルズ「解放された世界」書評 -- 慶應義塾大学SF研究会.

"本作は旧態依然とした社会体制からの解放の物語である。 この解放は大科学者ホルステンが原子力エンジンを1953年に実用化したことに始まる。このホルステン=ロバーツ・エンジンは革命的と言えるほどに安価な 電力供給を可能にし、わずか数年で既存の動力を全て駆逐する。その一方で、この急激な変化は既存の経済や産業に大きな打撃を与え、この経済的混乱の最中の 1956年、世界は全面戦争へと突入していくのである。この戦争に決着を付けたのは他ならぬ原子爆弾である。このカロリウムを原料とする原子爆弾は全世界の200もの都市に落とされ、ほとんどの国家は壊滅状態に陥ってしまう。そしてこの地球規模の破局の閉幕として、イタリアの片田舎で各国の指導者が集まり、世界政府の樹立を宣言する。"

レオ・シラード - Wikipedia.

"生物学の道をほとんど選びかけていた1933年9月、シラードはロンドンで著名な物理学者アーネスト・ラザフォードが行った講演の新聞記事を眼にした。ラザ フォードはそこで、原子核の秘めたエネルギーを工業的規模で解放するのは絵空事 (moonshine) であると説いていた[46]。この記事は、彼にベルリンで読んだウェルズの SF『解放された世界(英語版)』(1914年)[47]を思い起こさせた。そこでウェルズは逆に原子エネルギーの開発とそれによる核戦争の勃発を予見していた。これらをきっかけにシラードは原子エネルギーについて終始考えを巡らせるようになった。ある日、ロンドン・サザンプトン通りの交差点で信号待ちをしている間に、前年発見された素粒子中性子による連鎖反応の理論的可能性に不意に思い至った。電気的に中性な中性子は容易に原子核に衝突させることがで き、もしそれによって複数の二次中性子を放出するような種類の原子が存在すれば、莫大な核のエネルギーが放出されることになる。"

前奏曲 作品28の15「雨だれ」 ショパン - YouTube
 そして私たちの世界に存在する「雨だれ」

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2014.02.04

■感想 彫刻家 名和晃平「KOHEI NAWA|SANDWITCH」展 @表参道 GYRE

Nawa_sandwitch

GYRE

"『KOHEI NAWA | SANDWICH』
会 期 : 2013年12月8日(日)- 2014年2月16日(日)
時 間 : 11:00 - 20:00
主催   GYRE 企画・制作 SANDWICH 協力   JTQInc.、HiRAO INC"

 東京出張の折に、名和晃平の個展を観てきました。
 コンパクトな展覧会でしたが、映像を多用し、密度の高い個展でした。

 作品としては、まず入り口に「Trans-Trophy(Flora)」(2013) 。紫の金属光沢で扁平の球体の集合体トロフィー(下右の写真)。この金属光沢が奥の深い風合いを持っていて、いつまでもいろんな角度で眺めていたくなる魅力的な作品。

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 そして「PixCell-Deer #35」、鹿の剥製に無数のガラス球。
 こちらは、製作中のオブジェで、鹿の剥製が「映像の細胞」に置き換わる、まさにその過程を展示したもの。別のコーナーで観られる制作ドキュメント映像から、剥製の表面に接着剤でガラス球体が貼付けられる様子がわかる(この記事のトップに引用した写真がその作品)。
 以前も京都造形大ULTRA FACTORYでこの<PixCell>と名付けられたシリーズの別作品を観たことがあるのだけれど、何回観ても、ガラス球の奥の毛皮のテクスチャーがレンズ効果で拡大して観察でき、そして角度を変えると見え方が大きく変わっていく様は圧巻。ものの質感というものを(この場合触感か…)、視覚で認識させるというか。レンズで拡大された表面がディテイルの映像として様々な様子に眺められることで、視覚が触覚に変異しているような不思議な感覚が味わえる。
 会場は撮影禁止だったのだけれど、例によってw、3Dハンディカムでこの質感は持って帰りたいと思った。

 「PixCell-Serrow.eXe」(2011)
 こちらは<PixCell>シリーズの貍(?)。各ピクセルから覗く獣毛の質感はこちらも同等。

 「Manifold Model」(2013)
 あの韓国に建造された高さ13m 幅16m 奥行12mの巨大金属彫刻の1/30モデル。いずれ実物を眼にしたいのだけど、韓国は遠い。この巨大な不定形物体、ミニチュアで観ても迫力がある。実物はいかばかりのものであろうか。
 以下に制作過程の動画が公開されているので、ご興味のある方は是非フルスクリーンで御覧ください。

▶ Manifold by KOHEI NAWA - YouTube

ARTIST : Kohei Nawa (b.1975, Japan) TITLE : Manifold YEAR : Dec 2010 - June 2013 MEDIA : Paint on Aluminum SIZE : 13(h)x 15(w) x 12(d) m WEIGHT : 26.5 ton approx. PRODUCTION & CONSTRUCTION : Kohei NAWA | SANDWICH, FLAT ltd., SCAI THE BATHHOUSE DOCUMENTARY FILM : Aoki Kenji

 デジタルクレイツール "Geomagic Freeform"によって名和の頭の中のイメージが、まずデジタルデータとしてシリコンの仮想空間の中に描かれる。そして発泡スチロールで現実空間に実体化し、アルミ鋳造で巨大な金属彫刻が韓国の地に現出する。

 展示は、その他、名和が作品のテクスチャに使用している様様なテイストの物体群とか、小規模な作品が十数点。

 実体の作品に加えて、今までの名和の展覧会とその制作風景の映像が会場のスクリーンで上映されており、こちらも見どころたっぷり。
 愛知トリエンナーレの「Foam」以外、いずれも観たかったけれど行けなかった展覧会なので、制作風景等とても興味深く鑑賞した。動画で紹介された展覧会は以下。

 

 「名和晃平 ─ シンセシス 展:KOHEI NAWA - SYNTHESIS」
 「KOHEI NAWA - TRANS」(2012 韓国 ARAID GALLERY)
 「KOHEI NAWA - TRANS|SANDWITCH」(2012 阪急梅田ギャラリー)
 「Biota (Fauna/Flora)」(2013 犬島 家プロジェクトF邸)
 「Manifold」(2013 韓国 アラリオスカルプチャーガーデン)
 「Foam」(2013 あいちトリエンナーレ)

 特にもう観たくてたまらない巨大金属彫刻「Manifold Model」の(上の引用動画と別だったと思う)制作映像は圧巻。発泡スチロールから型を取り、鉄(アルミ??)で作られた16mの巨大な不定形の物体が溶接とグラインダで完成していく様のダイナミズムには映像だけでも息をのみます(^^)。

◆関連リンク
SANDWICH
 本個展のテーマにもなっている名和晃平のスタジオプロジェクトのページ。
『KOHEI NAWA-SANDWICH』
 こちらはプロジェクトの作品群を名和の文章で紹介した作品集。読み応え/見応えあります。ファン必見。

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2014.02.02

■情報 マンタム個展「 記憶の残骸物とそれを照らす為の月」@名古屋大須 sipka(シプカ)

Mantamexhibitionkiokunozangaibutsu

マンタム個展「記憶の残骸物とそれを照らす為の月」 | 名古屋・大須のアクセサリー・セレクトショップ・sipka-シプカ-
sipka official weblog

"2014年2月5日(水)〜3月16日(日)
(略)
 死より生まれる新たな文化をコンセプトに有機物(動物の死骸)と無機物(骨董)を生み出されるマンタムの作品群はグロテスクな中にもプリミティヴな力強さと奇妙な美しさを感じさせます。

 名古屋では約2年振りとなる今展示「記憶の残骸物とそれを照らす為の月」ではアーティスト・マンタムの原点であるシュルレアリスムに立ち返り、新たに作り起こされた作品の数々と、作家自身による骨董や廃材を組み合わせた独創的な空間を体験して頂けます。

「マンタムとシュルレアリスム」シュルレアリスムとは何か。
                   文・画家 磯貝剛氏

超現実(シュルレエル)とは、私達が何となく現実と思っている感覚では捉え損ねる現実である。

境界があって、その境界のどこかにある入り口をくぐってたどり着く異界ではなく現実と地続きに存在する。

つまりシュルレアリスムは幻想の世界を紡ぐことではない。

マンタムのシュルレアリスムを見てみよう。

例えばまず現在Sipkaに常設されている「永久機械」

水桶の中に水が滴り落ちはすれど、一向に桶の中の水嵩は増す気配がない。
この機械は、我々に「現実を推し測るときの物差し」自体を疑わせる。
シュルレエルを直截的に現すのではなく「何となくの現実」(レエル)を疑わせることで、超現実(シュルレエル)を示唆している作品とは言える。

文学から始まったシュルレアリスムは、アンドレ・ブルトンの自動記述の実験によって超現実を発現させる事を目指した。
美術のシュルレアリスムは「デペイズマン」と呼ばれる手法を使った。

デペイズマンとは「国を追放すること」。
つまり事物を本来あるべき場所ではない別のところに配置することである。「本来ある場所」と言う主観的価値から切り離し、オブジェ(客体)化させるという試みである。

しかし、マンタムの作品は、関連性のない二項が思いがけない結びつきをしているように見えて、そこには物語により必然性がもたらされている。よってオブジェでなければ、気まぐれな偶発事故でもない。

同じくSipkaに常設されている「オリンピア」に眼を向けてみれば、伽藍堂で中に鳥が詰め込まれていることの必然性に気付かされるだろう。

更にマンタムの書く物語だが、これはただの空想(ファンタジー)だろうか。

書籍化された「鳥の王」は、2011年の東日本大震災の津波の被害や原発事故による放射性物質の拡散を受けて、マンタムが書き上げた。
現実との関わりから生まれた、現実に対する確信とも呼べる「予感」に立脚して書かれている。浮き草のような空想ならば、レエル(現実)との関わりを持たず、悲痛な現実からの「逃げ場」としてのみ機能するが、そうではない。

物語においてもレエルとの連続性は失われない。
むしろマンタムのシュルレアリスムは、オブジェとしてだけあるシュルレアリスムより、よりレエルとシュルレエルの紐帯を顕著に示すものであるように思われる。

参考書籍「シュルレアリスムとは何か」巖谷國士"

 とても長い引用ですみません。ただ素晴らしい紹介文であったため、一部引用だけではその本質の魅力を伝えられないと考え、大部分を引用させて頂きました。これを書かれたのは、sipkaのことり隊長 (kotoritaichou)さんによれば、画家 磯貝剛氏

 2年ぶりに名古屋でマンタムさんの個展がいよいよ今週、開催される。
 今回のテーマは、「シュルレアリスム」ということで、ますます期待が高まる。前回の個展「錬金術師の遠望」は、僕も訪問しハイビジョンハンディカムで動画も撮らせて頂いた(過去記事 レポート動画)。
 その際にマンタムさんと御話もさせて頂き、シュルレアリスムとの関係も少しだけ御伺いした。以下の記事でこんな風に書いたこともある。

感想 マンタム『鳥の王 ー Král o ptácích』

" 本書(マンタム著『鳥の王 ー Král o ptácích』)に付属するカードに、マンタム氏のファンでもある、チェコのシュルレアリスト ヤン・シュヴァンクマイエルの言葉が記載されている。

"マンタム氏のオブジェを見ていると、「ミシンとコウモリ傘との、解剖台の上での邂逅のように美しい!」という、ロートレアモン伯爵が遺した名句から飛び出したような気がしてならない。 "

 名古屋のSipkaの個展の際に、マンタム氏と一度だけ話をさせて頂いたことがある。
 その際に印象的だったのは、シュヴァンクマイエルの作品について、マンタムさんの作品とは異なり物語は付随していないですね、と尋ねた僕に対して、シュルレアリスムと物語は相容れないものだ、という言葉。まさにシュルレアリスムの根幹に関わる言葉で、、、。(その時の記事へのリンク 感想 マンタム個展 「錬金術師の遠望」)"

デペイズマン - Wikipedia

" デペイズマン (dépaysement) とは、シュルレアリスムの手法の1つ。この言葉は、もともとは「異郷の地に送ること」というような意味であるが、意外な組み合わせをおこなうことによって、受け手を驚かせ、途方にくれさせるというものである。文学や絵画で用いられる。
 19世紀の詩人ロートレアモン伯爵の次の詩句(「マルドロールの詩;Chants de Maldoror」より)を原点にしているといわれる。

「解剖台の上でのミシンとこうもりがさの不意の出会いのように美しい。」(日本語訳)"

 上のsipkaさんの引用文に出てくる「デペイズマン」は、シュヴァンクマイエルが、正にマンタム氏の作品を評して引用したロートレアモンの言葉を原点にしている、ということである。
 物語を背景に紡いだ上で制作されるマンタム氏のオブジェ。シュヴァンクマイエルの自動書記的なシュルレアリスムとの違いを念頭に置きながら、今回の展覧会を楽しみに待ちたいと思う。
 今度は、前回からアップグレードしたw、3Dハンディカムによって、名古屋大須のレアルな魔空間に現出した超現実を捉えてきたいと思う。立体物への没入を可能にする立体映画装置は果たしてシュルレアルな空間を封じ込めることが可能なのだろうか。(^^;)

マンタムさん公式ブログ、sipkaのことり隊長 (kotoritaichou)twitterより作品紹介
 作品の写真と、それにまつわる物語が語られています。
「 Lebka konjugát 」
「処刑機械」

◆関連リンク
マンタム(田村秋彦)(mantamu)さんTwitter
 こちらで今回の個展制作中の様子が少し語られています。

 マンタム個展「感情の為の機械」A STORY TOKYO - YouTube
 2013年10-11月 A STORY TOKYOでの個展動画。

"http://heavenscafe.net/?mode=grp&...
「感情の為の機械」 Mantam Exhibition
18 fri. Oct. - 12 Tue. Nov. 2013
A STORY TOKYO SHINJUKU
会場音楽 Közi(ZIZ / XA-VAT / EVE OF DESTINY / ex.MALICE MIZER)

・感情の為の機械 REM
・溶けた月
・水晶灯
・MANT V2
・6T 麗子 #3

2010年10月 パラボリカ・ビスで最初の個展 「錬金術師の憂鬱」を開催
2011年9月 名古屋Sipka「錬金術師の遠望」
2012年6月 パラボリカ・ビス『夜 歩く犬―崩れた塔に向かう郷愁 』
2012年9月 大阪月眠ギャラリー「畜骸曲舞団」
2013年5月 パラボリカ・ビス 「 残骸に在るべき怪物 」"

磯貝剛-ISOGAI TSUYOSHI- 名古屋 作家(公式HP)
磯貝 剛 (Tsuyoshi_Isogai)さんTwitter

当Blog関連記事 名古屋での前回個展のレポート
感想 マンタム個展 「錬金術師の遠望」@アクセサリーセレクトショップ Sipka Mantam Exhibition Distant View of an Alchemist
動画 マンタム個展「錬金術師の遠望」@Sipka

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