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2014.02.16

■感想 「吉本新喜劇×ヤノベケンジ」@祇園花月 池乃トらやんの笑撃SF

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上は京都造形芸術大 ULTRAFACTORYの学生さんの体を張ったPR隊。3Dで撮ったのですが残念ながら2D掲載w。トらやんスーツの出来、さすがの造形です。そして寒空のもと、お疲れさまです。下は会場内で展示されていたトらやんと池乃トらやんTシャツ。

「吉本新喜劇×ヤノベケンジ」 |イベント情報|京都造形芸術大学

"コラボレーション新喜劇公演
日程 2014年02月14日(金)〜 2014年02月16日(日)
時間 19:00(開場 18:30)
場所 よしもと祇園花月
場所詳細 京都市東山区祇園町北側323 祇園会館内

吉本興業からの提案で始まったこのコラボ"

Torayan_in_gion_kagetsu

 一番前のほぼ中央席という絶好のポジション。今までも吉本新喜劇は2度見たことがあったが、これほどの至近距離は初めて。
 3m程しか離れていない距離に、役者たちのディテールが眼前にまるで3Dのように迫る。その立体感と表面テクスチャwのリアリティ。飛び散る汗とか、まさに舞台の息づかいが伝わる素晴らしいポジション。(今まで芝居でも最前線で観たことはなかったけれど、今後は取れるものなら一列目を狙いたいw)

 そして爆笑の舞台。
 ヤノベケンジファンであるのと、我が家のブームで数年前に毎週末、お昼の吉本新喜劇テレビ放映を3年程続けて見て、あの定番の笑い回路wをニューロンに形成してあったのをこれ程、感謝したことはない(^^)。役者ごとの定番ギャグが続々繰り出される舞台に、爆笑の連続。そこにヤノベ原案のSFストーリーが絡む。

Twitter / yanobekenj(ヤノベケンジ氏ツィート)

" 脚本から関わっていますが吉本さん大丈夫ですか?のヤバイ内容になりそうです(略)
 舞台は1970年大阪万博開幕直前。太陽の塔の目に未来の光が灯ろうとする時代。下町の放蕩老人「天満のトらやん」(めだか)息子の天満博(内場)と妻やすえ等が繰り広げるSF人情喜劇。強い毒を笑いの厚いオブラートで。
 今の脚本内容で規制がかからず公演されれば奇跡かも"

Twitter / yanobekenji(ヤノベケンジ氏ツィート)

" 吉本本社の稽古場からやっと帰宅。爆笑の連続でしたが最後には涙。さすが人情喜劇の真骨頂。でもこの内容ではテレビ放送は無理なのです。原子力の問題をはっきり言い切っているのでね。最初で最後か。このスリリングな新喜劇を生で是非。14日15日、16日の3日間のみ。京都祇園花月にて。"

Twitter / yanobekenji(ヤノベケンジ氏ツィート)

"

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「吉本新喜劇×ヤノベ」セットの1幕はウルトラファクトリー出身絵師の岡村美紀さんが描き上げてます。本日ファクトリーから花月に運び出されました。彼女は瀬戸内芸術祭で小豆島の大壁画も手がけてます"

 事前にこうしたヤノベ氏のツィートを見ていたので、会場では定番の笑いに爆笑しながら、この後に続くディストピアな舞台への異化にワクワクしながら芝居を見守っていた。岡村美紀さんの描かれた舞台セットが鬼気迫るデッドテック感で、これはもしかしたらメルトダウンした原発が舞台になるのか! と動悸の高まりを抑さえられずにいたのだ。

※以下、ネタバレを含みます。三日目の公開がはじまる時間に本記事を公開しますが、再演の可能性もありますので、未見の方は、御注意下さい。

 舞台は、1970年ラーメン屋と花月旅館という、いつものセットから始まる。場所は太陽の塔が背景画に描かれた吹田。そこから時空を超えた「天満のトらやん」(原案)ならぬ「池乃トらやん」(上演された芝居での役名)のSF大冒険が始まる。
 ネタバレになるので詳しくは書けないが、転移した岡村美紀さんの絵の舞台は原子力発電所ではなかった。

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 過激でテレビ放映は難しいというツィートだったが、放映は問題ないレベルだと僕は思う(^^)。(もしこれで放映できないほどマスコミが企業体としての体面で規制を強めているなら日本はお終いかもしれないが、そこまでは行ってないでしょう。)

 差別用語もそうだけれど、放送の規制は自主的な抑圧による誘引が多いと思う。こうした表現の規制を自らしていくことが負のスパイラルを産み、自分たちの現実を息苦しいものにしていく様な気がする。
 表現者だけでなく一般の僕らも含めて皆が自主規制するような抑圧の空気を作り出すことは、今、避けなければ行けないことだと思う。(少し強い物言いになるけれど、ここでの意見はそういう観点です)

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 今回の物語は、例え太陽の塔の電力が万博開催と同日に発電をスタートした、日本初の敦賀原発から来ていたのを知っていたとしても、毒はそれほど強くないと思う。
 ましてやその事実を知らない一般の人々に、テレビ放映でこの芝居は、どれだけ原発事故を想起させるだろうか。

 もちろん、この物語でも福島と関係している雰囲気は感じるだろう。
 ただしここからは、原発問題の、あたかも既に収束した様な空気感を突破する力を強く感じることができない。むしろ先に述べた自主規制は、その空気感を補強することになってしまうと思う。

 世代間の希望の連鎖と、新エネルギ(ネオクリーンエネルギー)の負を断ち切って、最後に輝くあの岡本太郎の光を見せてくれたことは感動のラストではあったのだけれど。

 現代美術や演劇や、そうした芸術が持つ現実のどこかを突き崩していく様な力は、自主的にオブラートに包んでしまってボヤっとさせるのでなく、岡村美紀絵師の表現が持つ、あの舞台画の力のように、何らかの毒があってこそ実現できるものじゃないかと思う。

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 そこで一番残念だったのは、あのアトムスーツが実は放射能防護服ではなかったというところ。何と鉛のメタルを含んだ黄色の服もガイガーカウンタも全く活躍をすることのない、悪の組織がトらやんを操るための遠隔操縦服(強制具?)という設定。

 ここに「放射能」を持って来れなかったのは、自主規制なのか、アートファン以外の京都観光に来た一般客も入る週末の祇園花月を想定した吉本の配慮なのか、僕は知る由もない。

 ただ、これはアトムスーツファンと、そしてチェルノブイリの街であの黄色いスーツに日常生活を介入された(大げさですが...)住民の方々が知ったら、どんなにか残念だろう、と思わずにはいられない。アトムスーツはご自身で着ることを封印、表現の覚悟を問うた作品だったはずなので、別の設定の使い方で形状はあのままというのは、違和感が残る。
 こういう設定でいくのであれば、むしろ新しいヤノベ氏の「遠隔操縦服」アートを見せてもらいたかったのは僕だけだろうか。

 最後にあの希望の光が灯った後、ヤノベ氏と岡村美紀さんも舞台に上がり2時間半に及ぶ長大な吉本笑撃SF大作新喜劇はグランドフィナーレを迎える。

 「アンガー・フロム・ザ・ボトム」も背景画の中に登場した舞台を見終わって僕は笑いに大いに満足しつつもモヤモヤとした複雑な気持ちを胸に、ギリギリ最終の新幹線で名古屋まで、この感想の元となったメモを取りながら帰ってきた。(そういえば、何故、「サン・チャイルド」でなく「アンガー・フロム・ザ・ボトム」なのだろう?)

 このモヤモヤを、どこまでBlogに掲載するか、正直迷ったのだけれど、ここにこうした表現で書き留めておくことにする。いろいろと偉そうな表現をしてしまい、もしかしたら今回の舞台に覚悟してのぞまれた作家の想いに僕が気づけていないのかもしれないけれど、、、。
 アトムスーツの登場のさせ方について、皆さんのご感想もコメント欄で聞かせて頂ければ幸いです。ここまでの受け止め方は、やはり厳しすぎる見方なのでしょうか。アトムスーツファンとして、一晩考えてそれでも書いてみました。

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 僕は吉本では辻本座長のシュールが入った笑いのあの舞台が好みなのだけれど、もし今回の芝居が辻本で、そしてアトムスーツがネオクリーンエナジーの放つ毒を、内側に封じ込める防護服の役割を果たし、「天満のトらやん」を世界から隔離し、そして最後に何らかの形で解放する様な物語だったら、どんな観劇感をもっただろうと夢想しながらこの記事を閉じたいと思う。

 最後にこの舞台、当日何台ものビデオカメラで公式に記録されていた様なので、(邪推だけど)いずれ何らかの形で映像公開されるのでしょう。
 全部は長過ぎて無理だけれど、土曜日のお昼に、吉本枠で放映されること、期待しています(^^;)。

P.S. 会場の自販機のところでヤノベ氏のお父様を御見かけしました。今回の芝居、トらやんの生みの親でもあるお父様への最高のプレゼントかもしれませんね。関西圏での新喜劇で取り上げられることの位置づけの大きさは、名古屋からは計り知れません。

◆関連リンク

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吉本新喜劇特別公演|吉本新喜劇オフィシャルサイト
「吉本新喜劇×ヤノベケンジ」開演! - Togetterまとめ
 twitterの関連発言をまとめました。複数視点のレポートになっています。

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