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2016.02.15

■感想 筒井康隆『聖痕』

筒井 康隆『聖痕』(新潮文庫)

"五歳の葉月貴夫はその美貌ゆえ暴漢に襲われ、性器を切断された。性欲に支配される芸術に興味を持てなくなった彼は、若いころから美食を追い求めることになる。やがて自分が理想とするレストランを作るが、美女のスタッフが集まった店は「背徳の館」と化していく…。巨匠・筒井康隆が古今の日本語の贅を尽くして現代を描き未来を予言する、文明批評小説にして数奇極まる「聖人伝」。"

 遅まきながら2013年に刊行された筒井康隆『聖痕』読了。
 衝撃的な冒頭から引き込まれ、主人公とその家族の三十数年に渡る年代記をいっきに読み終えた。素晴らしく魅力的な小説である。

 思えば筒井の小説は、人の愚行をこれでもかとデフォルメして描くものと、『美藝公』のように静謐な魂が宿っている人物を描くものが両極端で存在している。
 本作は、『美藝公』を思い出すような清廉な主人公と、それをとりまく愚行含めて極めて人間臭い登場人物たちの物語である。特に主人公に代表される知的で冷静な人間の静謐な描写は筒井康隆の独壇場で、このここちいい生活描写は『美藝公』に勝るとも劣らない素晴らしい小説となっている。

 ある家族とその周囲の人々を描いただけなのだけれど、これは全体が人類のカリカチュアになっている。そして本書の最後に語られる一つの終焉の言葉。

 フロイト的な人類解釈をベースにしたこの物語のラストで語られるこの部分が、魅力的な物語全体と共鳴して、大きなパースペクティブを提示して終わる。

 主人公一族 葉月家の年代記として描かれるとともに、日本語の歴史を俯瞰するような、古語の描写が人類のある意味歴史を回想しているような筆致になっていて、物語は普通小説なのだけれど、極めて高度に人類と文明を俯瞰したものになっている。様々に混合される人称も、ある意味、神がいろんな人物にアクセスしてその内面を描くとともに、三人称描写をしているような雰囲気が漂う。

 あまり世間ではSFとみなされないのだろうけれど、この人類の俯瞰と滅亡の予感を描く部分が、本書をSFたらしめているところではないだろうか。まさに今なお進化する巨匠の最新の成果のひとつである。


◆以下、ネタバレ注意。
 ものすごく興味深く、グイグイと読書の快感を味わいながら読み終えたのだけれど、並行して違和感を持った部分もあるので、少しだけ蛇足。

 前述したように、この物語は、性器をなくした主人公が、リピドーを中心に組み上げられていると作者が記す"芸術"にも"文学"にも関心を持てず、失われなかった口唇期に端を持つ味覚にだけ強い興味を示す、という極めてフロイト的な物語である。

 リピドーを奪われた主人公は、ある意味、聖人的な人間として描写されている。これは今までにも『家族八景』『パプリカ』等、フロイトの援用で人間の本質を描いてきた作者らしいスタンスである。
 そしてP256で作中の文芸評論家 金杉によって語られる人類滅亡の予感と主人公 葉月貴夫による救済の希望。あくまでも人間の原罪をリピドーに追わせることで描かれた魅力的なラストなのだけれど、僕は感動しながらも少し違うのではと思ってしまった。

 リピドーが無くなれば、本当に人は救済されるのか。文学やその他芸術はリピドーからのみ生まれ出たものなのか。言語と意識の構造的な問題に、リピドー以上の罪があるんじゃないかと思う僕は、この物語を楽しむとともに、それだけでは救済されない、もうひとつの人類滅亡の物語をなんとなく感じてしまうのだ。
 というのは、また別の話だ(^^)。 

◆関連リンク
筒井康隆『聖痕』|書評/対談|新潮社

"大森 小説のために使えるものはなんでも使うと。すばらしい姿勢だと思 います。小説の結末近くに、ある登場人物が人類の未来について力強く語る部分があります。この「突拍子もない長広舌」は、作品全体のトーンとはやや異質に も見えますが、これは筒井さんご自身の考えをある程度、もしくはかなり大きく反映したものでしょうか。
筒井 これはぼく自身の未来予測です。人類の未来に関しては、倉本聰さんも同じご意見をお持ちのようですね。この考え 方は最近書いたライトノベルの『ビアンカ・オーバースタディ』のラスト近い部分にも書いています。この長広舌はふたつある鍵括弧のうちのひとつで、それによって特に「ここは作者の意見」という含みを持たせています。"

笑犬楼大通り 枕詞逆引辞典
 枕詞の辞典。
筒井康隆『聖痕』|新潮社 川上弘美氏の書評。

"なぜなのだろう。 本書の最終章を読んで、五十年前に発表された同じ作者の『睡魔のいる夏』という掌篇を、わたしはまざまざと思い出した。構成も、内容も、長さも、モチーフ も、まったく違う物語なのに。どちらも、こよなく美しく、冷厳で、かつ豊穣で、そうか筒井康隆は、最初から知っていたのだなと、わたしは思ったのだ。いっ たい何を、筒井康隆は知っていたのだろう。そのことを知るために、わたしたちは何度でも筒井康隆の小説を読むのである。"

書評:聖痕 [著]筒井康隆 - 水無田気流(詩人・社会学者) | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト 注意、リンク先はネタバレ有。

" 読後感が恐ろしい小説である。あらゆる暴力は予測されたような連鎖を生まず、ことごとく鎮静が訪れる。この明るいニヒリズムは、欲望の沸点が低下した現代 社会を象徴するかのようであり、甘美な安楽死への誘(いざな)いにも見える。時代に先んじて性/生への欲望の完全な不在を体現した貴夫は、両性具有ならぬ 無性の天使である。末尾に語られたように、私たちは滅びへと向かいつつあるのだろうか。だとすれば、貴夫は人類に遣わされた神の究極の鎮痛剤かもしれな い。"

・しのぶの演劇レビュー: KUDAN Project『美藝公(びげいこう)』03/16-21ザ・スズナリ
 へぇ〜、『美藝公』って名古屋の少年王者館によって演劇化されていたのですね。しらなかった。

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