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2016年9月

2016.09.26

■感想 デヴィッド・ブラザーズ, クリスピン・グローヴァー監督 スティーブン・C・スチュワート脚本主演『It is Fine! Everything is Fine.』


Crispin Glover Film "It's Fine" Trailer - YouTube

クリスピン・グローヴァーが金沢に帰ってくる!! カナザワ映画祭2016で「ビッグ・スライドショウ」を開催 - カナザワ映画祭主宰者のメモ帳

" 「クリスピン・グローヴァーのビッグ・スライドショウ」とは、 ハリウッド・メジャー大作で活躍する俳優クリスピン・グローヴァー。彼は、ライフワーク「ビッグ・スライドショウ」のため、自らフィルムを抱えて全米各地と欧州各国を興行。
 そして、2008年以来満を持して、今年ハリウッドから金沢まで帰って来る! ショウは、グローヴァー本人によるスライドショウに始まり、映画の上映、Q&Aと続き、サイン会で幕となる。
 これまで誰も見たことのないイメージの連続、片時も目が離せない! この機会を見逃すな!

9/24(土)
・ビッグ・スライドショウ
・『It Is Fine! Everything Is Fine.』上映
・Q&A ・サイン会"

 クリスピン・グローヴァー監督の It トリロジー第2作である本作を、カナザワ映画祭2016で観た。今回、日本での上映は8年ぶりの2度目。前回、見逃して物凄く残念な思いをしたので、今回は是が非でも、と金沢で初めての映画祭参加となりました。

 まずは参加した1日目に観た『It Is Fine! Everything Is Fine.』について。
 そして次回の記事で、参加2日目 金沢映画祭10年の歴史の幕引き作品になった It トリロジー第1作『What is It?』について感想を書きます。
 最後に、両作品上映後に実施され、1.5時間と2時間たっぷりと語られたQ&A(というかほとんどがクリスピン・グローヴァーの想いがたっぷりと詰まったトークショー)について、膨大なメモを取ったので、その内容についても別に記事として御紹介予定。

 このトークショーについては、映画の成り立ちとそのテーマがこれでもかというくらいに語られて、今回、最初に書く感想はできるだけ自分の鑑賞後の受け取り方を中心に書くつもりですが、トークの内容に影響されていることを予めお断りしておきます。

 今回この二度目の貴重な機会に参加できなかった方に、記事からこの奇想映像と語りを少しでも体感頂ければ幸いです(メモの整理に時間がかかるため来週以降の公開となります)。

◆感想 『It is Fine! Everything is Fine.』

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 噂のカルト映画初見。
 評判通り、確かに今までどこにもない奇矯なドキュメントのような映像記録であり、そしてフィクションでもある唯一無二(少なくとも僕は知らない)の映画。

 まず円形の鏡(カーブミラー)に映し出されたスティーブン・スチュアートの姿。カメラが引いていくと、鏡全体とその下に老婆の顔。手前に車椅子が倒れて顔を床に付けたスティープンの姿。
 ここのカットが、実相寺ばりのショットで、その後もトリッキーな画面レイアウトで見せる冒頭になっている。

 後の記事に感想を書くIt トリロジー第一作 クリスピー単独監督でクレジットされている "What is it?" には、こうしたショットはないので、この作品からスタッフとなった(撮影?)人の趣味か、もしくはクリスピンが実相寺を観たかのどちらかだろう(ここはジョークですw)。以上、予告篇にも一部入っているが、映像のルックとしてはこうしたトリッキーなシーンもあるものの全体のテイストは、それほど奇異な映像表現があるわけではない。

 では今までどこにもないというのは何処か。
 それは、脚本主演を務めたスティーブン・スチュワートという身体麻痺のハンディキャプを持った人物が、自らの死の一ヶ月前(正確にはトークショーで語られたが彼はクリスピンの映画の完成に自身の撮り逃しのシーンがないか、クリスピンに確認し、完成できると聞いた後、生命維持装置を止める様に入院していた病院関係者に言って撮影の一ヶ月後になくなったという。もし追加撮影が必要であるなら彼はその責任感から意地でも生き続けたであろう)、まさに命を削るようにして演じたポール・ベーカーという自身を模した人物の思考と行動である。

 思考と書いたが、彼の言葉は麻痺のせいでほとんど観客に聞き取れず意味不明。字幕は彼の言葉は全て(意味がわかる極少ない言葉も含めて)「×××」と表示される。なので実は思考は本当のところ不明で、その行動と彼の言葉をわかっているかもしれない、他の登場人物の反応を見ることからしかそれを推定することはできない。

 もしかしたら彼の思考は他の登場人物にもわかっていなかったのではないか、という解釈すら映画からは感じられる。それぞれ彼と言葉を交わす女たちは、自身のほしい答えを勝手にポールの言葉から受け止めているだけである可能性がある。そうして彼に気持ちを預けて行くわけであるが、時々挿入される彼の頭の中の妄想は、彼女らがハンディキャップの彼に持つ素朴な善意とは全く無関係の性的な妄想である。

 そして彼との性的な関係を結び、そのさなかに彼の麻痺した腕で絞め殺されていく女たち。実はこの映画、連続殺人鬼を描くミステリータッチの物語を持っていたのだ。

 そして映画の中で、スティーブンはポールとして演技であるとともに、自身としてもたぶんセックスをしている(映画はノーカットで彼の局部を写してその実態を映し出している)。
 これが初めてだったかどうかはともかく、彼はこのフィクションで明らかに自分の積み上げてきた妄想を実現しているのだ。ここが映画に異様さとして、ドキュメンタリーがドラマに深みを与えている部分である。

 映画の使用している音楽はクラシックとどこかで聴いたことのあるポピュラーミュージックを使っていて、使い方を含めて、正直斬新ではなくTVドラマ的。
 そこはトークショーで語られた様に、養老院で精神的に幽閉されたスティーブンがTVで観ていたミステリードラマをなぞっているのがもしれない。

 異様なスティーブンの妄想がフィクションと、他の俳優たちとの現実の行為による彼のリアルとしての体験によって、他のどこにもない奇矯な映像がスクリーンに現出し、観客に異様な迫力をもたらす。

 後日アップするトークショウでクリスピーからその映画としてのテーマが語られるのであるが、それはまた別の話。映画そのものの迫力とは、もしかしたら別かもしれない監督の狙ったもの。もし後日の記事も含めて、その狙いの実現とギャップの両方を体感頂ければいいのですが、、、。 

◆関連リンク
It Is Fine! Everything Is Fine. (2007) - IMDb

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2016.09.21

■情報 芸術暗黙知の言語化 「森山威男 スイングの核心ー1970年代日本におけるフリージャズの創造」

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森山威男 スイングの核心ー1970年代日本におけるフリージャズの創造 | 先端芸術表現科|Intermedia Art

" 70年代のジャズシーン、日本に出現した特異なフリースタイルとは、いかなる身体性をそなえていたのか。
 山下洋輔トリオのドラマー・森山威男本人が、若き日の実験を語り、実際の演奏でフリージャズの核心を伝える実践的講義を行います。"

KAKEN — 森山威男のフリースタイル奏法のデジタルアーカイブ作成および対話を通じた分析と考察

"ジャズドラマー 森山威男氏が「山下洋輔トリオ」在籍時に編みだし、世界的な評価を得たフリースタイルの演奏技術は、現在は継承する者もなく、当人の身体に暗黙知として埋め込まれたままとなっている。"
" 森山氏単独の演奏と分析を撮影することまでが初年次の課題だったが、それは夏に終了し、その後に予定外の山下氏・坂田氏とのデュオを収録することができ た。今回の研究目的を超えることではあるが、デュオ映像を収録したことだけでも大きな研究成果であり、音楽界にとっても貴重な貢献ができたと考える。"

 毎年参加している「森山威男ジャズナイト」で告知されていた興味深い講演。
 音楽の分野では、芸術の暗黙知の言語化がこのように進められているのですね。この講義、聴きたいです。

 凄まじい勢いで自由に奏でられる森山ドラム。その秘密が解き明かされようとしています。山下トリオの映像記録から何がわかってくるか、今後の研究もとても楽しみです。

 音楽だけでなく映像の分野でもこうした暗黙知の言語化という研究は今後ますます重要になるように思います。
 例えば、アニメーターの暗黙知もこうした研究が望まれます。
 もし金田伊功氏の在命中に詳細なインタビューとあのアニメートの技が暗黙知から言語化され解析されていたらと残念でなりません。言語化されていたら、天才の仕事は何らか次代に引き継がれ、その作画芸術の遺伝子は、引き継がれていたのではないか。金田モドキという作画は世に多いですが、その本質から離れている形式的な模倣のように観えます。あの作画の本質を正当に引き継いだアニメートをどこかでみたいと思うのは僕だけでしょうか。

 また監督としてでなく、あの独特のリズムを持った動画作画家としての宮崎駿氏のアニメートについても、いろいろ制作中の映像は残ってますが、今のうちにNHK Eテレの漫勉のような、その描き方を映像と本人のインタビューから紐解くようなアプローチが望まれます。

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2016.09.18

■邪推 『シン・ゴジラ』は、由比ガ浜 から 東京電力 福島第一原子力発電所を目指していた

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由比ガ浜海水浴場 から 東京電力(株) 福島第一原子力発電所 - Google マップ

 シン・ゴジラの進行ルートについて、何故「東京駅/皇居」を目指すのか、というのをつらつら考えているのですが、ふと思いついて、東京電力 福島原発を目指していた経路の途中にたまたま「東京駅/皇居」が存在した、という可能性を検証してみました。

 上陸地点と言われている由比ヶ浜から原発を目指してひたすら進むとその直線上に東京駅/皇居があるのではないか、と。
 結果はピッタリ直線でないものの、ほぼ直線上であることがわかりました(赤線はGoogleマップに追記)。
 またGoogleの徒歩経路検索では、福島原発を目指してほぼ東京駅を通過する(下図 拡大地図の連続した青丸を参照)経路を、ゴジラに指し示していますw。

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 牧悟郎元教授の「修羅」が、彼の妻の悲劇に由来するとして、それが福島原発事故に関係するものだったと仮定。
 牧悟郎は、放射能を感知してそちらに向かうようなこの生物の習性を利用して、シン・ゴジラを福島原発へ向けて東京湾で解き放った。東京湾で開放すれば、巨大不明生物は原発事故現場へ直進するコースを選び、東京都心部を破壊した上でそこへ向かうことになる。

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 ゴジラが明確な目的地を持つ、というのはあまりに人工物的で違和感があり、不気味な生物がその習性でただ無目的に進行する、その生物の習性を利用して牧元教授が復讐を図った、という設定の方が相応しいように考えられるので、この仮説もありえるのではないかと(^^;)。

 この映画の時代、原発の放射能がゴジラの感知機能に引かかるほどのレベルか、という問題はありますが、、、そうした想像も可能性はありますね。、、、となると続篇は解凍したシン・ゴジラ第五形態が原発を目指すことになるのか、、、??

◆関連リンク
ゴジラは庵野自身であり、現天皇でもある:日経ビジネスオンライン

"ゴジラとは一体?
 色んなものでありうる。日本人の「無意識の器」みたいな存在だといってよい。

『シン・ゴジラ』には、ほぼ悲惨な姿の死体、負傷者が出てきません。1度だけ瓦礫の下に埋もれた犠牲者が見えたという話がありますが、それも、血は流れ ず、身体の一部が見えるだけのようです。これは災害時の日本のテレビ・新聞報道を正確になぞった表現ですね。明らかに意図的な演出でしょう。ではこれはな ぜか。死者たちと負傷者たちはどこにいったのか。日本の主要メディア・エンターテインメント界の表現は、いまや自主規制の極致にあり、見えない文化的コー ドの制圧下にある。

 死体はいっさい出てこない。血もどこにも流れない。汚濁、見たくないものは全部、視界から隠され、抑圧されている。その抑圧されたものが全部、ゴジラに集約されている。そしてそのゴジラが、すべての画面に現れないものの体現者として、大量の血を流し、苦しみながら歩む。"

 この加藤典洋氏の分析は興味深いです。
 無意識の器として、ゴジラは日本人にとっての「天皇」でもあると解釈されています。ゴジラが何故「東京駅/皇居」を目指したか? 何故なら彼は「天皇」だから、、、と典洋氏は直接書かれてはいませんが、この説から読み解くこともできます。
 いろいろシン・ゴジラ論を読んでいますが、「東京駅/皇居」を目指した理由について書かれた最も鋭い評論だと思いました。

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2016.09.12

◼︎感想 ヤノベケンジ個展 「CINEMATIZE シネマタイズ」図録DVD @高松市美術館

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 先週観てきた「ヤノベケンジ シネマタイズ展」の図録について、紹介する。上の写真がそのパッケージ。この中に4枚のDVDと10ページのリーフレットが付いている。

 今回の図録のメインはDVDディスク4枚。企画展のコンセプトである作品の映画的な物語性、というところに合うような、動画化されたヤノベ作品の記録である。まさに図録自体が、「シネマタイズ」されたものとなっている。
 各4枚のディスクについて、以下、簡単な紹介と感想です。まず全体のコンテンツは以下の画像を参照。

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 ディスクには、「CINEMATIZE」の文字とチェルノブイリへ入ったアトムスーツの画像。各ディスクの内容は、以下ディスクごとに、そのメニュー画面でコンテンツを紹介する。

◆Disc.1

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 これが今回の展示を紹介するメインディスク。会場でも流されていた「映画 "BOLT" 予告映像」「"CINEMATIZE" 予告映像」、そして「CINEMATIZE メイキング映像」のロング版。合わせてそのメイキング映像にも含まれている「林海象インタビュー」と「永瀬正敏インタビュー」。そして最後に福島ビエンナーレについて「渡邊晃一インタビュー」。

 「CINEMATIZE」に込められたもの、「BOLT」でのヤノベと林海象のコラボレーションの詳細がとても興味深くドキュメントとして述べられている。
 ヤノベファン、林海象ファンはもちろん、アートと映画のコラボレーションについて興味のある向きには必見。

◆Disc.2

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 こちらの冒頭は、まず「シネマタイズ」についてのヤノベ氏の説明。ここではヤノベが「大阪万博会場の未来の廃墟」で受けた子供時代の影響から、初期の作品、そしてサヴァイバル、リヴァイバル、トらやん、そして311後の作品へと繋がっていく。
 そして「"シネマタイズ"ガイドツアー」ヤノベ氏本人による会場各作品の詳細解説。これは高知が遠く来訪できなかったファンには、展示会の全貌がわかる擬似ツアーとなっていて、たいへん貴重。のちに詳細を述べるように本DVD図録は、高知市美術館のショップ通販でも購入できるとのことなので、ファンは是非お申し込みを。

 僕が興味深かったのは、Disc.1,2で述べられているヤノベケンジの福島でのプロジェクトについて。よく知らなかったのだけれど、福島の地元企業(酒造)と太陽電池ファーム(会津電力と飯館電力)にオブジェクトを制作する企画とのこと。
 「シネマタイズ展」でも展示されていた「風神の塔 : IITATE Monster Tower」は、飯館電力に建てる予定のモニュメントとして企画されたものの、1/2像とのこと。"IITATE"と銘打たれていた理由がここでわかった。

 このプロジェクトが実現したら、僕も福島現地へ是非行ってみたいものだ。

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 Disk.2の後半は、過去作の動画。ここはデビュー作「タンキングマシン」にはじまる最初期作品の展示紹介動画。初期作は、現在、ヤノベケンジ作品の動画を撮影編集されている青木兼治氏と別の、石橋義正氏による映像(「TANKING MACHINE」「妄想砦のヤノベケンジ」)。
 現在の落ち着いた雰囲気とは別の血気盛んな若々しい(かなりやんちゃな)ヤノベ氏作品の雰囲気が興味深い。

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◆Disc.3

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  「アトムスーツ」プロジェクトから、「ウルトラ - 黒い太陽 -」、「ザ・スターアンガー」、そして あいちトリエンナーレ「太陽の結婚式」「パンテオン - 神々の饗宴 - 」まで。近作の記録映像である。
 僕は2004年からこの究極映像研でこのあたりの作品について、追いかけているので、それぞれにとても懐かしい想いも湧き、当時のことを思い出しつつ拝見した。

◆Disc.4

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 こちらは過去作から近作まで幅広い時代作品をまとめて観られる、ある程度長めの動画。ヤノベケンジ作品の全体像をつかむには、優れた映像記録になっている。
 特にやはりメイキング映像がとても興味深い。ここらあたり、特に京都造形芸術大ウルトラ・ファクトリーの学生さんたちの活躍が見られて、近作がウルトラ・ファクトリーなしには成立しない関係性が制作プロセスを見ることでとてもよく理解できる。

図録の通信販売 | ショップ | 高松市美術館公式サイト

"高松市美術館では、開催された展覧会図録及び収蔵品図録のうち、在庫があるものについて通信販売を行っております。

「ヤノベケンジ シネマタイズ」   

発行年:2016年7月
重量:206g 価格:1,980円 送料:¥215"

 こちらのサイトで、通信販売が開始されています。
 興味を持たれた方は、詳しくはリンク先のショップページをご覧になって、ご購入を検討ください。値段も手頃で、とても充実した映像記録なので、お薦めです。

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2016.09.05

■感想 ヤノベケンジ個展「CINEMATIZE シネマタイズ」 @高松市美術館


BOLT Teaser - YouTube

ヤノベケンジ個展「CINEMATIZE シネマタイズ」 高松市美術館 | 京都造形芸術大学ULTRA FACTORY

"ヤノベケンジ展 「CINEMATIZEシネマタイズ」
2016 年7 月16 日(土) ~ 9 月4 日(日) [会期中無休]
高松市美術館公式サイト
「シネマタイズ」とは、ヤノベがストーリー性とキャラクター性のある虚構的作品を様々な場所に設置するととで、空間や現実自体が映画のように変容する効果を意味しています。 初期から最新プロジェクトまでの実作の展示 に加え、資料展示やドキュメンタリー映像の上映を通して、ヤノベ作品によって「シネマタイズ」された様々な空間や現実の歴史を追います。さらに、展示室全体を映画セットにするインスタレーションが行われ、実際の公開映画のための撮影も予定されて います。まさに、美術館自体が「シネマタイズ」される画期的展覧会です。"

映画『BOLT』公開撮影を行います!

"高松市美術館特別展「ヤノベケンジ シネマタイズ」(9月4日まで)において、映画『BOLT』の公開撮影を以下の通り実施します。

2016年8月29日(月)~9月4日(日)9:30~19:00(日曜~17:00)※入室は閉館30分前まで

【 撮影の観覧方法 】
・企画展示室(2つ目の展示室)にお進みいただき、観覧スペースから撮影風景をご覧いただきます。"

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 会期最後の週末9/3(土)に、高松市美術館のヤノベケンジ『シネマタイズ』展を、観て来た。ヤノベ作品の歴代広範囲の展示と、世界初と言われる美術館での展示作品をセットとして利用した映画撮影とその撮影風景そのものを展示物としてしまうというインスタレーション。

 今回の展示作品は、今までのヤノベ個展等でほぼ全て観ていたので、僕の関心は作品が作る今回の美術館の空間と、映画撮影である。まず展示レイアウトは以下の通り(拡大して配置図と作品リストを御覧下さい)。
(★今回の中心テーマは「映画撮影」ですが、それについては後半で述べます。)

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◆歴代作品の展示 と 未来
 まず展示空間としては、美術館の広いエントランスホールを入ると、フローラとサン・チャイルドNo.2の巨大な姿。ホテルのような開放的なホールの近代的な建築とマッチして、華やかな未来的な空間を作っている。

 そして2Fへ上がって、時代ごとテーマごとにヤノベ作品の時代ごとの全貌を紹介している。時期ごとに初期から以下の順に展示されている。各時期の代表作が展示されていて、ヤノベ作品がどう推移しているのか、コンパクトに全貌が分かる。

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「1.誕生 Rebirth」
「2.サヴァイヴァル Survival」
「3.アトム・スーツ Atom Suits」
「4."未来の廃墟"への時間旅行 Time Travel to "The Ruins of the Future」
「5.未来の太陽 The Future Sun」
「6.リヴァイヴァル もう一つの太陽 Revival : The Another Sun」
「7.トらやんの大冒険 ヤノベケンジの代弁者 The Great Adventure of Trayan : The Agent of Kenji Yanobe」
「8.シネマタイズ CINEMATIZE」
「9.風神の塔 IITATE Monster Tower」。


 僕が今回の展示で、初めて観た作品は
「5.未来の太陽 The Future Sun」のコーナーにあった「太陽の島」(模型と構想図 右写真)。
 以前あいちトリエンナーレで「太陽の神殿 サン・チャイルド島」という神殿を模したアート展示場兼結婚式場というプロジェクトは、その模型と合わせて壮大な企画を見たことがあったけれど、今回はそれを超える壮大なもの。

 島全体がリゾートで、巨大なアリーナと宿泊施設、そしてアートギャラリーが一体となり、亀の島を形成している。

 ヤノベケンジによるプロジェクトは、どんどんと妄想を増し、ついに会場に浮遊する島。「太陽の神殿」という建築を超え、巨大な都市の創造へと向かっているようだ。
 次は宇宙を飛ぶ人工宇宙都市へと妄想の力を広げていくのかもしれない。(という僕の妄想(^^;))


◆インスタレーション 映画撮影

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 特に林海象監督による映画撮影は、アトムスーツが福島原発事故の現場へ投入された虚構を、美術展の中で観客にも疑似体験させるという画期的な試みだったかと思う。


 実は最初、会場で撮影の準備を見ながら、撮影の待ち時間にいろいろと考えていたのは、以下のようなことであった。

 美の展示場に、映画の現場というバックヤードが現れて、会場を土方な現場に変貌させてしまう違和感がまずあった。
 
ハンドジャッキやディレクターズチェアやトンカチや電源コードやガムテープが存在する雑然とした美術展空間にまず違和感を持つ。

 違和感を異化作用として、作品のように変貌させる手がないかどうか。美術展での映画撮影という前代未聞のイベントはそうした課題を残したのかもしれない、なーんてことを思っていた。

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 しかし、撮影が始まり展示場の照明が消され、映画の照明が原発の高濃度放射能汚染水のタンクに模した「黒い太陽」と永瀬正敏の黄色いアトムスーツ姿に照射された時、会場は一瞬にして虚構の原発事故現場に変貌したような(錯覚かもしれないが)感想を持った。

 監督が観客に説明されたのは、このシーンは、映画「BOLT」のクライマックスで永瀬正敏と金山一彦が、原発事故(展示されていた企画書には2011.3/11と明確に書いてあったが説明ではある原発と言われていた)で臨界を超えて
紫のチェレンコフ光を放つ空間に、アトムスーツで決死の作業に向かうシーンだという。

 暗くなって雑多な準備品が見えなくなり、まるで映画フィルムが現場のカメラのカットでのみ切り取る映画空間に近いものが照明の効果によって展示会場に現れたのかもしれない。


 そしてその時に僕が思ったのは、以下のような感想である。
 チェルノブイリにアトムスーツで潜入し、事故を作品として芸術に取り込むことに、
そこに住む住人と会ったことで罪悪感を感じたヤノベが、今回、初めて展示の形として、アトムスーツを福島原発事故の現場に投入したのはとても画期的ではないか、ということ。

 福島でもいろいろな活動をするヤノベケンジであるが、チェルノブイリの時のように、安易にアトムスーツで原発事故現場周辺に行くようなことはしていない。それはそこに住む/住んでいた住人の人々の感情を慮ってのことではないだろうか。

 それが今回、アトムスーツがチェルノブイリに続いて、原発事故の現場に立つ。
 虚構の映画空間を利用することで、ひとつ芸術としての昇華を達成し、禁断としていた原発事故に直接切り込むような表現が可能となったのではないだろうか。

 そこらあたりの作家の感情的な変化については、どこかで是非伺ってみたいものである。ただ、映画という虚構とヤノベの「妄想」の掛け算ではじめて実現した画期的な出来事であるように、その映画撮影風景を観たときに僕には思えた。

 そして撮影現場では、その「黒い太陽」に対峙するように、観客側には「風神の塔:IITATE MONSTER TOWER」がその巨大な姿を現している。
 福島に伝わる伝承(
オンボノヤス,大多鬼丸)に見立てた「風神の塔:IITATE MONSTER TOWER」は、風を「黒い太陽」に送り、150人程の観客を放射能から守る形になっていたのではないか。

 原発事故で戦うアトムスーツ姿の男たちの虚構のシーンを、見守る観客を守る風神の名は、飯館村から取られた「イイダテ・モンスター・タワー」。ヤノベが原発事故によって感じてきたいろいろな事象がこの展覧会会場に込められていたのではないかと思う。



 今回の展示と撮影は、京都造形芸術大と東北芸術工科大の大学生がボランティアスタッフで大いに活躍されたとか。彼らは近所の神社に合宿して撮影に参加したとのこと。暑い夏に本当にご苦労様でした。末筆ではありますが、素晴らしい作品をありがとうございます。

 予定されている2017年の映画公開、楽しみにしています。またその映画と美術作品とを展示した新たなる「シネマタイズ」展も期待しています。


◆その他 メモランダム

・SF番組からスタートしたヤノベのものづくり(仮面ライダーのコスチュームとかガメラを学生時代に作っていたとか)が、ここで映画と融合する必然w。
 
・美術館の天井に合わせて無理矢理円錐部を切り取られた黒い太陽が痛ましい。もう少しあの会場の天井が高かったら、もっとあの空間の異質さは増していたのではないかと残念。

実は出演者としてクレジットされていた、(林監督作品「濱マイクシリーズ」の脚本を担当した)天願大介の作品に最近良く出ている月船さららを会場で観ることを楽しみにしていたのだけれど、残念ながら既に撮影シーンは終了していた様で、姿はもう会場で上映されていた8/29,30の撮影風景のビデオのみ。

 それはタンキングマシーンに洋服で入るシーンで、物語の中で、どういう位置付けのシーンになるか、想像力を刺激する。

・林海象監督はデレクターズチェアに座り、スタッフが準備する間、じっと何かを考えていた。あの探検隊の帽子はトレードマークなのかな。短パンと白いハイリックスに帽子が妙にマッチしている。
・撮影会場は永瀬正敏と金山一彦といった俳優ファンの女性たちが多数いらっしゃったようです。僕のようなおじさんは少なく少し浮いた感を持ったのだけれど、会場で少しだけ山形浩生氏に似た方を見かけたのは気のせいか。たぶん違うだろうけれど、以前からヤノベ作品を評価している山形氏がもしあの撮影インスタレーションを見られていたらぜひ感想を聞いてみたいものです。

・金山氏のあいさつが面白かった。会場の
3歳児とやりとりしながら「今からピカチュウみたいな服を着て現れるよ」。アトムスーツは確かに黄色くて似ている(^^)。
禍々しい黒い太陽が安全をアピールすべき原発で、冷却水タンクの意匠として採用されることはありえないだろう。但し、原発の禍々しさを心象風景として表現する抽象かの結果としてはありえたかもしれない。

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