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2016年10月

2016.10.31

■レポート 「大都市に迫る 空想脅威展」

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大都市に迫る 空想脅威展

"2016年9月24日(土)〜2016年11月13日(日)
東京シティビューラウンジ@六本木ヒルズ
戦後、日本独自の文化として盛り上がってきた特撮作品。作品内では、空想上の怪獣や怪人たちが幾度となく都市を襲ってきました。映画やドラマで人々の平和を脅かした空想上の怪獣や怪人たち(=空想脅威)と都市との関係を、撮影で使用されたセットや模型とともに振り返ります。通常一般非公開の森ビル株式会社の縮尺1/1000の都市模型が登場し、怪獣が壊してきた首都・東京のスポットを模型とともにご覧いただくことが出来ます。"

 東京へダリ展と合せて、「大都市に迫る 空想脅威展」を観てきました。写真を中心にレポートします。

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 ヒルズ前、パリ出身のアメリカの彫刻家ルイーズ・ブルジョアによる彫刻「ママン」が「空想脅威展」にぴったりで雰囲気を高める。

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 初めて登ったヒルズ52階シティビューラウンジから見下ろした光景と展示のファーストパネル。この東京全体を見下ろせる場所で観る東京が空想上で進撃された脅威の記録。なかなか素晴らしい立地である。

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 まず入り口で迎えてくれるのは、『ガメラ 大怪獣空中決戦』の東京タワー上のギャオス。高さ2mほどの精巧なタワーの模型とギャオスの鉄骨で作られた巣がリアル。

Img_5651side 森ビルの都市模型。
 『巨神兵東京に現わる』にも登場した精巧な都市模型の実物を観られて、なかなかの感動。

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 東京が襲われた歴史を紹介するパネルと都市のミニチュア。
 この都市部分は、3Dハンディカムで撮影し、ミニチュアの立体造形を家に持ち帰りました(^^;)。

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 そして登場するガメラの彫像。
 ゴジラというよりは、昭和ガメラで育った僕には、左の素朴なガメラも素晴らしく特撮のクオリァを想起されます。リアルな平成ガメラは細部まで気迫がこもり迫真の迫力でした。

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 展示されていた樋口真嗣特技監督の平成ガメラ内部図解スケッチが興味深い。

" 「アトランティス人の作った生体融合炉」「炉心容器として甲羅を持った巨大爬虫類の化石を使ったらしいぞ」「全身を循環する冷却液は"緑色の液体"だ‼︎」「制御棒(石板)」「プラズマチェンバー エネルギーを圧縮する」。"

 まるでシン・ゴジラの兄弟だ!(^^)

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 次のコーナーは、永井豪『デビルマン』。
 ここは漫画映像と都市の競演。できればデーモン一族を造形で見せて欲しかったと言ったら、欲張りすぎだろうか。

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 こちらも圧巻の森ビル都市模型。ミニチュア東京を襲うガメラも豊洲市場はお気に召さない様子。

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 そして最終展示コーナーはこちらのレギオンとイリス。実際に撮影に使われた着ぐるみらしい。記憶していたより鋭角的なデザインだったんですね。イリスは電飾もあり、生物というよりメカ的なイメージが強い感じ。

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 展示会場から外へ出たところで、特撮図書ライブラリーと軽食コーナー。

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 図書とフィギュアがなかなか充実していて、こちらも楽しめます。
 そして昼ごはん食べてなかったので、お約束のガメラバーガー、何故かチキンのバーガーでした。亀の味はチキン?(^^)

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 そしてこの軽食コーナーから観た国立新美術館の端正な景勝。
 次はここで開催されているダリ展へ向かいます(来週の更新になりそうです)。

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2016.10.19

■感想 岩井俊二監督『リップヴァンウィンクルの花嫁』: Bride wedding scores for rip van winkle


映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』予告編2 - YouTube

"岩井俊二監督最新作 「リップヴァンウィンクルの花嫁」
http://rvw-bride.com/
監督・脚本 岩井俊二
出演 黒木華 綾野剛 Cocco 他
制作プロダクション ロックウェルアイズ

 岩井俊二監督『リップヴァンウィンクルの花嫁』DVD初見。
 「リップヴァンウィンクル」を冠したタイトルは、この映画の前半の虚ろなフィクションに彩られた人々の物語と、生命という現実に直面したある登場人物がクライマックスで望んで観た最大限の"夢"、そしてそれに触れて少しだけ現実に帰ってきた主人公の、まさに夢の物語を表している。

 前半のネット描写と結婚式で虚ろに描かれる虚構の描写が鋭く現在を描いている。ほやっ〜と夢見るように揺蕩う黒木華がそんな虚構の中で、綾野剛演じる何でも屋の男"ランバラル"の友人こと安室行舛(あむろ ゆきますw)が誘う悲劇に落ち、雨の中を歩くシーンが素晴らしい。このまま観客はどこまで連れられていってしまうのか、どん底の不安に包まれる前半。

 後半、謎の女優 里中真白が現れ現実が一転、二人がピアノバーで森田童子「ぼくたちの失敗」と荒井由実「何もなかったように」を歌うシーンの暗闇の中の鈍い輝きは鮮烈。

 クライマックスの夢と現実、リリィが演じた母親と綾野剛が取る行動。悲劇映画の中のこれだけ奇異な喜劇の超現実的な光景も他にはないだろう。
 そんなシーンで描かれた本映画の着地点。これはどんな他の映画も描けていない現実のちょっとだけの希望を観客に見せてくれた。岩井監督がずっと描き続ける現在の姿から、まだ当分我々は眼を離せません。


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2016.10.17

■感想 『この世界に生きている – 加藤泉 × 陳飛 : LIVING IN FIGURES IZUMI KATO × CHEN FEI』展

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この世界に生きている – 加藤泉 × 陳飛

"2016.9/18-12/18 @富山県入善町 発電所美術館

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加藤泉は、独自のプリミティブな形象をもつ「人」をモチーフに、油彩画と、木やソフトビニールを素材とした彫刻を制作しています。加藤の手から生み出される、胎児や民俗彫刻を思わせる「人」は、時に植物や地と交わり、根源的な生命感を放ちます。平面と立体を行き来する中で表現が磨かれ、迫力やユーモア、愛らしさなどさまざまな表情を見せる存在となっています。

日本で初の発表となる陳飛は、大学で映画を学んだ経験をもとに、物語的な情景や意味ありげなシーンなどを絵画で活写。人間の業を見つめ、時にユーモアも交えて表現しています。それはあたかも一人で創作できる映画のよう。一人っ子政策後に生まれ、欧米や日本の資本主義社会や文化の影響を受け、自国との間で問題意識を抱えながら新しい表現を模索する「ポスト1980年代」の作家です。改革開放後の急激な近代化の中で生まれ育ってきた世代の葛藤を、重層的に描写しています。

本展で、加藤は新作の絵画と3メートルを超える大型彫刻などおおよそ12点、陳飛は大作の新作絵画と彫刻1点を含む約12点の作品を展示します。"

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 カナザワ映画祭の前に、お隣の富山県に立ち寄り、これも念願だった富山の発電所美術館に行きました。

 もちろん御目当ては、加藤泉さんの木造彫刻と絵画。あの土俗的な雰囲気に痺れているBPですので、カナザワ映画祭の時期に、ちょうどこの展覧会開催を見つけた時は、とても嬉しかったので勇んで行きました。

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 発電所の遺跡に佇む加藤泉さんの彫刻、まさに異世界がそこに現れた様な空間が素晴らしい。上の写真は、まさに発電所の発電機と操作パネルの前に展示された木製の彫像とソフトビニール製フィギュア。
 操作パネルのアナログなメカ感とプリミティブな造形の奇妙なコラボレーション。

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 日本の特撮は、その生まれに数々の美術家が参加され、キュヴィズムやシュルレアリスムとの親和性が高いのだけれど、それを刷り込まれている我々世代には、このアートと発電所のメカ感の融合は素晴らしく興奮させるヴィジュアルになっています。

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 富山の融雪の水を讃える山々から流れ着いた水流による発電。その跡地が広い空間の展示スペースになっているこの独特の美術館空間で観る加藤泉作品の魅力は格別です。上の写真の穴は上流から水を通していた穴を効果的に使った展示ビュー。穴の中へ入って眺めた情景も素晴らしいものがあります。

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 そしてコラボ展となっている中国人アーティスト 陳飛の作品。これも発電所の水流のパイプの中を使った展示で右の女性フィギュアを置くなど、空間を利用した展示も魅力的です。

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 陳飛さんは大学で映画を学んでいたとのことで、絵画作品には各種の映画を思わせるビジュアルに親近感を持ちます。
 右の女性の腕には、「FIRE WALK WITH ME」とリンチファン、ツイン・ピークスファンを喜ばせる刺青が。

 富山県入善町の発電所美術館、他に類を見ない独特の展示空間で美術館好きとしてはその展示室だけでなく、建築を見るのも楽しく見所の多い施設です。

 ひとつ残念なことに駅から遠く、バス等の公共交通機関がなく徒歩(1時間以上かかりそう)か、タクシー(15分くらい)で行くしかないため、注意が必要です。自家用車もしくはレンタカー,レンタサイクルをオススメします。

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2016.10.12

■感想 イリヤ・ナイシュラー監督 『ハードコア・ヘンリー : Hard core henry』日本プレミアム爆音上映@カナザワ映画祭


First Look at 'HARDCORE' - The World's First Action P.O.V. Film - YouTube
完全にFPSな映画『Hardcore Henry』、4月8日米国公開 | EAA!! - FPS News.

"舞台はモスクワ、主人公のヘンリーは死から蘇ったサイボーグだ。ヘンリーは、彼の妻であり創造主でもあるエステールを、テレキネシスを操る暴君“アカン”と彼が雇った傭兵達の魔の手から救わなければいけない。唯一の頼みの綱となる相棒ジミーと共に壮絶な1日を乗り越え、ヘンリーは妻を救うことが出来るのだろうか。"

 FPS : First Person Shooting , POV : Point of View Shotと言われる一人称視点カメラで映画全篇を描いたロシア映画 イリヤ・ナイシュラー監督の 『ハードコア・ヘンリー』をカナザワ映画祭での日本プレミアム爆音上映で観てきた。

 会場に少し遅れて入ったので、一番前、しかも右スピーカの前という爆裂な環境。
 映画はとにかくシャープなアクションでガンガン進む。正にキレキレの映像とはこのこと。凄い勢いで、状況に巻き込まれて、アレヨアレヨと巻き込まれ、主人公同様に観客もヨレヨレになる。

 とにかく爆音も含めて、アドレナリン全開。
 映画としてはハードアクションであり、超能力サイバーパンクもの。
 主要キャラクタであるジミーの設定が素晴らしい。ネタバレになるので詳しくは書かないが、とにかくぶっ飛んだサイバーパンク設定に痺れる。
 最初の登場シーン、浮浪者の姿で現れたジミー。息つく間も突然現れるキラキラ光る鏡男とその火炎放射器の対決。その後も姿を変えて現れる遠隔操縦サイバー男ジミー。なんともパンクでPOV VRな存在を考えたものだ。

 単なるPOV大アクションと思いきや、さにあらず。このジミーと主人公の設定で優れたPOVサイバーパンクになっている。そして一人称映像で観客にも仕掛けられるサイキック暴君"アカン"の存在。

 一部『AKIRA』ばりのテレキネシス戦も見せながら、爆音の砲撃の音が観客に突き刺さり、クールな音楽の挿入もあいまって観客の没入感は沸点へ。

 アクション映画『アドレナリン』へのリスペクトや、様々なアクション映画パロディ、アイデアをこれぞとばかりに投入した殺戮シーン。とにかく飽きさせず楽しめる大エンターテインメントになっているので、血液沸騰映画を観たい向きには大いにお薦めです(^^)。

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 この映画を撮ったのがこのカメラとカメラリグ。
 搭載されているカメラは、GoProと思われる。このようなレイアウトなら、日本映画でも手作りでこうした撮影器具は作成可能かもしれない。
 この写真からはカメラが平行に2台搭載され、ステレオに成っているように見えるが今回の映画は2D。いずれこうしたカメラで、POV & 3Dのこの映画を超えるようなものが出てくるかもしれない。
 さらには、この360度カメラ版が作られ(すでにあるでしょう)、VRヘッドセットを使って、観客の任意の視点で全篇を描くような、完全没入型劇映画も出来てくるかもしれない。そんな近未来の斬新な映画に期待です。


映画『ハードコア・ヘンリー』日本版予告編 - YouTube

◆関連リンク
FPS視点で話題沸騰のアクション作「ハードコア」17年4月に日本上陸! : 映画ニュース - 映画.com.

"「ハードコア」は、17年4月1日から東京・新宿バルト9ほか全国で公開。"

 日本公開(邦題は何故か「ハードコア」)はまだ先の来年4/1のようです。
How Hardcore Henry’s POV shots were made | fxguide
Inside the World's First POV Action Movie: 'Everybody Has To Be Awake or Somebody Could Die'
 メイキングについては、これらページに詳しい。
FPS映画「ハードコア・ヘンリー」の内容を60秒にまとめたアニメ | EAA!! - FPS News

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2016.10.10

■感想 岩切一空監督『花に嵐』 と 「期待の新人監督2016」@カナザワ映画祭 


PFFアワード2016入選作品 『花に嵐』予告編 - YouTube

期待の新人監督2016 - カナザワ映画祭2016|かなざわ映画の会

"9/25(日) 12:45〜 一般公募自主映画の中から選ばれた3作品を上映し、最優秀作品としてカナザワ映画祭期待の新人監督賞、観客投票で選ばれる観客賞、そして出演俳優賞を選ぶ。
・太田慶 監督・脚本・編集『狂える世界のためのレクイエム』(15年/88min)
・大野大輔 監督・脚本・主演『さいなら、BAD SAMURAI』(16年/61min)
・岩切一空 監督・脚本・撮影・編集・主演『花に嵐』(15年/76min)
審査員 黒澤清、ダンカン、柳下毅一郎、小野寺生哉委員長(カナザワ映画祭)"

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期待の新人監督2016 受賞結果発表 - 目標毎日更新 カナザワ映画祭主宰者のメモ帳

"期待の新人監督賞 『さいなら、BAD SAMURAI』
観客賞 『花に嵐』
出演俳優賞 里々花(『花に嵐』)"

 カナザワ映画祭の期待の新人監督の三本を観た。応募された60本からこの日、候補作3本が上映され、観客の投票による観客賞と審査員による出演俳優賞、期待の新人監督賞が決定された。

 以下、上映順に僕の感想です。

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 まず『狂える世界のためのレクイエム』、映画をめぐるサスペンス&メタフィクション。女優 東亜優が素晴らしい。その眼の演技が男たちをテロリストとして先導していく役にぴったり。テロリスト3人の個性も良かったし、小宮孝泰による撮らない映画監督によるラストのメタフィクションも、好きな作品になりました。

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 『さいなら、BAD SAMURAI』、黒沢清が講師を務める映画美学校出身の大野監督作品。正に監督紹介に書かれている通り「呪われた映画監督」。これも自主映画を巡る制作の苦労の物語なのだけれど、その道筋の混沌。同人誌を作っているシネフィルが途中登場しおちょくられるシーン、なかなかの爆笑でした。(こんなブログをやってると自戒自戒(^^;))

◆岩切一空監督『花に嵐』

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 早稲田大学公認自主映画サークル「稲門シナリオ研究会」出身の岩切一空監督『花に嵐』大学映研の日常を描くPOVとしてスタートしたドキュメンタリーが、見事に伏線を回収してフィクションに転化して昇華していく傑作。

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 予告篇の映像は映画のシーンを右左に2分割して短いカットを繋いであるけれど、そこから切り出した映像で簡単に映画のイメージを紹介してみたいと思う。(予告篇のイメージは必ずしも本篇とは合っていなく、この予告篇そのものの映像性を狙ったものになっている)

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 まず映画冒頭、上の画像のように、砂浜を撮り空が写り込んだ海面を天地逆にして表現している。ここに不安を掻き立てる、学生時代を思い出すようなモノローグがかぶり、映画のトーンを予告する。映像的に新しい何かを観せてくれる予感も合わせて表現していて秀逸。 

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 映画は大学構内、春の新入生サークル勧誘から始まる。
 POVで描かれた、キャンパスや学生サークルの部屋、そして新歓飲み会の描写はごく自然。新人がサークルのハイビジョンカメラで日常を切り取っていく体を取っている。

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 学生たちの日常としか思えない自然な描写にジワジワと忍び寄るフィクションのディーテール。日常描写として違和感があったシーン(ex. 広報写真に使われているコインロッカー前のシーン等)も見事に伏線として回収されていくテンポのいい展開。

 そして、まさかの空撮(ドローンを調達できず風船20個にカメラぶら下げたとか)による映画的ショック。

 みずみずしい感性としっかりしたストーリーの縦糸を持つ映画の構造はまさに岩井俊二の初期作を思い出させるレベル。けどその感性は21世紀の新しい今。

 僕の知ってる自主映画、特に学生映研を舞台にしたものは、映画づくりへの情熱と、あの年代特有の鮮烈で新鮮な感性が結実したような映画が傑作として記憶されているのだけれど、この映画はそうした感覚を持った上で、エンターテインメントとしての結構とサスペンス、そして映画的な映像の快感を持った傑作だと思う。

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 上映後のツイートでこの映画を観た人から、劇場で一般公開できるレベルと複数書き込まれているのを見たけれど、まさにそんな映画。

 岩切一空監督のこれからの作品も大いに期待です。 主演賞に選ばれた里々花の活躍も楽しみ。

◆関連リンク
花に嵐(青山シアター)
 有料ですが、ネットで全篇上映中!
PFFアワード2016『花に嵐』|第38回PFF

"= 今後の上映スケジュール =    
京 都 会場 】 2016年10月31日(月) 16:40~ @京都シネマ
   ※同時上映『おーい、大石』『山村てれび氏』    
【 神 戸 会場 】2016年11月5日(土) 16:00~ @神戸アートビレッジセンター
   ※同時上映『おーい、大石』『山村てれび氏』    
【名古屋 会場】 2016年11月11日(金) 18:30~ @愛知芸術センター
   ※同時上映『回転(サイクリング)』『シジフォスの地獄』"

PFFでの映画紹介ページ

"[2016年/76分/カラー] 監督・脚本・撮影・編集:岩切一空/録音:石川領一 出演:岩切一空、里々花、小池ありさ、篠田 竜、半田美樹、不破 要、吉田憲明"

岩切一空 関連 YouTube
岩切監督twitter , "i" tumblr (岩切監督tumblr)
りりかtwitter , ririka(公式HP)

◆「期待の新人監督2016」審査員コメント

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 3人の審査員からのコメントのメモです。

・ダンカン

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 昔の自主映画は何だったんだろう、と言う位、みんな本格的。
 『さいなら、BAD SAMURAI』の主役、大野さんは友達になりたくないタイプ、イライラ感がつのる(笑)。
 たけし監督の『監督バンザイ』も酷かった。自分が楽しめるのが大切。覚醒剤と同じ、映画続けるか、人間やめるか(笑)。

 岩切監督はいい芝居だった。POVでうつっている以上の芝居を想像させる。
 りりかさんは絵が持つ女優、オーラがあった。最優秀俳優はりりかさん。

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・柳下毅一郎 観客賞 岩切監督『花に嵐』言うまでもなく。観てて面白かった。まさに映画に祝福されている。それに対して『さいなら、BAD SAMURAI』の大野監督は映画に呪われている。祝福と呪いなら呪いは一生。『さいなら、BAD SAMURAI』の方が強いと思う。
 『狂える世界のためのレクイエム』は、やはりあのストーリーなら、本当にテロをやるのが映画。もう一歩踏み越えて欲しかった。

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・黒沢清
 3本とも映画を巡る物語で、皆んな青春を描いている。8mmを撮ってたのに大して格段の進歩。
 やはり青春を若い人は撮ってしまう。そして映画に、呪いか祝福か捕らわれてしまう。
 『狂える世界のためのレクイエム』映画を撮ることと女性。後半から映画を撮ることに集中。
 まず撮ることからはじまるが、気持ちよくフィクションにつないでいく。
 期待の新人監督賞『さいなら、BAD SAMURAI』は、映画を撮ることのせつなさを感じた。

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・大野監督挨拶
 映画作ってて良かった。大きなスクリーンで上映され幸せな瞬間。審査員の3人の方に観てもらい恐縮の限り。次作はガラリと雰囲気を変えて『ア二一ホ―ル』みたいな新作を撮りたい(会場 笑)。

◆関連リンク
カナザワ映画祭2016 期待の新人監督審査員講評 - 目標毎日更新 カナザワ映画祭主宰者のメモ帳 公式な審査員講評はこちらをご覧下さい。

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2016.10.07

■レポート クリスピン・グローヴァーかく語りき No.2 @カナザワ映画祭2016 ”What is it?.”上映後トークショー

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”What is it?.”上映後 Q&Aとトークショウ
 カナザワ映画祭2016 9/25(日) ”What is it?”上映の後の、クリスピン・グローヴァートークショーについてレポートします。

 前回のレポート同様、こちらも通訳を務められた特殊翻訳家 柳下毅一郎による言葉をその場でメモさせて頂きました。早いスピードで語られるクリスピン/柳下氏の言葉を聞き違えている所もあると思うので文責はBP@究極映像研です。

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 このトークは、映画が21:00に終了し、その後、延々3時間あまりに渡ってクリスピンが精力的に語り続けたものである。実は僕はメモ取っていたこともあり、23:30頃にギブアップしてホテルへ帰りました。ので、最後までのレポートでないこと、最初にお断りしておきます。3時間実施されたというのは、twitterで得た情報で確かな終了時間は不明です。さらに実際はトークショー後もサイン会が深夜まで続けられたようで、凄いタフなイベントでした。
 遅くまで対応されたスタッフと柳下毅一郎に、貴重な機会をいただき感謝したいと思います。

 今回は、”It is Fine! EVERYTHING IS FINE.”上映後のトークショーと異なり、Q&Aからスタートしたのだが、語りたくてたまらないクリスピーにより、ほとんど質問は無視した話が続き、最後に申し訳程度にAが語られるという顛末に、、、。

◆ハンディキャプの人の映画出演について
質問「ダウン症の人について、いろいろ自分も考えたが、どう思っているか?」

 彼らはダウン症の役をやっているのでない。
 ハンディキャップの人は、もっと映画に出てもよい。彼らで表現が広がる可能性あるのに他の映画で出ていないのは残念。
 (”It is Fine! EVERYTHING IS FINE.”の映画の予告篇上映)
 スティーブンは重い障害を負っている。別な物を啓発しようとした。

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 自分の心理的反応を描いた。商業映画30年の、不快な物を排除しようという圧力が働いている。観客、こんなものが映画になっていていいかと、観客のタブーに触れることを目指した。

 こうした映画の描写が心に問いかける。もともとエデュケーショナルという言葉は、自分の問いを内側に問うていくこと。商業映画はそれをなくしてる。
 ”It is Fine! EVERYTHING IS FINE.”スティーブンの出演第2作は、まさにタブーを扱っている。内容は全く違うが、同じ問いかけをしている。

(ここからスティーブンの養老院、殺人ミステリTVの話。前回のトークショーレポ参照)

◆映画技術の”進化"について
質問「カナザワ映画祭は今年で終わり、ロキシー劇場も50年の歴史を閉じる。カナザワ映画祭をどう思うか?観客とカナザワの街について何か思うところがあればコメントを。」

 "What is it?”は、9年間かかって完成し、2005年にサンダンスでプレミアム上映した。
 以来11年世界中をツアーしている。その間のテクノロジーの進化は凄い。でも35mmはとても優れた技術だと思う。
 映画にニューデジタルテクノロジーが入ってきている。デジタルが35mmを置き換える。しかしデジタルで安くなるというのは嘘である。
 フォトカムというフィルムの管理所に、例えば"What is it?”のDCPはいくらかかるかと聞いたら1万ドル。35mmフィルムを焼くのと同じ値段。

 プリント持って回っているので独立系劇場の映写技師、オーナーと話す。往々にして彼らは35mmのコレクターである。2005-10年でDCPが義務化され、デジタル上映のため劇場に数千ドルの費用負担が課せられた。これがないと、新作が配給されない。大きな劇場はその予算なんともないが、独立系オーナーは、ポップコーン代で何とか劇場を維持していて、5、6干ドルの投資はとても大きい。
 またDCPは投影システムに付属するPCのアップデートのため、数年ごとに入れ替要。35mmは百年間一緒だった。デジタルのシステムは大会社と子会社が儲ける仕組みに組み込まれている。

 これは映画と関係ない様にみえるが、大きく関係している話。
 映画のシステムは芸術の一部のはずが、会社の商業に支配され、間違った方向へ進んでる。

◆映画を支配するプロパガンダ
 (クリスピンがスマホで検索し確認しながら)1928年、エドワード・バーネイズプロパガンダという言葉を英語で初めて使った。
 バーネイズはフロイトの甥。フロイトをアメリカヘ呼んだ。メディアが無意識をコントロールしていると言った人。民主主義、知識による操作、見えない政府、支配する力。

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 今年、アメリカの政治が大資本のコントロール下にあることに民衆は気づいた。民主党のバーニー・サンダース候補が訴えた。"What is it ?"も大資本の支配を訴えたものである。サンダースによってなされた様な民衆の動きはとても嬉しい。

 1984年『バックトゥザフェーチャー』に出演したが、疑問がありシリーズの2,3には出なかった。あの映画はプロバイダと近い。第1作のオーディションでエージェントと相談。2つの役、2人の父を一人の役として演じるということで、これは良い役と思い受けた。
 マイケル・J・フォックスの役は最初5週間、別の役者で撮っていたが、役者を変えることになった。同じシーンとりなおした。
 脚本もらってから監督のゼメキスと相談した。最初の脚本と映画のラストが変わっている。

 最初の脚本ではマクフライファミリーはお金持ちになり、黒人の召使いを雇うとなっていた。ゼメキスに意見した。これだと観客の好感が落ちる。私だけでなく他の人も疑問を言ったのだろう、ラストはビフが召使いになるものに変わった。映画としてその方が良かった。
 ただそれでも納得いかなかった。この映画はお金が主役になっている。最終目標はお金を儲ければ成功だと刷り込もうとしてるようにみえる。ゼメキスにもそう話したが、彼は怒っていた。君は変な映画好きだからネ、それで『ユーズドカー』は売れなかった、と。俺は金持ちに成りたい、とゼメキスは言っていた。

 怒ったのは彼もわかっていたからだろう。お金は映画を作り宣伝するメジャーにとって良いもの。リーマンショックでもプロバガンダした人は損してない。プロパガンダをし掛ける人がいつも儲けている。
 これと同じことをサンダースも言っている。政治家への献金は合法的買収。映画も作るための活動は正しいかもしれないが、これからも圧力は強くなっていく。

 アメリカを世界の警察、道徳基準と信じられる様、米大企業はミリタリーアクション映画を作っている。
 例えばメタファーとしてエイリアンの侵略に、どこにでもあるアメリカの一家が戦う。これはまさにプロパガンダ。ビジランテ物も、敵と戦って勝つ。独立戦争も。
 実際はアメリカが最大の軍事国家なのに、いつも(軍事支配する)帝国と戦う映画を撮っている。

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 もう一つの小さなプロパガンダは、非モラルとして描かれるぶち壊す快楽。
 こういうことを話すと、君は考えすぎだ、映画は楽しめばいいんだと言う人もいるだろうが、それこそ、プロパガンダにやられてる。
 サンダース負けて、クリントン、トランプとも(資本側の政治家で)だめだと思う。しかしアメリカはこの選挙戦で大資本のコントロールを知ることが出来た。

 (柳下氏と一緒に通訳に立たれていたスタッフから元の質問を再度尋ねられ) カナザワ映画祭は、大変重要。プロパガンダに抗うホール。
 映写のコントロールで、独立系はつぶされてしまう。一番好きなのは、50年代のボードヴィル劇場。そういうのが潰れている。前回来日した8年前より大きな映画祭に成長している。決まり切った大資本の映画でない物に観客が集まってくる。プロパガンダと言わなくても観客はわかっているのだと思う。

◆次回作
 チェコにNPOで現象所持っている。35mmフィルムで映画を続けられる様にする。
 デジタルプロジェクションは良い所ある。一世代焼く回数減って画質がよくなる。ただしフィルムの粒子とフリッカーは失われる。
 次回作は、ITトリロジーとは別の一本。

◆”What is it?”について
質問「映画に登場するハーケンクロイツの意味は? マンソンの曲も使用されているが、彼も一時ハーケンクロイツ使ってた。何か意味があるか?」

 96年に2人の脚本家が持ち込んできた企画。私が監督して、本も書き直していいならやると言った。それに合意して作業を始めた。
 当時はディヴィッドリンチがエグゼクティブPでお金を集めるはずだった。
(昨日の”It is Fine! EVERYTHING IS FINE.”の話の一部繰り返し)

 元々86分を72分にして、一部撮りなおした。
 ダウン症の役ではない役を演じている映画。タブーが何故なのかを問いかけている。
 主人公と対立構造を作るためのスティーブンの出演。そしてマンソンやハーケンクロイツはタブーを入れるためである。
 大資本の映画でもそれらは出てくるが、良い物と悪い物を明確に区分けして提示している。観客に考えさせない。映画は有機的で意図しない偶然がある。これを観客に具体的に指し示す様なことしたくない。

◆35mmブローアップ
質問「”What is it?”の16mmから35mmへのブローアップどうやったか?」

 16mmはHDより粗い。HDモニタに映してそれを35mmに撮った。現在、35mmネガをスキャンして簡易デジタル化している。

◆映画へのスタンス
質問「タブーにあらがうのにはエネルギがいる。そのエネルギはどこから?」

 13才からエージェントと契約し俳優をやっていた。俳優は仕事としていいと思ってた。その前、地質学者やりたかったが、岩を砕いて何か水晶とか見っけるのとは違う仕事だということがわかった。
 13才は子役としては年をとっていてそれほど仕事なかった。その後プロに。
 20才まで俳優学校で勉強、映画におけるアート、人に疑問を持たせる仕事としてやりたくなっていた。

 そしてその後、出る映画への欲求不満で仕事を選ぶようになった。心理的に満たされる役をやろうと思っていた。8,90年代役は役にめぐまれなかった。
 (2000年~ ”It is Fine! EVERYTHING IS FINE.”撮影後のスティーブンの入院の話。そしてチャーリーズエンジェルの話。
 この後、15分程度話は続いたようですが、僕が力尽き会場を後にしましたので、失礼します)

◆トークショー感想
(以下は2回分を聴いての、BP@究極映像研による感想です)

 とにかく素晴らしいサービス精神の表れか、はたまた自らの映画についてしゃべり倒さずにはいられない性分なのか。特に2日目のQ&AのQから逸脱した語りの世界は、ある部分鬼気迫るものがあった。

 終始落ち着いた、紳士的な口調であるが、特に映画のプロパガンダについて述べたくだりは、陰謀論的な色合いが入り、観客は少し引き気味であったことは否定できない。
 ただ、ハリウッド映画に関して、クリスピンが訴える様に、メジャーの意図であるかどうかはともかく、あのようなヒロイズムが前面に出た映画群が出来上がっているのは、僕も意識的にしろ無意識的にしろ、アメリカの精神性の表象であることは間違いないと思う。アメリカ映画論としてもこの切り口は興味深い。

 そしてそうしたことへのアンチテーゼとして彼の撮った映画は、ハリウッド映画に大きな疑問符を投げかけることを目的としているという。あまりに映画の意図を前面に語られると、映画自身が持ち得たいろんな可能性がスポイルされるようで、どうかとも思うが、彼の言っているテーマが映画から明確に伝わってくるのは確かな事実である。ただしどこかそんな見方だけでない、深みをあの映画たちは獲得しているように見える。

 グローヴァー監督があれほど熱意をもって語る理由は何か、なーんてことも思わざるを得ない。
 もしかしたら、アメリカでのタブーに触れてることで、何かそれについて論理を語らないと自分の気が済まないような西欧の縛りを彼自身が背負っている証明なのではないか? 日本人の僕にわからない、強固な西欧近代の持つ秩序。そんなものに対抗するのは、彼ほどの異端を覚悟した人にとっても重いものなのかもしれない。
 なので、彼は論理的に自身の映画をあれほど雄弁な言葉で語らざるを得ないのかもしれない。

 映画はもっと芳醇なイメージを持っているはずなのに、彼がそうした縛りに対抗するためにテーマを語るほどに、彼の映画も両極の片方である、ある種のプロパガンダを表現してしまうというジレンマも持ってしまっている様に感じられる。

 前回の記事 ”What is it?”の感想で述べたように、僕は日本映画が描いているアプローチ、『あん』とかの描写の方がテイストは全く違うけれど、同様なアンチテーゼを芳醇な映画として表現しているような気もするのだ。
 全然違う映画を比較することに無理があることは理解しつつ、、、書かずにいられないのが、ここの研究所の特徴だったりするので、悪しからず(^^;)。

 クリスピン・グローヴァーのとても刺激的な映画の語りに、カナザワ映画祭10年の成果を、最後の年で初の参加者ではありますが、肌で感じることができました。クリスピンの次回作の上映は、やはりこのカナザワ映画祭しかないような気がして、是非とも今後の復活を期待したいと思います。

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2016.10.05

■感想 クリスピン・グローヴァー監督『What is it?』

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"What is it?" 予告篇(クリスピン・グローヴァーFacebook公式ページ)

 先日から連続で記事にしているカナザワ映画祭、今回3回目はクリスピン・グローヴァー監督 ITトリロジーの第1作『What is it?』の感想です。
 これに続き、次回はこの映画上映後のクリスピンのロングトーク(2時間あまり)を紹介する予定です。

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◆映画概要
 猿の顔をした裸体の女が地中の穴から現れる世界、まるでそれ全体が地中世界のように見える空間には、象の顔をした裸女、ダウン症の俳優による人間と、そして監督 クリスピン・グローヴァーが扮し玉座に座る王(神?)が存在する。

 そしてダウン症児演ずる地上世界の生活が並行して描かれる。地上世界の登場人物たちはカタツムリを中心に置き、塩で溶けてしまう蝸牛のシーンとか、人間たちの争いが描かれる。

 かたつむりが塩により溶けるシーンでは、その溶けたかたつむりの仲間(妻? 彼女?)による悲痛な叫び声が印象的に繰り返される。この声が本作の基調の辛い雰囲気を形作るように繰り返し繰り返し奏でられる(予告篇のラストで聴こえる地の底からの様な声です)。

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 さらにもう一つ、印象的に挿入されるのが、この黒人(を模した)男の顔と独白。
 タップダンスとクローズアップ、独白は後で述べるようにこの映画のテーマを表現しているように見える。

◆感想 ネタバレありご注意を!



 クリスピンによって演じられる異世界の王座が、"Is it fine? EVERYTHING IS FINE."の主役である身体麻痺の男 スティーブン・スチュアートによって奪われる。

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 黒人の独白。黒光りする顔の中に白く浮かぶ唇から語られるのは、対称の腕を非対称にしたい、焦点の合わない眼になって霊長類から脱出したいというような魂の叫び。

" 注射を打ち続けて溶けてしまいたい。なめくじになって殻に入りたい。"

 この独白と何度も繰り返されるダウン症の役者による塩を振りかけてなめくじを溶かすシーンとその仲間による死を悼む絶叫。

 これらから自ずと観客の中にわき起こるのは、この映画の全体イメージ、秩序や社会の規制から解放されたい、という意志の横溢である。これはそういう映画。

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 登場人物で鼻の高い、唯一ハリウッド的な登場人物であるクリスピン。
 他の登場人物はダウン症の役者と猿の顔のマスクをした裸女であり、鼻は扁平で低い。あきらかに意図されているのは、ハリウッド映画的価値観へのアンチテーゼである。

 "霊長類の進化の主役"たる白人(ハリウッド俳優)に対して、鼻の低さと左右非対称なダウン症の役者が、この映画の視点で観るとどんなに自由に見えることか。

 秩序の先端で合理的自我にがんじがらめになっている現代人。それを象徴するようなクリスピン演じる王の苦悩に満ちた表情。繰り返されるナメクジの塩による溶解と黒人による独白。

 本作はこの息苦しさからの脱出を謳っている映画と捉えることができるだろう。
 (この感想が前日に見た"Is it fine? EVERYTHING IS FINE."の後のトークショーの影響を受けたものであることは否めないけれど、、、。)

 幻想的な地下世界とナメクジの溶解と叫び声。
 これらから換気される悲痛さが独特のイメージを形作っています。

 本作のルックスはまさにカルト映画である。地下世界を無意識の領域として描いたような、まさにアンダーグラウンド映画。
 アンチハリウッド的な価値観を描くテーマに対して、正直この表現方法だと極端に振りすぎている印象も否めない。本来そうしたテーマを受け入れる観客もカルト的ルックで拒絶反応を示す場合もあるのではないか。僕の趣味にはバッチリ合いますが、、、(^^;)。

 昨今の映画、たとえばハンセン病者を描いた豊潤な感性の映画 河瀨直美監督脚本の『あん』とかを超えているかというと、広い観客へのテーマの訴求力ということから考えて、疑問も出ないわけではない。ハリウッド的感性に縛られない映画として、鼻の低いw俳優を多数要し、感性の豊かな映画を生み出している日本映画(それは例えば北野武映画でもいいのだけれど、、、)について、クリスピン・グローヴァーの感性での受け止め方を聴いてみたいと思ったのは僕だけではないはずww。質問しようとして言い方を考えあぐねていて手を挙げそびれました(^^;;)。

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2016.10.01

■レポート クリスピン・グローヴァーかく語りき@カナザワ映画祭2016 ”It is Fine! EVERYTHING IS FINE.”上映後トークショー


VICE interview with Crispin Glover - YouTube
(注. このインタビューはカナザワ映画祭とは関係ありません)

”It is Fine! EVERYTHING IS FINE.”上映後 Q&Aとトークショウ
 カナザワ映画祭2016 9/24(土) ”It is Fine! EVERYTHING IS FINE.”上映の後の、クリスピン・グローヴァートークショーについてレポートします。
 通訳を務められた特殊翻訳家 柳下毅一郎による言葉をその場でメモさせて頂きました。早いスピードで語られるクリスピン/柳下氏の言葉を聞き違えている所もあると思うので文責はBP@究極映像研です。

 今回は全文クリスピン・グローヴァーの語った内容。僕の感想は次回"What is it?"のトークショウレポートで書きたいと思う。

 このトークは、映画が23:30に終了し、その後、延々2時間に渡ってクリスピンが精力的にAM1:30まで語り続けたものである。遅くまで対応されたスタッフと柳下毅一郎に、貴重な機会をいただき感謝したいと思います。

✳︎以下で使用した画像はクリスピンの著作等の表紙画。文末にそれらのAmazon(日本と米国)へのリンクを掲載しました。

◆10年間の非痛な養老院生活
 まず映画の理解を深めるためにということで、本作の脚本と主演のスティーブン・C・スチュワートについて語りはじめた。

 彼はポリオでなく麻痺が続く難病。20歳で母が亡くなり養老院:ナーシングホームへ入れられる。
 彼がしゃべる言葉は、誰も理解できない。ただ一人だけは全部理解している人がいたが、それ以外の人には自分の意志をわかってもらえなかった。これを表わすために、スティーブンの会話は、映画の字幕で全て「×××」と表現されていた。

 彼は養老院を嫌っていた。体は不自由でも、本当は精神は健全だったが、言葉を理解してもらえずに、知恵遅れの扱いを受けた。出るまでの10年のホームでの苦痛。モルモン教で有名なユタ州にそのホームはあったが、彼にはモルモン教は何の助けにもならなかった。

◆映画化のきっかけ

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 彼は10年後にホームを出た後、そこでの体験を綴った文章を新聞に送った。
 その記事で彼を知ったドキュメンタリー監督ラリー・ロバートが撮ったスティーブンのドキュメンタリーがソルトレイクのテレビで放映された。

 その縁で、スティーブンのこの映画のアイデアが、ラリー・ロバートによって、後に本作の共同監督となる若手映画作家デヴィッド・ブラザーに紹介されることとなる。

 クリスピンは1983年「オーピリーキッズ」という実在人物のテレビドラマに出演。そこで二人の監督に知り合った。当時彼はスライドショーの本を短篇にしてデジタイズはしたが編集してない。
 ブラザーがスティーブンの脚本読んで、映画化しようとお金集めた。
 クリスピンがプロデュースしたいと申し出たが、1986年 映画の資金は簡単に集まらず、やっと16mmで2000年に撮影開始。映画は35mmにブローアップして上映している。

◆itトリロジー第一部 ”What is it?”

 1996年に ”What is it?” itトリロジー第一部が完成。脚本は”It is Fine! ”が早かったのだが、先にこちらを撮った。元は予定していなかったが、”What is it?”にもスティーブンに出てもらうことにした。
 元々の短篇はデイヴィッド・リンチがプロデュースする予定だった。短篇脚本が元になって、資金が集まらない映画としてはリンチプロデュースはいい。ダウン症の人が主役演じてる。

 短篇を長編に、スティーブンを第1作にも出演させ、次の長編に続く様にした。
(ここで”What is it?"予告編上映。ネットではFacebookのクリスピー・グローヴァー公式ページに動画があります→”What is it?"予告篇)。
 この2本は違うタイプの映画。第2部が自分の関わった映画の中でで一番良い。第1部も誇りに思ってるが...。中心テーマはダウン症ではない。ダウン症役でなく、ダウン症児が役者として出る映画。

◆商業映画の抑圧 it三部作の構想
 短篇撮る際に、メジャーがリンチの名(エグゼクティブP)もあるので、インデペンデントにも投資してくれると思ったが、メジャーはダウン症児に難色。大事なアイデアと説明したが、だめだった。
 短篇24ページを80分の映画にする予定だった。メジャーの意図は理解できてなかった。ダウン症児に演技させるのは難しいと言ってると思ってたが、コンセプト自体に不安を持っていたのだった。
 メジャーはダウン症児が健常者を演じるのがまずいと考えたのだ。

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 人を不安にさせるのが”What is it?”の問いかけ。メジャーは、観客がダウン症児を利用してると思うのではないか、とそこに懸念を持たれた。こうしたタブーの要素を、商業映画は嫌う。自分がどう思うかを映画にすべき。それを長編のテーマにした。35年間やってきたハリウッドに思うサイコロジカルな気持ちを込めた。

 観客がタブーと思う要素を省くのはよくない。これは何なのかと思わせないといけない。それがまさに"What is it?"である。タブーを取り除くのは、自然な疑問を抱かせることをしないことであり、それは映画でなくプロパガンダとなってしまう。

 スティーブンの脚本の影響が、短篇を長編にしてく過程で知らないうちに要素として入ってきた。なのでスティーブを出演させて三部作にしようと考えた。”What is it?”は1996~3年で完成。

◆”It is Fine! EVERYTHING IS FINE.”の撮影
 スティーブンは60歳となり肺炎とか体弱ってた。映画は彼が62才の時に撮った。
 2000年に(クリスピンは)チャーリーズエンジェルに出演し、そのギャラでこの映画を撮った。2000年にソルトレイクでこの金で撮れるぞと二人に話した。撮影は6か月間セットに籠って撮った。

 2001年初頭ロスに戻ったら、もう撮り残しはないかとスティーブから問い合わせがあった。彼はその時、入院して生命維持装置を付けていた。映画は完成できるかと心配してくれ、そして追加撮影がもうないなら自分は生命維持装置を外してもらうつもりだと言ってきた。生命維持装置を外して良いかと聞いてきた。彼はとても優しい人である。映画制作の完成保険もかけてなく、私が大損するのを知ってて心配してくれていたのだ。

 デイヴィッド・ブラザーとの共同監督はそれぞれが得意分野を抑えていて、上手くいった。

◆”It is Fine! EVERYTHING IS FINE.”の完成

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 映画は完成し、07年のサンダンス映画祭で上映。
 会場の質問でスティーブンは映画に出て何を得たか、と聞かれたが、やり尽くしてこの世を去ることができたと思う。

 これはドキュメンタリーでなくファンタシーだが、現実を描いている。
 人が映画を単に撮るのでなく、この映画は(スティーブンが)自分のファンタシーを映画の中で実際に生きたということが、貴重なものとなっている。

 この脚本を読んだ時、お金を集めないといけないと思ったのは、スティーブンが求婚して断られるシーン(ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督の映画に出てる女優マルギット・カルステンセン)。これはスティーブンの実際の人生であったことと直感した。

 このシーンが映画の感情的中心だと思う。これを何としても映画にしたいと考えた。
 出来上がった映画は上手く表現できていると思う。感情が表現されている。その感情の表現を日本でもお見せできて嬉しい。

◆次回作 “タイトル未定" 完成間近!
 次回作は今、作ってる。2003年からチェコで撮っている。これはitトリロジーの三作目ではなく独立した作品。父と初めて共演している。

 チェコに地所を得て、そこにセットを作った。あと1日の撮影で撮り終わる。35mmフィルムで撮るため現像所も買った。
(ここで予告篇。チェコの街だが色がデジタル的に鮮やかなシーン。石畳のプラハっぽい街。機関銃を撃つギャング風の黒帽子の男等)

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 観客との Q & A


質問 「感情的解放あった。タブーのバイアスは、当時に比べ現在、どうか」
 スティーブのビジョンを映画の形にする。商業映画がやらなかったことを商業映画にしたかっただけ。モラルは考えてない。

質問「スティーブンのファッション等へのディーテイルのこだわりは?」
 出来上がった映画は、彼の元の脚本とはだいぶ違う。いつかオリジナル脚本もなんらかの形で紹介したい。脚本はもっとセックスと殺しのシーンが多かった。それだとトリプルXXXのレーティング、ポルノになってしまう。ポルノでも良かったが、女優が親密に感情を通わせるような映画にしたかった。
 セクシャルなグラッフィックを取り除くのはNG。映画を本当の体験にしたかった。女優優れてて感情を通わせた。
 スティーブンは完成品見てない。観たらきっと喜んでくれ、誇りにしてくれたと思う。

質問「8年ぶりに観た。入れ子のドキュメンタリーになっている。殺す憎しみの感情は?スティーブンが自分の出演料を女優に贈ったということだったが、どの女優に贈ったか?」

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 制作費は20万ドル。
 夢落ちでなく映画の中で、(スティーブンの妄想が)本当に起こってたら面白い。
女性嫌悪の映画だという反応も無理もないと思う。
 スティーブンはここにいたら喜んでくれただろう。彼はとても女性を尊重してた。
10年間の閉じ込めらてた怒り。怒りに満ちた映画。そこが女性嫌悪に見えるかもしれない。

 70年代のTVでミステリームービーウィークといって『ロックフォード事件メモ』 『刑事コロンボ』とか放映されてたものをナーシングホームで見てた。その経験から殺人ミステリーが一番ぴったりきたのではないか。
 (スティーブンが物語を作る際に)定型のドラマに落とし込んだがそこに深みが出たのではないか。

質問「スライドショウと映画の関係は?」
 コラボレーションになっている。今日のよりも明日の方が関係は明確だと思う。
 クリスピンの書いた本が映画のテーマにも繋がっている。今日のはスティーブンの作った話で関連は薄い。
 15万ドルの費用を6年のツアーで元をとるために色として、ビッグスライドショウを付けている。

質問「好きだと言われてたファスビンダーの影響?」
 ファスビンダーの映画は、”What is it?”を編集していた90年代後半から観ていた。感情的知性の表現で優れている。凄い。
 キューブリックは映像は凄いが、感情が一つの画面に結実することはない。
 元はクリステンセンでなく80年代のUSのテレビ女優を使うつもりだった。USテレビ的美。脚本送って露骨なセクシャルシーンがあると言ったらこれはダメだという反応。
 そこでファスビンダーの映画をちょうど観てたためカルステンセンに申し入れ、すぐ出てくれるとなった。

質問「日本のバラエティで障害者を笑いにしたり、感動的にしたり描いている。これをどう思うか?」
 現実は冷たい。
 今作は、啓発する映画として作ったわけでない。
 次作もハンディキャップの人に結局、出てもらうことにしたが、私はそれにより彼らの独特のカルチャーを出すのがいいと考えている。

質問「タイトルはスティーブンによるものか?」
 スティーブンのタイトルは別のものだった。
 Everything is fine.という時は、絶対大丈夫でない時に使う。
 スティーブンの脚本は、エンディングも違う。ヘロンウィルス(?)とかホラーっぽいラストだった。

◆関連リンク
クリスピン・グローヴァー - Wikipedia
ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー - Wikipedia
マルギット・カルステンセン

Amazon.co.jp: Scarling : Crispin Glover/Love Becomes a Ghost [Analog] - ミュージック
Amazon.co.jp: Rat Catching: Crispin H. Glover: 洋書
Oak-Mot : Crispin H. Glover : 洋書 : Amazon.co.jp
What It Is, And How It Is Done: Crispin Hellion Glover: Amazon.com: Books

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