■村上春樹 柴田元幸 『翻訳夜話2 サリンジャー戦記』
(文春新書)
村上春樹が柴田元幸(東大助教授・翻訳家)と、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(白水社)を中心にサリンジャーと翻訳について語り合った本。
『キャッチャー』についてと小説の翻訳については言わずもがな、特筆すべきは、小説をどう感じるのかというところについて、とても興味深い面白い意見が載っている。以下、村上春樹の言葉より抜粋。
より大事なのは、意味性と意味性がどのように有機的に呼応し合うかだと思うんです。P33
すぐれた物語というのは、人の心に入り込んできて、そこにしっかり残るんだけど、それがすぐれていない物語と機能的に、構造的にどう違うのかというのは、言葉では簡単にわかりやすく説明できない。それをすらっと説明するための語彙とかレトリックとかを、僕らはほとんど持ち合わせていない。P34
翻訳家だからこそ見える小説の正体がここにあるのかもしれない。
翻訳する小説の実態というものは、物語でもなければ、文体でもなければ、作者の思想でもない。その実態である何ものかとの格闘が翻訳作業そのものという具合に読める。その何ものかを村上はここで「意味性と意味性が有機的に呼応し合う」という言葉で表現している。翻訳家ふたりのこの対談を読んで、ここのところが一番面白かった。(本の主題の『キャッチャー』分析も鋭いけど)
僕は翻訳もできないし小説も書いてないけど、学生時代から映画とか小説のレビュウをグダグダと趣味で書いてきて、自分の中に映画や小説が喚起する何ものかについてずっと興味がある。自分なりに表現すると、自分の中に喚起される質感みたいなものと、作者が創作した時の心の中の感覚(と思われるもの)の中間くらいにある何ものか、のような気がする。
小説や映画がそうしたものを獲得する瞬間は、言葉の積み重ねや何気ない俳優のしぐさ、風景の動き、画像と音楽の呼応によって発生しているように思う。作者の描いたイメージが観客の頭の中に紙面や画面を通して解凍する瞬間。それがたまらなくて小説や映画を観ているのは僕だけかなー。(単なる印象批評じゃないの、という声も聞こえてきたり、、、。)
先日読んだ『意識とは何か』P181にこんな記述がある。
私自身は、1994年2月に電車に乗っていて「ガタンゴトン」という音の質感自体に注意が行き、周波数で分析してもその「ガタンゴトン」という音の質感自体には決して到達できないことを悟って以来、ずっとその問題を考えてきた。(略)それまでの私が、クオリアという問題を隠蔽するような世界観の中で、あたかもクオリアなど存在しないかのような心的態度(ふり)をとっていたからだと思う。
つまり、私は、二〇世紀的な科学主義の目を通して世界を見ていたのである。
この一節を読んだ時、ここでいうクオリアが小説や映画が我々の脳に「解凍」するもののことを言ってるのかな、と思った。どうも言葉の意味が曖昧で、便利すぎる言葉になってしまうので、あまりクオリアとは呼びたくないけれど、、、。
あと蛇足だけど、この文章を読んだ時、言いたいことはわかるのだけど、「ガタンゴトン」をキーワードとした心の表現が、実は余りに拙いように思った。脳の中の動きを観察できる唯一の対象が自分であるから、脳科学者は自分の心の機微を語ることになる。作家的/翻訳家的/評論家的な訓練をつんでいない(と思われる)ことが、この文章を非常に情緒的で拙いものに感じさせているのではないか。脳科学者はこの本にあるような小説の何ものかをいかに丁寧に翻訳の言葉に置き換えるのか、ということも重要なスキルになるのかもしれない、、、と素人が生意気なことを思ったりした。自分の書く感想文も、おおげさに言えば、そのスキルが重要なのだけれど、、、。(とグダグダとすいません。)
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◆関連リンク
・『翻訳夜話2 サリンジャー戦記』村上春樹, 柴田元幸(文春新書)(Amazon)
・『キャッチャー・イン・ザ・ライ』村上春樹訳(白水社)(Amazon)
・『ライ麦畑でつかまえて』野崎孝訳(白水uブックス)(Amazon)
・検索したらこんなのがありました。三浦雅士インタビュー『村上春樹と柴田元幸のもうひとつのアメリカ』(新書館)について
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コメント
酎犬八号さん、コメント、ありがとうございます。
ややこしいことをグダグダ書いた拙文を読んでいただき、ありがとうございます。攻殻機動隊はいろんな側面で楽しめる作品ですよね。
僕もまだ2nd gigは観てないので、タチコマの復活を期待してます。3D-CGとしてあの使い方がものすごく日本のセルアニメに馴染んでいて大好きな映像なので。
また2nd gig観たら、お互いトラバしましょう、よろしくお願いします。
投稿: BP | 2004.06.27 13:44
逆トラックバック? ありがとうございました。
おそらくサリンジャーつながりという事で、こちらの記事へ返していただいたのですよね。
ストーリーが面白いと感じる事の意味など、あまり考えた事はなかったので、非常に興味深く拝読しました。
>作者の描いたイメージが観客の頭の中に紙面や画面を通して解凍する瞬間。
>それがたまらなくて小説や映画を観ているのは僕だけかなー。
特に、この部分には私も同感ですね。
ただ、人によってイメージの受け取り方や解釈が異なってくる事も、またもう一つの楽しみ方や見方であるとは思うのです。
観客に、より多くのイマジネーションを与えられる作品も、面白い作品であると言えるのではないでしょうか。
その観点から見ても、攻殻機動隊SACは面白かったと思いましたよ。
投稿: 酎犬八号 | 2004.06.27 10:45