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    ティム・オブライエン著 村上春樹訳(文藝春秋) »

2004.06.19

■『ビッグフィッシュ―父と息子のものがたり』
      ダニエル・ウォレス著/小梨 直訳(河出書房新社)

 『ビッグフィッシュ―父と息子のものがたり 』(Amazon)
 ティム・バートン監督による映画が良かったので、原作も読んでみた。
 小説は映画より幻想味が薄れ、より父と子の日常的な交流が強調されている。映画では現実からかなり遊離した空想により脚色された夢幻的世界を人生として旅してきた父親が描かれているが、原作ではどちらかというと父親の空想は現実的なジョークの連発に近い。
 こうして読んでくると、映画でのティム・バートンらしさが浮かび上がってくる。小説の前半でバラバラのエピソードとして少しだけ触れられた二つ頭とか巨人とかが、映画ではひとつの連続的な縦糸として、サーカスをからめて有機的にラストへとひとつながりになっている。これが活きて、あの映画の素晴らしい川と葬儀のシーン、夢と現実が混沌として、父親の生きてきた心的風景もまるごとに包括した本当の現実といったものが息子とわれわれ観客に観えてくる感動的なラストシーンとなっていた。
 残念ながら原作にはそのシーンはない。実はそこを読みたくて本を手に取った僕は肩透かし。ティム・バートン(もしくはシナリオライター)のみごとな手腕に関心することとなった。監督のフリークス/幻想趣味が原作に掛け算されて、それを縦糸にしたことで、映画は小説よりも素晴らしいイメージを獲得されたのだということがよくわかった。
 本のレビュウのはずが、映画のことばっかり書いてしまった。小説らしい良さは、父親が息子に伝えたいことといった想いを、映像でなかなか表しにくい描写で描き出している。例えばP142の紙袋の裏に父が「自分で独力で身につけてきた」長所を列記して、息子にいつか伝えたいと考える描写。これは親が子に持つ普遍的な想いをごく日常的な「スーパーの紙袋」というものに書き出すことで、グッとくるシーンになっている。
 幻想小説として期待して読むと肩透かしであるが、父と子の物語としては、べったりと甘くならないでクールにエピソードの集積でラストにじわっと迫ってくる佳作になっていた。
◆関連リンク
・究極映像研『ビッグフィッシュ』映画評
・Daniel WallaceのDaniel Wallace">原著(Amazon)
・元々イラストレーターのダニエル・ウォレスの自画像とインタビュー記事 上記映画の縦糸の描き方について下記コメント。
 

"The circus in the movie works well to pull the characters together and hold the movie together," the author said. " What's impressive is that it is not just a pastiche it really holds together well."

・ダニエル・ウォレス『西瓜王』(Amazon)

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