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2005.01.16

■酒井健 『ゴシックとは何か―大聖堂の精神史』

 『ゴシックとは何か―大聖堂の精神史』酒井健 (講談社現代新書)
 ヤン・シュヴァンクマイエルの自宅兼シュールリアリズム展示場であるガンブラギャラリーからわずか500mの距離にあるプラハ城 聖ヴィート大聖堂というゴシック建築を見て、「ゴシック」の文化的位置づけが知りたくなって読んでみた。
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 この本は建築様式の分析ではなく、数世紀にわたる宗教・社会・文化の視点から大聖堂を考察することを試みた本。著者は、バタイユの研究者としてフランスへ留学、そこで見たゴシックへの衝撃から本書を構想したことを語っている。

 大聖堂はなぜ建てられたのか──過疎化の極にあり不活性の底に沈んでいた都市を興隆させたのは、農村からの移住者たちだった。……だがその彼らには聖性の体験の場が欠如していた。食糧難に苦しむ農民たちは、大開墾運動の流れにのって、やむなく、崇拝する巨木の森林を滅ぼしていった。都市において、失った巨木の聖林への思いは強く、母なる大地への憧憬を募らせるばかりだった。
 巨木の森と母なる大地にもう一度まみえたい。深い左極の聖性のなかで自分たち相互の、自分と自然との連帯を見出したい。このような宗教的感情を新都市住民が強く持っていたことにゴシック大聖堂の誕生の原因は求められる。
 他方で、裁きの神イエスの脅威も彼らに強力に作用していた。最後の審判で問われる罪は贖(あがな)っておかねばならない。免罪を求めて彼らは惜しみなく献金をした。また、天国行きを執り成してくれるマリアに聖所を築いて捧げる必要性、いや強迫観念にも彼ら新都市住民は駆られていた。
 だがゴシックの大聖堂が建った理由はこれだけではない。別な動機からその建設を望んでいた者たちがいた。大聖堂の主である司教、そして国王は、自分たちの権威の象徴として巨大な伽藍の建設を欲していた。(Amazonの解説より)

 ゴシックは、都市の中に聖なる森を再現すること。これが起源であるというのが最も興味深く思えた点だ。
 概観の模様もそういわれてみれば奥深い森林の高い木立のように見える。そして内部の高い天井とそれを支える尖頭アーチはまさに森林の中で見上げた光景を模してある。その他にもゴシックの文化的位置づけについて、下記のように刺激的な記述があり、興味深い本に仕上がっている。あんまり面白いので引用が多すぎてすみません。まず最初の記述は、やはり大聖堂(カテドラル)は一種のメディアであったという記述。

「中世の教会堂は象徴の森であった。文字以外の記号によって道徳や教訓、思想、隆史を伝える媒体であった。今やグーテンベルクの活版印刷術(一四五〇年頃に完成)によって文字も図像も印刷され、できあがった書物は新たにメディアの覇権を握ろうとしていた。」(P205)

「我々が築こうとしている大聖堂はあまりに巨大で雪ため、将来完成されたときにこれを見る人々は、我々のことを狂人だったと思うにちがいない。(略)中世人の美学は狂気に寛大だった。狂気に魅せられていたと言ってよいかもしれない。ともかく正気と狂気の双方が肯定され、共存が許されていた。」(P100)

「自然の横溢の模倣はゴシック様式の一大特徴である。母なる大地はその豊かなエネルギーに訴えて、自分の生みだした事物たちの輪郭・枠組・境界をどんどん壊してゆくが、ロマネスクからゴシックにかけて見られる異様な菓模様や怪物たちは、この大地の根源的な横溢の動きを表している。」(P134)

「中世イタリアのゴシック式城塞を舞台に展開する不気味かつ幻想的な物語は、恐ろしき崇
高さと真の時間進行(つまり未知なるものとの出会いの連続)、そして笑い、愚行、戯れとしての自然がみごとに表現されている点で、深くゴシック的なのである。ホレス・ウォルポール『オトラントの城』H. Walpole: The Castle of Otranto (1764)は刊行とともにベスト・セラーになった。この小説が発端となって、おどろおどろしい雰囲気を物語の特徴にする小説ジャンル「ゴシック・ロマンス」も生まれている。」(P181)


 自邸ストロベリーヒルをゴシック化しゴシックを復活させたイギリス貴族ホレス・ウォポール。彼が書いた『オトラントの城』が、ゴシックロマンを誕生させることになったらしい。
 そしてこのゴシックロマン最初の一冊を題材に映画を作ったのがヤン・シュヴァンクマイエルオトラントの城』(’73・79/カラー/18mins.)(DVD『ジャバウォッキー』収録)。シュヴァンクマイエル巡礼から始まったゴシック探訪が、グルリと一巡してシュヴァンクマイエルに戻ってきた。

◆関連リンク
・本書は、サントリー文化財団 2000年度 思想・歴史部門受賞とのこと。
・風野春樹氏の読冊日記 『ゴシックとは何か』レビュウ
・同氏の読冊日記 『オトラントの城』レビュウ
早稲田大学教育学部 川崎浹研究室「ヨーロッパ文化」講義録 vol.4 ゴシックの復活とゴシック小説について
・当Blog記事 ■チェコの壮大な究極映像 プラハ城 聖ヴィート大聖堂

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» 「ゴシックとは何か」酒井健 著 講談社現代新書 [叡智の禁書図書館]
あんなに薄い本なのに、あれだけ多くの情報・資料が簡潔にまとめられ、しかも理路整然と説明されているのはとっても素晴らしいです。高校生時代、ユイスマンスの「大伽藍」... [続きを読む]

受信: 2005.02.04 19:19

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