■ゴシックとシュールリアリズム
ヤン・シュヴァンクマイエル『オトラントの城』
少し前の記事■酒井健 『ゴシックとは何か―大聖堂の精神史』で気になっていたゴシック小説の元祖ホレス・ウォポールの『オトラントの城』(別名『オトラント城奇譚』)をベースにしたシュヴァンクマイエルの短編『オトラントの城』(’73-79/18mins.)を観直してみた。残念ながらホレス・ウォポールの本は現在絶版(国書刊行会、牧神社、講談社文庫刊)で古本を探さないと入手できない。(ストーリーはレビュアーの風野春樹氏がここで紹介されています)
ホレス・ウォポールのイギリス幻想小説『オトラント城奇譚』の舞台が、実は東ボヘミアに実在する城だという仮説を、現地で学者が解説するというテレビ番組という趣向。もっともらしく出てくる証拠などが逆に、歴史を捏造するいかがわしさを現す。古文書の挿絵が切り絵として動き、学者の解説と皮肉な対照をなす。(ラストの検閲でカットされたカットも収録)( 「タッチ&イマジネーション-触覚と想像力-」の解説より)
シュヴァンクマイエルが72年の『レオナルドの日記』で当局の不興を買い、準備中だった本作を7年間完成させることができなかったといういわく付きの作品。この作品の後、シュヴァンクマイエルは、ポーの『アーシャー家の崩壊』というやはりゴシック小説をベースにした作品を撮っている。
あらすじを読むかぎり(イギリスのゴシック建築オタク)ウォポールの書いた『オトラント城奇譚』にダイジェストながらシュヴァンクマイエル版は忠実なように観える。ただしこの物語と並行して、歴史学者とテレビレポータの城の研究についてのインタビューが差し挟まれる。ここの部分のひねり方が面白いのだけれど、あまりゴシックのイメージとあう話ではない。
『シュヴァンクマイエルの世界』赤塚若樹編訳に収録されたピーター・ヘイムズのインタビューによると、シュヴァンクマイエルは、ゴシックの作家達との関係を下記のように語っている。
私が作り出すのは客観的で崇めるような脚色ではなく、オリジナルの作者が、個人的爆発の起爆装置のような役目をはたす主観的な証言なのです。それにもかかわらず、私の考えでは、ポーやキャロルの主観的解釈は、その内的な感覚を持って同じ地下水脈を流れていきます。(P80)僕はシュヴァンクマイエルの自宅であるガンブラギャラリーから僅か500m程東にあるプラハ城のゴシック建築ヴィート大聖堂の影響をこの短編の中にみつけようと思ったのだけれど、映画に映る城は、ちっぽけな普通の西洋の城でゴシック的大伽藍にはどう観ても関係ない。うーん、残念。(上の写真のイラスト+切り絵がゴシックの雰囲気を出してはいるが、、、。)
ゴシックとの関係よりも、むしろ弾圧されていた政府への想いがあるのかもしれない。映画の中で城を壊すシーンがある。当時はプラハ城は圧政の象徴的建物であったはずだ(ソーダバーグ監督の『KAFKA 迷宮の悪夢』もそんな描写だった)。物語の城の破壊でチェコの人々のいろんな想いを象徴化したのかもしれないなー、とぼんやり考えた。
もともとシュヴァンクマイエルとゴシックはあまりイメージが合わないのだけれど、彼の描くカテドラルとかも一度観てみたいものである。
◆関連リンク
・ホーレス・ウォルポール『オトラント城奇譚』の冒頭
・zerostepというサイトの『オトラント城奇譚』レビュウ
・風野春樹氏のあらすじと書評
とはいえ、結末のイメージはなかなかすごい。物語のそこここに出没していた巨像のパーツがひとつになり、城を突き破ってそびえたつ巨人と化し、雷鳴の響き渡る中を天へと昇っていくのである。このイメージのすさまじさには度肝を抜かれました。この、人知を超えた何物かに触れる瞬間というのが、ゴシック小説のキーワードである〈崇高〉(サブライム)であり、のちにSFでセンス・オブ・ワンダーと呼ばれる感覚なのですね
・映画ファンのサイト faceのチェコ・アニメ特集 CESKA ANIMACEのヤン・シュヴァンクマイエルの項より
(略)1973年、準備段階にあった「オトラントの城」は、前年公開の「レオナルドの日記」が当局側の不興を買い、製作中止命令。当時の共産党政権下で、ブラックリストにのり、以後、7年間、映画製作が認められませんでした。1979年、ようやく映画製作が許可されると、中断していた「オトラントの城」を完成。
・当Blog記事 ■チェコプラハ① ヤン・シュヴァンクマイエル他監督『Kouzelny Cirkus (Wonderful Circus)』atラテルナマギカ
・同 ■チェコプラハ② チェコの壮大な究極映像 プラハ城 聖ヴィート大聖堂
・DVD 『ヤン・シュヴァンクマイエル/「ジャバウォッキー」その他の短編』(「オトラントの城」収録)(Amazon)(05.2/23に廉価版が再発売の予定ですので今購入するのは待った方が良いです)
・夜想2マイナス 特集シュヴァンクマイエル「快楽 ! 触覚のアニメーション」に、高山宏氏が「シュヴァンクマイエルとゴシック小説」という一文を書かれています。
「混沌を方法的に生むさめた技術者の所業、その点でゴシック小説とシュヴァンクマイエル・アニメは何のちがいもない。結びつくのが当然の運命であろう」(P80)
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