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2005.04.28

■神林長平 『永久帰還装置』

eikyu_kikan_souchi
 『グッドラック』(1999)の次、神林長平2001年の長編永久帰還装置
 まず冒頭の面白さで、つくづく思った。神林長平って完全にSFファンだけを向いた作家なのだけれど、どう考えてもこれはもったいない。この冒頭、奇天烈なシチュエーションとテンポの良さによる面白さのレベルは第一級のエンターテインメントになっている。例えば『このミス』の読者が喜ぶ要素がこの冒頭には全てそろっていると思う。
 このエンタテインメントとしての面白さに加えて、この作家の面白いのは「言語」をコアにした哲学的なテーマのエンターテインメントとの融合がある。

 『このミス』でベストへランクインさせたり、哲学的テーマとの融合ということではP・K・ディックよりずっと現代的なので例えば『ユリイカ』でとりあげたり、もっと出版界はこの作家を広く読ませることを積極的にやらないといけないのではないかと切実に思う。いや、SFファン以外の読者にこの作家の面白さをもっと広く伝えるべきだと思うので、、、。とにかくもったいない。

 でも早川書房とか朝日ソノラマとか、彼を扱う出版社がいまいちマイナーなところなのが問題。こんなに言葉使いにセンシティブでテーマからエピソードまでリリカルなんだから村上春樹と同じように、、、、キャラクターの痛快さとか言語の意味づけでは京極夏彦と似ているのだから、、、例えば講談社でプロデュースして売れば、かなりの線に行くのではないだろうか。神林さん、メフィスト講談社ノベルス持込とかって、どうですか<<失礼)

 タイトルが損をしているのかもしれない。読んでみれば、それが意味するものの正体がなかなか良くて、素晴らしいタイトルと思えるのだけれど、これだけ見たら大概の本好きは引くのではないか。SFファン以外は、しちめんどくさいハードSFかと思うもの。神林ファンの僕も実はこのタイトルと、何故かイメージが合わないハードカバーの表紙絵(写真左)で積読だったから、、、。だけど実態はまるで違う。
 じゃ、売るためも考えるとタイトルは何が良いのか。すみません、僕の能力じゃくだらんのしか思いつきません。『神の追跡』とか、『永久追跡刑事 火星編』(^^;)とか、『赤い空の闘争』とか、、、。うーん、やはりこの本は『永久帰還装置』だ。周到にこのタイトルに向けて構築されていますネ。

 特に冒頭の破天荒なシチュエーションはミステリーファンに読ませたい。
 なんでこれが『このミス』のベストに入ってないか疑問(出版が11月末なのも問題)。ベスト3に入れても良いのではないか。なにしろ追うのは神(の刑事)、追われるのも神というトンでもない存在に関わる謎が冒頭で提示されるミステリー/刑事ものなのである、この本。神のような万能の世界改変能力。「本格」の必要条件である幻想的な凄い謎の提示にワクワクする。(一級のバカミスとも読める(^^;)というかバカミスそのもの。)

 とにかくSFファンのためだけの作家であるのはあまりにも惜しい人だと思う。そして編集者によってはSFでなくても(むしろSFで縛らない方が)凄い傑作を書く人ではないか。SFファンとしてはSFをずっと書き続けてほしいけれど、それ以外の例えばミステリーとかメインストリームの文学(『七胴落とし』のようなやつ?)とかも是非読んでみたいものである。
 こんな傑作がソノラマ文庫の扱いでいいわけがない(<<ソノラマにメチャ失礼(^^;)しかしなんでヤングアダルトのソノラマ文庫の扱いなのか、本当に疑問。逆にソノラマの読者の中高生あたりが面白さにぶっ飛んでいる例ってないのかな??)。とにかく小説好きの編集者! この人をSFだけで埋もれさせないでくれぇーー。(、、、と、本の感想というより、冒頭の凄い面白さに、つい熱くなって神林キャンペーンしてしまいました。)

◆関連リンク
永久帰還装置 神林長平の本 (Amazon) 
◆レビュウ特集
野阿梓氏レビュウ「永久帰還装置」~テロの時代の新世紀に書かれた存在論的なテロリストと、その意味論的解体の寓話~

本書は、神林の傑作である『猶予の月』のテーマを、よりエンターティンメントに徹してリミックスしたものだ、との見方も可能だ。否、そこには、作者の明らかな成熟があり、テーマのさらなる深化と、それにも関わらず、エンターティンメントであり続けることを見失わない、ほとんどアクロバット的な妙技を見せる。
だからといって、誤解されては困る。これは決して〈難解〉な作品ではない。サスペンスフルで滅法おもしろく、そして、驚いたことに、ウェルメイドな一篇の恋愛小説でさえ、あるのだ。
 あのテロリスト小説の白眉『バベルの薫り』の野阿梓が絶賛している。
SFオンライン57号(2001年11月26日発行) 書籍レビュー『永久帰還装置』評者:冬樹蛉
岡本俊弥氏のレビュウ
エスパラさんのどくしょ日記

 以下、ネタばれの本の感想を少し。


 しかし、この冒頭の破天荒な設定を神林は超まじめに構築しているわけだけど、何故こんなことを思いつけるのか。結局、『猶予の月』で創出した世界改変能力について、もっと書き込んでみたいというのが根本の発想なのでしょうね。
 もともと狐と踊れとか言葉使い師で描いていたように、小説(とそれに登場する人間)は言葉によって、どのような世界にも放り込まれる。意志とは別に言葉の自律性により世界は再構成される。というのが神林のテーマだったりする。
 それを極限まで推し進めると『猶予の月』のあの凄まじい世界が構築される。
 で、この『永久帰還装置』は、『猶予の月』エンターテインメント版の趣がある。キャラクタ小説としては、ケイ・ミンと彼女のチームの活躍は、『敵は海賊』の軽快さ、キャラクタの魅力で輝いている小説の力がある。こうしたものと後半の恋愛ストーリーの融合で、面白い小説になっている。神林のもともとのモチーフは『猶予の月』+『敵は海賊』+恋愛という3題の融合で面白い小説が構築できる、というところにあったんじゃないかな。これは作家が自分の持ってるエンターティンメントな要素をうまく融合させて面白い小説を書くぞ、という気合いがみえる一編だと思う。
 なので、もっと広い読者に読まれるべきだなーと思ったわけ。

 恋愛といっても神林なのでひとひねりある。
 もともとこの二人の主人公が恋愛感情を持つのは、世界改変能力で車を手に入れる際に、あるカップルの設定に自分たちを割り込ませたことにきっかけを持つ。もともと仮構の中で生まれているわけ。こういうところも神林的。恋愛に対する斜に構えた視線がうかがえます。読者はちょっと考えると興ざめな部分もあるのだけど、、、。

 あとラストは、世界改変能力でもっと暴れてもよかったと思う。単にフヒト・ミュグラが一瞬ドラゴンになるだけでなく、一大幻想絵巻が火星と地球上で巻き起こっても良かったのではないか。派手なエンターティンメントと極小の恋愛の対比。このあたりがクライマックスでどっと大団円へなだれ込んでいくような展開を途中期待してしまったので、ものたりなさを覚えた。

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コメント

 コメント、ありがとうございます。SF本へのコメントって、うちのBlogは極端に少ないので嬉しい(?)です。

>>早川書房と朝日ソノラマしかこのジャンルでは砦して残っていないのですが・・・ 版元に失礼ですよ。

 本文にも記したように、失礼は承知の上です。
 この小説、大人のエンタテインメントとして素晴らしい出来です。特に「このミス」系の本好きの方に向いている。

 で、僕の認識では「このミス」系の読者と「ソノラマ文庫」の読者はほとんどがダブっていないと思っています(現に「ソノラマ文庫」で「このミス」ベスト10に入った作品を僕は知らない)。

 ヤングアダルトとしての「ソノラマ文庫」へ眼をなかなか向けてもらえない読者に、神林長平を紹介する意味合いを強調してこんな表現をあえてとりました。

 あくまでも読者層の違いということで、「ソノラマ文庫」のヤングアダルトとしての傑作がいくつもあるのは当然です。ご気分を害されたことは、ここでお詫びします。

投稿: BP@究極映像研 | 2007.02.18 20:43

早川書房と朝日ソノラマしかこのジャンルでは砦して残っていないのですが・・・ 版元に失礼ですよ。 

投稿: | 2007.02.18 12:42

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神林長平 † 【かんばやし ちょうへい】 新潟市生まれ 1953- 神林長平 『言壷』 『ライトジーンの遺産』 『永久帰還装置』 はてな Wikipedia 神林地帯 ALL ABOUT 神林長平 寸評 ↑『言壷』 † (中央公論社)1994年11月 【現在は、中公文... [続きを読む]

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