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2005.07.31

■『輝く断片』シオドア・スタージョン/大森望編

and_now_the_news
                         (「ニュースの時間です」「ミドリザルとの情事」掲載誌)
河出書房新社 『輝く断片』公式ページ

“ミステリ作家シオドア・スタージョン”の
特異すぎる才能に度肝を抜かれるはずだ
                    大森望

 奇想コレクションから『不思議のひと触れ』に続く2冊目のスタージョンの短編集が出ました。今回のは編者大森望氏の解説タイトルにあるとおり<Crimes for Sturgeon>。ミステリーというよりクライムスートリーという方が似合う。けれども一般的なイメージのそれとは全く異なる世界が展開されている。このアンソロジー、作品選択が素晴らしい。スタージョンのこうした傾向の短編をまとめて読める我々はとても幸せである。

 全体を通して読みおわって、かなりずっしりとおなかの底の方に何かが落ちていく感覚がある。切ないのや暗く重いのや奇抜なシチュエーションの展開に頭がねじれるのや、そんなものが堆積していく。
 これは、社会からドロップアウトもしくは平凡な日常の底流に淀んでいるような登場人物たちが多く扱われており、それによって形作られているイメージの堆積でないかと思う。フリークスというのとも違う、勝手に名付けると、<『わたしは慎吾』のお父さん物>(^^;)というジャンルに属するような作品。と言ってもわかりませんよね、普通。

 僕の場合、こうした登場人物に出会うと、あの楳図かずおが描いたガテン系のちょっと頭の弱いタイプの人というかあのお父さんの不思議なイメージが自分の頭にこびり付いていて、必ず思い出す。独特の思考回路を持っていて、通常のキャラクタから異様にねじれている感覚、『わたしは慎吾』の読者ならわかってもらえますよね、この感覚? 映画で言えば、コーエン兄弟の『ファーゴ』にもこのねじれた感覚があった記憶。P・K・ディックだと『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』のイシドア(ちょっと違うかも)。
 こうした登場人物によって描かれる奇妙な物語。しかしスタージョンのその視点は優しい。明らかに<『わたしは慎吾』のお父さん>の側に立った視点の物語。ずしりと思いのだけれど、どこか心地よいのはこのスタージョンの視点によるものだと思う。<『わたしは慎吾』のお父さん>であることを否定的に描くのではなく、むしろそちらの方がいいのでは?という肯定というか、、、、そのような感覚。

 では、例によってお気に入りの順に、感想。
 (▽が<『わたしは慎吾』のお父さん物><<誤解をまねきそう)

◆「ルウェリンの犯罪 A Crime for Llewellyn('57) 柳下毅一郎訳 ▽
 これ、切なくて、一番のお気に入り。主人公ルウェリンの淡々とした日常とその後のアンチ犯罪な展開。この主人公、生活能力に乏しい(頭が弱い)人なのだけれど、その日常と思考、そして長いこと一緒に暮らしているアイヴィとの関係がとても切ない。
 短編アニメ五本つき子供向き映画+ポテトの皮むき、という991週 続いた休日の習慣が崩れる時、それでも金銭的な計算をこの映画代何年分と考えてしまうルウェリン。ここいらがこの短編の雰囲気を決定していると思う。
 そしてラスト。ある意味書き方によってはまさにコメディでしかない物語がこんなにも胸に迫るものになるところが凄い。
 あと殺人研究家の柳下毅一郎をここで訳者に持ってくるのもなかなか。サイコな事件である「マエストロを殺せ」と合わせて訳した柳下氏の文体の切り分けも楽しめました。

◆「マエストロを殺せ Die, Maestro, Die!('49) 柳下毅一郎訳
 というわけでもないけれど、次も柳下訳。
 ジャズバンドをひとつの生体として描いた短編。クライムストーリーとして、このひねり、凄いです。ジャズファンは楽しめること、確実。これは▽ではなく<キモメン文学>という定義があるらしいですが、、、。

◆「輝く断片」 Bright Segment('55) 伊藤典夫訳 ▽
 最初のおどろおどろしいシーンから、このような物語を結晶化できるスタージョン、凄い。上記二編より下にしたのは、主人公と他者との関係の描写が一方的で少ないため。しかしその分、濃密ではありますが、、、。これもミステリー雑誌に載っていたら、異彩を放つこと間違いなしの名品。

◆「旅する巌 The Traveling Crag('51) 大森 望訳 ▽(ちょっと)
 これはこの本では他の1篇(秘す)と合わせて2編だけのSF。タイトルはある新人作家が書く傑作のタイトル。作家のエージェントが触れるある秘密。この作家が山に一人隠遁している人物として設定されているが、この孤高というかストレンジャーな感じがよい。

◆「ニュースの時間です And Now the News...('56) 大森 望訳 ▽(ちょっと)>
 今年の星雲賞受賞短編。本書の中ではこのくらいの順位かな、と。でも奇妙な感覚は一級です。これもある理由で隠遁する主人公を描いている。それにしてもこのねじくれ感、相当のもんです。
 それにしても、本作の初出は1956年のF&SF。その表紙は上の右から2つ目。凄いですね、この時代にこういう掲載誌で、超絶技巧を駆使した小説を書いていたスタージョンって、改めて凄い。そして今年の星雲賞。やはり50年は早かった小説なのでしょう。

◆「ミドリザルとの情事 Affair with a Green Monkey('57) 大森 望訳
 これ、案外好きです。割とシンプルなアイディアストーリー。主人公の女性とその夫の関係と、夫の強引な偏見描写が秀逸。そしてオチの部分と合わせて、独特の手触りを構成している。

◆「君微笑めば When You’re Smiling('55) 大森 望訳 ▽
 これも主人公の強引な描写が面白い。あとその相手との関係から生み出される奇妙な一夜。これはでも普通のミステリー的ではあります。

◆「取り替え子 Brat('41) 大森 望訳
 シチュエーションが面白い一篇だけれど、小品という感じ。アメリカの家族親族の描写とか面白い。

関連リンク
『輝く断片』刊行記念大森望× 柳下毅一郎×中原昌也トークショー
神田本店 1階さん: ♪大森望さんצ柳下毅一郎さんトークショーのご報告★
かめの洞窟日記さん: スタージョンについて語る

WEB本の雑誌 課題図書
すみ&にえ「ほんやく本のススメ」 『輝く断片』
Theodore Sturgeon Literary Trust

・『輝く断片』(Amazon)

当Blog記事
シオドア・スタージョン『ヴィーナス・プラスX』大久保譲訳
『願い星、叶い星』アルフレッド・ベスター/中村 融訳

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コメント

BPさん、まいどです^^。毎日暑いですね。
大森さんのサイト情報ありがとうございました。

「夢みる宝石」はおもしろそうですね。捜してみます。

>スタージョンが「プレジデント」に!! なんか凄い。
実はこの書評につられて買いました(笑)。
#「プレジデント」は夫が定期購読している私の愛読雑誌(^^ヾ。
載ったのは2005/8/1号(http://www.president.co.jp/pre/20050801/index.html)です。
ライターは豊崎由美さん。「『輝く断片』と『マエストロを殺せ』はキモメン文学の金字塔」と大絶賛!うーん読むのが怖い(苦笑)。

投稿: shamon | 2005.08.08 20:50

 shamonさん、まいど! コメント、ありがとうございます。

>>スタージョンを知ったのは実はごく最近なんです^^;。
>>ですので「夢見る宝石」はまだ未読です。「輝く断片」は今日買ってきました。

 「夢見る宝石」、shamonさんがティム・バートンの『ビッグ・フィッシュ』がお好きなら、ばっちりの傑作です。

>>「プレジデント」の書評によると、今スタージョンはちょっとしたブームのようです。

 スタージョンが「プレジデント」に!! なんか凄い。私は時代小説でなく、スタージョンを読むプレジデントの下で働きたいぞっと。

>>訳者の大森望さんは昔、徳間書店のムックで「攻殻機動隊論」を書かれた方ですね。
>>昨日自宅でこのムックを見ていたらお名前があったのでびっくりしました^^;。

 有名な大森氏のHPは下記ですが、今はスタージョンの「ニュースの時間です」の星雲賞受賞のタテが飾られていますね。【夏のスタージョン祭り】とのことです。
http://www.ltokyo.com/ohmori/

投稿: BP | 2005.08.08 09:30

こんばんは、BPさん。お返事感謝です。
TBお送りしました。

スタージョンを知ったのは実はごく最近なんです^^;。
ですので「夢見る宝石」はまだ未読です。「輝く断片」は今日買ってきました。

「プレジデント」の書評によると、今スタージョンはちょっとしたブームのようです。短編集もその一環でしょう。スタージョン初心者としてはうれしいです^^。

訳者の大森望さんは昔、徳間書店のムックで「攻殻機動隊論」を書かれた方ですね。昨日自宅でこのムックを見ていたらお名前があったのでびっくりしました^^;。

投稿: shamon | 2005.08.06 21:28

 shamonさん、いつもコメント、ありがとうございます。最近、うちのBlog、コメントが途絶えていて寂しかったので、嬉しいです(^^;)。

 おお、「不思議のひと触れ」、これも良いですね。まだ今年は晶文社からも短編集が出るみたいで、とても楽しみです。

 shamonさんはスタージョンでは何が好きですか?僕はダントツで『夢見る宝石』です。あの全体に漂うムードが最高です。

投稿: BP | 2005.08.06 00:29

BPさん。こんばんは。

実は今「不思議のひと触れ」を読んでます(笑)。スタージョン作品は初めてですがとてもおもしろいです。
この奇想コレクション、丸善本店でも注目度が高いのか一杯おいてありました。スタージョン以外の作品もおもしろそうですね。

投稿: shamon | 2005.08.03 21:25

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