■村上龍 『半島を出よ』
『半島を出よ』
◆異文化接触 !
遅まきながら読了。これ、異文化コンタクト小説としてなかなかのレベルになっている。特に上巻。福岡へ侵入した北朝鮮の特殊部隊が触れる日本社会の驚くべき生活。我々の知らない北朝鮮の視点から日本を眺めた時、日本がどんな風に見えるかというシミュレーションが凄い。貧富の差と社会理念の違い。ここを読むだけでもこの小説は凄く面白い。
僕はここの描写からアーサー・C・クラークの『銀河帝国の崩壊』『都市と星』の主人公アルビンが異文化世界に出会うシーンを思い出した。
◆ポリティカル・フィクション
加えて上巻のポリティカルな面白さ。日本の政治の無能ぶりと、それによる外敵に対する無防備さの露呈。北朝鮮はテポドンなどはいらない。強靭なわずかな数の兵士と複葉機と戦略さえあれば、日本の一部を占拠できるという現実が、我々日本人に突きつけられる。
きっと政府内ではこの小説のことは禁句になっているのではないか。たぶん今の日本にこれと同様の事態が起きたとして対処の方法はない(よね、きっと)。だから政治と防衛の場ではきっとこれに対する議論は誰も触れられないのではないか。つい先日、ミサイル防衛(MD)システムの配備を前倒しにするニュースが報道されていたが、ちょうどこれを読んだ後だったので、妙にしらけた感じに聞こえた。
◆魅力的な北朝鮮の特殊部隊と情けない日本人
特に上巻は、高麗遠征軍の側の視点が圧倒的に日本の政治/民衆側よりも魅力的に描かれている。日本人の情けなさの描写はちょっと書きすぎなんじゃないかと思えるくらい。村上龍、よほど日本人が嫌いなのだろう。僕は特に日本政府というより福岡の民衆側はもっと賢い立ち回りができるとちょっと思うけど、、、。あとなんでこんな軍隊が攻めているのに逃げる人がいないのか、不思議。自分の生活は維持しなきゃいけないから、と村上龍は書いているが、ちょっと違うのでは。僕だったら、まず逃げるけど。
◆そして戦いの終章へ
で、その情けない日本人の中で唯一戦うのが、詩人イシハラが緩やかな連帯で率いる精神的フリークスたち。なんらかの深いトラウマを持ち、世間と隔絶して生きるオタクたちがのそりと立ち上がる。まるで京極夏彦の史上最強の探偵・榎木津礼二郎のような絶妙の言語感覚の持ち主のイシハラをはじめ、このグループの面妖さは相当なもの。
記事の冒頭の写真、福岡のシーホークホテルを舞台に繰り広げられるテロ。なんで日本はこんな対抗策しかできないのか、と情けなくなるが、このグループの視点で描写される「美しい時間」へと結晶化していく瞬間が本書の中でおぞましくも光っている。グループの一員のカネシロのセリフ。
「これがおれがずっと夢見てきた世界なんだ。他にはもうどこに行ってもこんな世界はない。やっと見つけたんだ。だからおれはここに残る。」
若干中だるみする下巻だけれど、ここと最終章の女兵士キム・ヒャンモクの部分は素晴らしい。
◆村上龍作品 お気に入り順
『愛と幻想のファシズム』 『コインロッカー・ベイビーズ』 『EV.Caf´e(イーヴィー・カフェ)―超進化論』 『超電導ナイトクラブ』 『希望の国のエクソダス』 『イン ザ・ミソスープ 』 『ラブ&ポップ―トパーズ〈2〉』 『悲しき熱帯』 『共生虫』
◆関連リンク
・備忘録さんの『半島を出よ』関連地図
・Japan Mail Media.
・村上龍と坂本龍一の非公認のファンサイト
・村上龍 - Wikipedia
・「ベストセラー本ゲーム化会議」(BGK)『半島を出よ』
・村上龍作品リスト(Amazon)
◆以下、悪用厳禁の侵略者撃退テクノロジー
・ヤドクガエルとは。 『爬虫・両生類ビジュアルガイド ヤドクガエル』(Amazon)。ヤドクガエルを買える(!!)ショップ。
・V型成形爆破線について 爆破施工のトップランナー 株式会社カコーのダイナミックニュース 鉄塔解体。発破の知識
・H-ⅡAロケットの打上げ前段階における 技術評価について(P35) 「HⅡロケットにおいても1/2段分離機構も構造を切断しているV型成形爆破線自体はシングル・ポイント・フェイリアであり、1段/SRBの結合部(前方側1点、後方側3点)も各々の分離機構部自体はシングル・ポイント・フェイリアである」
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コメント
コメント、ありがとうございます。
日本政府がこの状況で作戦にゴーをかけられるどうかですね。
人命尊重で決断できないのではないかと。
投稿: BP | 2008.08.02 07:03
>たぶん今の日本にこれと同様の事態が起きたとして対処の方法はない(よね、きっと)。
陸自の特殊作戦群があるから大丈夫でしょ。
投稿: | 2008.07.31 22:57
マスコミはレベル低いですね。これは間違いなく。
ただ政治家は普通マスコミよりも頭がいいんです。
だからまず北朝鮮が攻めてこない。
攻めてきても普通に処理される。
まあだから攻めて来ないわけですが。
それじゃあこの話はなかったことになるわけですから実も蓋もないですけどね。
拉致とかをちまちましてる金正日のほうがまだましかもしれませんね。
投稿: カイゾー | 2005.12.22 08:41
カイゾーさん、こんばんは。
>>小泉や安倍あたりは普通にちゃんとやりそうな気がするけど
>>どうでしょうね?
この人たちは、やりたいでしょう。でも日本のマスコミのレベルの低さを考えると、もの凄いネガティブキャンペーンの展開になるでしょう。自民党すらつぶれかねないのではないかと、、、。マスコミをうまく扇動して勝ってきた小泉は、そんな自滅行為は、やんないのではないでしょうか。
>>あと村上龍は絶対に自民党の候補者にはならないでしょね。
あ、これは間違いないですね。やらないと思うけれど、もしもやるなら、『愛と幻想のファシズム』みたいに自分で政党を立ち上げるでしょうね。(でもあのしゃべりとルックスじゃ、日本のマスコミや大衆には絶対受けません。そこんとこはよく認識されていて、そんなことをするとは思えませんが、、、。JMMとかで、文化人御意見番をいろいろやってる方が好きなのだと思います。)
投稿: BP | 2005.12.21 22:42
浅間山荘事件あたりでちゃんと対応したと思いますが。
福島瑞穂とかあほな政治かもいますが
小泉や安倍あたりは普通にちゃんとやりそうな気がするけど
どうでしょうね?
一応だから政権は常に自民党なわけだし。
日本国民が一様に日本国民を馬鹿にするのが意味わかりません。
あと村上龍は絶対に自民党の候補者にはならないでしょね。
投稿: カイゾー | 2005.12.21 00:19
カイゾーさん、はじめまして。トラックバックもありがとうございます。
>>大体テロというのは首謀者の居場所がわからないから厄介なのであってここにいますという相手は普通に逮捕されるだろう。
この小説で一番の日本の課題は、人質をとられたときにどう日本が対処できるか、ということではないでしょうか。
たぶん今の政府には、人質を殺されてもテロリストを倒すという判断は無理。だって政権倒れますモン、日本の民意のレベルから言ったら。ここをクリアできないと、対策案にならないと思うのは僕だけでしょうか。
イシハラたちは、そんなもん、何も気にする必要がないから倒せたのであって、日本が独自に倒すことの出来る道は、ないのではないでしょうか。
だから今、同じことをされたら、どう対処するか手がない。あ、でも今なら、アメリカ軍の介入が現実策でしょうね。今のところ、見捨てられていないから。
投稿: BP | 2005.12.20 23:28
福岡ドーム付近を包囲して放って置けばそのうち食料が尽きるだろうし。居場所がわかるのだからこの際攻め込んでもいいと思う。北朝鮮兵士と兵器はどのようなものかわからんが自衛隊の装備のほうが数段上のはず。大体テロというのは首謀者の居場所がわからないから厄介なのであってここにいますという相手は普通に逮捕されるだろう。以上対策案でしたw
投稿: カイゾー | 2005.12.19 23:09
naokimaさん、はじめまして。TBとコメント、どうもありがとうございました。あと「nimazの日記」の感想、拝見しました。
http://plaza.rakuten.co.jp/nimaz/diary/200507300000/
漫画化するなら、さいとうたかをと小林よしのりの合作で、とのこと。 <-- これ、強烈な作品になりそうですね。なんか凄く読んでみたくなりました!! 確かにこの作品は、並みの漫画家では歯が立たないでしょう。
北朝鮮側をさいとうたかを、イシハラグループ+その他日本人を小林よしのりでやるというのは、もしかして作者の意図を最も伝えられるかもしれませんね。
投稿: BP | 2005.08.01 02:57
初めまして。「半島を出よ」を読み終わったばかりで、何か無性に、他の人の感想を聞きたくていろいろとblog等読んでましたら、こちらへ行き当たり、きれいに評されているのと関連リンクも充実されてましたので、TBさせて頂きました。
私もキムヒャンモクの章は好きです。
投稿: naokima | 2005.07.30 18:05
りょーちさん、はじめまして。
りょーちさんもやはり『愛と幻想のファシズム』と『コインロッカー・ベイビーズ』ですか。そうですね、僕も読み直したくなりました。イシハラグループには「ダチュラ」感覚が溢れていましたね。
でも、本作、中盤、気迫が落ちたような気がしました。村上龍も年くったなというか、パワーで押してくる感じがこの2作と比べると弱いかなって思いました。
投稿: BP | 2005.07.29 00:12
こんにちは。りょーちと申します。
久々に村上龍を読んだのですが、文字通り大作でしたね。
本書を読んで「コインロッカー・ベイビーズ」や「愛と幻想のファシズム」をもう一度読んで見たくなりました。
ではでは。
投稿: りょーち | 2005.07.28 11:35
TBありがとうございました。
非常に共感できる読評です。
またよろしくお願いいたします。
投稿: fujiking | 2005.07.23 22:46