■古川日出男 『LOVE』
今回も才気走った古川の文体が楽しめます。
とにかく詩的で現代的で戦闘的なこの文体のリズム/魔力をまず体験してみてください。
そして、きみだ。ゼロ地点にいるきみだ。きみたちだ。カナシーと秋山徳人だ。
きみたちは、長い、長い、長い話をしている。
それは意気投合だった。奇跡的に邂逅して、きみたちは意気投合した。カナシーは我知らず、じゃ、つぎの曲、と言った。秋山徳人は、演奏を傾聴するカナシーを前に、真剣に心をこめて演奏して、それから、いろいろ話した。演奏の合間に、雑談した。真剣な無駄話だ。(略) どうして、そんな展開になったのか。カナシーは秋山循人の名前を知り、ノリヒト君、と呼び、秋山徳人はカナシーの名前を知り、椎名さんとも可奈ちゃんとも呼ばずに素直に、カナシー、きみさぁ、と呼びかけた。その時、すべてははじまっていた。すべてだ。全部だ。そこはゼロ地点で、だから世界の中心で、そこから一切が弾けている。一〇〇メートル。
ドナドナは「玄人」と言った。バイク便の男にむかって。無名の、配達の男にむかって。
「おい、ちゃちな銃、使ったって、無駄だぞ」と言った。
男は答えない。
「お前だろ?」とドナドナは細い、細い声で囁いている。「わたしのビジネスを邪魔したな?お前だろ? 正直になりなって」
男は答えない。
「行方不明事件にも、からんでるだろ?なあ、わたしは暴力の痕跡を追ってるんだから、わかるって。おい、あんたは業者だろ?なあ、最後にひと言だけゆうよ。わたしは、フリーだ」
ドナドナはなにかを投げている。なにかが、無名の男の胸に刺さっている。ドナドナは男にむかって走っている。それから銃を奪い、それから、瞬時に処分する。
二人称で切り取られた主人公たち/動物たちの鮮烈な日常。地上に降りた神の視点から眺めた現代のスケッチという短編連作。現代を否定的に描く文学はたやすいかもしれない。だけど、こんな風に崖っぷちで立ち止まって、日常を鮮烈に描写してしまう切り口がとても魅力的で、お薦めです。(Amazon)
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