■村上春樹『東京奇譚集』
村上春樹『東京奇譚集』(公式サイト) (<みなさんの「奇譚」>コーナーが楽しめます)
村上春樹の新作。5編のちょっと奇想な小説集。
いつもの村上春樹の端正な文体に心地よく身を任せて読んでいくと、いつしか一歩隣の奇妙な世界に紛れ込んでしまう。それほど傑作という感じでもなく、まさしく小品といった小説達。
◆「偶然の旅人」 Chance Traveler
これはこの短編集の冒頭にふさわしい一編。作者本人のジャズにまつわる偶然が織り成す奇譚から入るという体裁になっており、不思議な世界への導入に適した構成。でも、村上の読者は既に彼の小説が不可思議な現象を効果的に使っている例を知っているわけで、ちょっと蛇足っぽく感じたのも事実。
この話に出てくるような偶然は、確率的にはありえることじゃないかと思える。登場人物のセリフにある「偶然の一致というのは、ひょっとして実はとてもありふれた現象なんじゃないだろうか」というのは、まさに人の数と人の関わる数え切れない事象に対して、確率的に今日も何かが起こっているはずでうなずいてしまう。が、しかしその先をみせるような小説にも期待したいのでだけど、、、。
◆「ハナレイ・ベイ」 Hanalei Bay
これが一番、気に入りました。主人公の女性の淡々とした行動の中の深い悲しみが光る一編。村上春樹はこういう描写、素晴らしいです。ラストの「ハナレイ・ベイ」という言葉の置き方がなんともかっこいい。
◆「どこであれそれが見つかりそうな場所で」
Where I'm Likely To Find It
これが僕には一番奇妙な小説でした。ただ一人の男が失踪し、遠く離れた場所で見つかるだけ。何かが起こっているのだけれど、何も具体的には奇想な現象が表出しない。でもその裏に広大な広がりのある悪、みたいなものが感じられる、という奴。これも村上春樹定番。
きっとあの幽気が漂うような文体がこうした想像を誘発するのでしょう。端正だけれど、悪意や暴力を湛えた水脈を人に想起させるこの人の文体の不安感って、なんなのでしょうね。もしかしたら、模写してみるとわかるのかも。
この小説の冒頭。「夫の父は三年前に、都電に轢かれて亡くなりました」。あとに全く関係のないこの一文。こうしたものが、何かを誘い出しているのだろうか。
◆「日々移動する腎臓のかたちをした石」
The Kidney-Shaped Stone That Moves Every Day
ここにも謎を湛えた魅力的な女性が登場。そしてその正体は、、、。
うまいなー、このストーリーで正体が○○ですか。直接関係しないようでどっか無意識レベルで繋がっているような、この絶妙のイメージのバランスがいい。でもフィーリング会わない人には、ちっとも面白くないでしょうね。
◆「品川猿」(書下ろし)Shinagawa Monkey
これが二番目に好き。なんといっても「猿」が良い。
この小説も、カウンセラーとか区役所の土木課とか高校生の名前とかアルツハイマーとか、無意識レベルで何やら響いてくる組み合わせの妙がある。
「羊男」につながるような「品川猿」。こいつもユーモラスな語り口も楽しめます。
◆関連リンク
・『東京奇譚集』
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コメント
お子さんの読んでいる本、面白そうですね。
私も昔っから不思議話大好きです。
投稿: romi | 2005.12.08 00:06
fuRuさん、はじめまして。
「ハナレイ・ベイ」、良いですよね。
af_blog: 「東京奇譚集」---村上春樹でfuRuさんが書かれている「その溝にそおっと近寄っていって覗き込むこと」、そういう感じですね、この作品。端正であるけれど、そこに闇みたいなものがのぞいているのも、村上作品の魅力のひとつです。
投稿: BP | 2005.12.07 21:50
romiさん、コメント、ありがとうございます。
romiさんのslowly but surelyで書かれているように「「何かの神様」というように考えても良いだろうという事は、私たちの生活の中でも、時々顔を出している」、って同感です。
うちの子供が『本当にあった嘘のような話―「偶然の一致」のミステリーを探る』 という本を読んでますが、まさにそういった事例を集めていて、面白いらしいです。
投稿: BP | 2005.12.07 21:45
はじめまして。TBありがとうございます。
『偶然の旅人』は、本当に冒頭に相応しい一編ですよね。
こちらからも、TBさせて頂きたかったのですが、今、TB機能が不具合で…直りましたらさせて頂きます。
投稿: romi | 2005.12.07 14:26
TBありがとうございました。
「ハナレイ・ベイ」
僕も好きですね。
投稿: fuRu | 2005.12.05 09:39