■フーベルト・ザウパー監督 『ダーウィンの悪夢』
Le Cauchemar de Darwin / DARWIN’S NIGHTMARE / ダーウィンの悪夢
公式HP Official Site
Unifranceフランス映画情報 ダーウィンの悪夢
(詳細データ)
NHK BS世界のドキュメンタリーで放映された『ダーウィンの悪夢』を観ました。
想像以上に過酷なタンザニアのヴィクトリア湖畔の町ムワンダの地獄のような現実。どんな現実かは柳下毅一郎氏の日記に詳細が書かれているので参照下さい。
◆ドキュメンタリーで語られる地獄のメカニズム
1ドルで魚工場の夜警を務める男(上記写真中央)。最初の登場シーンから既に凄い殺気が画面に漂っている。まるでデビッド・リンチの映画の登場人物のようだ。
元兵士で「何人殺したかは覚えていない」と語るこの男の見ているアフリカの現実が、観客にこの殺気とともに届けられる。「貧困に喘ぐアフリカでは兵士の高給は貴重。飢えた人々の多くは戦争が始まれば国が兵士として雇ってくれるので、戦争を望んでいる」(←趣旨概要。以下同様)
ビクトリア湖で捕れた魚(ナイルパーチ)を欧州へ食料として輸送する飛行機のロシア人パイロット(?)が語っている。
「魚を積み込む飛行機で、欧州からアフリカ(アンゴラ)へ戦車らしきものを運んだことがある。会社がそれで稼いでいる。、、、俺はこれでも世界の子供たちの平和を願っているんだ。」
そしてもう一人の男が語るアフリカの戦争と経済援助、食糧援助の実態。
「ある国でひとりの人間が死ぬ。そうすると誰かがこれを敵国による殺人だと言う。それが国連にとっての戦争。そこから食糧援助が始まる。本当は戦争なんてないのさ」
ドキュメンタリーでありながら、幻想と現実が奇妙に入り組んだアフリカの今が観客に提示される。いや、ドキュメンタリーであるからこそ、幻想と現実の混沌の様があらわになるのかもしれない。(逆にフィクション映画は現実と違ってわかりやすい。特にハリウッド映画(とテレビのニュース)は、この混沌を隠蔽するかのようにわかりやすい。)
◆メカニズムの自律的矯正
このドキュメンタリーは、この混沌とした人物たちの語りから、過酷の原因を以下のような物語として観客に提示しているように思う。
①アフリカで戦争と飢餓が広がる
②経済援助の名の下に多くの資金が投入される
③その資金で武器が先進国から購入される
④その武器輸送のカムフラージュのため(?)に魚が飛行機でアフリカから運ばれる
⑤食料として欧米、そして日本の食卓にヴィクトリア湖の魚が並ぶ
ヴィクトリア湖畔の貧しい人々は残った魚の腐ったアラを揚げて食べる
そして④⑤の結果として①が拡大する。
我々がこの映画を観て地獄を感じるのは、①の映像を観ることで⑤までのメカニズムの中に自分たちも含まれていることを直感するからなのではないだろうか。そして①から⑤までの循環の中の人々は、おおかた自分と家族の生活を維持するために日々を生きており、その各行動は間違っていない。多くの人々の(ある面での)善意の行動がひとつの経済サイクルになった時に、そのどこかで生まれる地獄。
この連鎖を断ち切る(軽減する)のには、地獄が一部に偏るこの経済サイクルのメカニズムを、どうズラして平均化するか、そういう命題の建て方をするしかないのでは。メカニズムのどこをどう変更すると、自律的に地獄が平均化するか??
どこかの陰謀説に落とすのではなく、日々の生活の善意に根源があるのを踏まえて、このしんどいメカニズムに切り込むしか答えはないのかも。
こんなメカニズムの話を、僕はマイクル・コニイの『ブロントメク!』(サンリオSF)で読んだことを思い出した。『ブロントメク!』も生態系と経済援助の物語です。(以下、復刊.ドットコムより)
惑星アルカディアを回る六つの惑星が五二年に一度揃って空にかかる時、高潮に乗って何兆というプランクトンの群れが、海面にカタツムリの足跡のように輝いた。
このマインドと呼ばれるプランクトンと巨頭鯨は共生関係にあった。マインドは密集することにより人間のテレパシー能力を増幅させる、リレー効果を持っていた。人々は催眠術にかかったように次々に海に入り、やがて黒いヒレの群れとひとつになり血の海に呑み込まれてゆく。子供を守る見返りにマインドは餌を要求するのだ。
こうして過去二年の間に全人口の3割は他の惑星へ移住、経済は崩壊に瀕していた。そんな折、巨大企業ザリントン機関が経済復興の援助を申し出、アルカディア議会はそれを承諾。やがて移民として無定形生物と巨大トラック・ブロントメクの群れが送り込まれて・・・。
◆『ダーウィンの悪夢』予告篇 Trailer
◆関連リンク
・Hubert Sauper フィルモグラフィ
・当Blog関連記事
◆07.02/03追記 映画の内容とタンザニアの現実の乖離について書かれてます。
・フーベルト・ザウパー監督による映画『ダーウィンの悪夢』について 吉田 昌夫
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コメント
こんばんわさん、おはようございます(って、へんな挨拶(^^;))
>>『ダーウィンの悪夢』の描き出すタンザニアは、残酷な現実という印象
>>の出来事の連続で、その一つ一つの客観的視点が失われていたように思い
>>ます。それが私になにがしかの違和感を覚えさせていました。
客観的視点という感じでは無かったですね。その生活の中にどっぷり浸かって、その民衆の視点で描いているというか、、、。選んだ取材対象がその土地の平均値だったかどうかが、この場合問われるのでしょうね。
ウェブでタンザニアに詳しい方による批判的記事を見つけました。ダルエスサラーム便り―ビクトリア湖の環境問題―。興味深いビクトリア湖の漁業の実態にも触れられていますが、『ダーウィンの悪夢』の描いた地獄と、実態との違いについては残念ながらほとんど述べられていません。
投稿: | 2006.03.30 06:09
こんばんわです。
ご意見、頂き有り難うございます。
私自身はもぐらの国さんのサイトを本編より先に見ていたせいか、いささか複雑な印象です。
『ダーウィンの悪夢』の描き出すタンザニアは、残酷な現実という印象の出来事の連続で、その一つ一つの客観的視点が失われていたように思います。それが私になにがしかの違和感を覚えさせていました。
追伸。意見を求めておきながら、コメントを書くのを遅れて申し訳ありません。
投稿: こんばんわ | 2006.03.29 19:53
こんばんわさん、はじめまして。
興味深い記事の紹介をありがとうございます。
もぐらの国さんの『ダーウィンの悪夢』に疑問を呈する記事(Le Monde.fr : 「Contre-enquête sur un cauchemar」より)。
そこにリンクされているE-chikoさんののDawin's Nightmare
大変、興味深く読みました。
僕の見解は、事実はルモンド誌が伝える通りなのか『ダーウィンの悪夢』が正しいのか、データがなく判断できないけれど、フーベルト・ザウパー監督が現地で感じた「現実」を最も効率よく100分で観客に伝えようとした時に、この映像を選択したのなら、映画として有、というものです。
ケレン味が強すぎるというのは僕も感じましたが、全体からこの監督の真摯さが伝わってきて、僕はこの描き方には好意的。でもE-chikoさんの書かれる様に「科学的説明や事実関係の説明」がもっと必要というのは賛成です。
この観点で、僕がもっと知りたいと思ったのは、映画が登場人物のセリフとしてそれらしく提示した武器輸送とナイルパーチの関係についてのデータ。
これはほのめかすだけでは公平性を欠くように思う。難しい問題であり、どうアプローチするか考えただけで頭が痛くなるけれども、本来ジャーナリストが期待されるのはそうした部分なので、ここについてはもっとデータで語る必要があったと思います。知りたい。
投稿: BP | 2006.03.26 21:53
このサイトで「ダーウィンの悪夢」を知りました。
勝手ながら、貴重な情報をいつも有り難うございます。
このドキュメンタリーに関して、疑問を呈している記事をご存知でしょうか?
もぐらの国さん
http://d.hatena.ne.jp/dcsy/20060306
上記のサイトはネット検索して見付けたものです。
そのサイトでも書かれていますが、
私自身もこのドキュメンタリーには
見落としがあるように思います。
出来れば、この件についてご意見を頂ければ
幸いです。
失礼しました。
投稿: こんばんわ | 2006.03.26 18:44