■樋口真嗣監督 『日本沈没』
森谷司郎監督の前作がデザスターパニック映画だったとすれば、今回は特撮SF映画。何故、特撮SFかは観た方には説明不要ですよね。僕は災害映画でしかなかったら、その物語の懐かしさだけを楽しむことになるのかな、と思って観に行ったのだけれど、どっこい特撮SFとして映画は構築されており、たいへん楽しめました。東宝の特撮SF映画の現代版達成を観たければ、この映画、絶対におすすめです。
樋口真嗣監督の設定した本作のテーマは、まさにこの特撮SF映画へ『日本沈没』を化けさせることと、そして『日本沈没』を阪神・淡路大震災後の物語として再構築することにあったのだろう。そしてその二つの視点から観て、この映画は成功している。『日本沈没』の原作の良さを持った上で、換骨奪胎してこのテーマを見事に表現していると思う。かつ特撮と映画としての画面構成の的確さも素晴らしい。エンターティンメントとしてもレベルが高い。(ただ主人公小野寺俊夫が前半の何やってんだかわかんないドラマ作り(「イギリスからオファーが」と言いまわって日本の重大事に何もしていないぷーたろうにしかみえない)と、草彅剛の演技にさえ目をつぶれば(^^;))
二つ目のテーマは、阪神・淡路大震災の被害者のことを考えたら、ある意味、地震を見せ物にしかねないこの映画がどう撮られるのか心配だったが、しかしこの映画は見事にそこに配慮し答えている。震災の被害者がこれから日本の中で、どう活躍される可能性があるかを提示した映画ではないだろうか(詳細はネタばれ部分で)。
----------ネタばれ注意!!------------
◆特撮SF映画としての達成
アップル - Pro/Film&Video - 映画監督 樋口真嗣
「それだけに同じものを作ったのでは、絶対に前作を超えられないと思いました。そこで、監督を引き受けるにあたって、一つ条件を出しました。それは『日本が沈没する』という基本線は変えないけれど、結末を変更するということ。危機に遭遇した人間が立ち向かい、乗り越えていく姿を描きたかった。この映画は、僕なりの新しい『日本沈没』です」(樋口監督)
かつての映画ではみんな逃げてました。沈む日本から逃げるというお話でした。今回我々が作った映画は、ここにいる登場人物を演じた皆さん全員が、それに対して恐れず立ち向かいます。これから我々もどのような試練が来るかわかりません。そうしたときにどういう姿勢で向かっていけばいいか、そういったことを自分の中で願いを込めて、ここにいる登場人物を演じた皆さんとともにやりました。(樋口監督)
樋口監督は子供時代に前作と衝撃的に出会って、33年ぶりにリメイクを自身の手で撮った。ここからは推定だが、小学生だった樋口少年は、前作を観たときに興奮するとともに違和感を持ったのかもしれない。今まで観ていた東宝特撮映画のいい部分、怪獣や破滅の日に立ち向かっていく人間の姿がないのが凄く不満だったのではないか。何故逃げるだけで立ち向かわないのか、『妖星ゴラス』をすら切り抜けた東宝特撮テクノロジーはどこへ行ったのか、と(^^;)。
本作でそれを解消するクライマックスは、まさに樋口少年のフラストレーションの炸裂であるのかもしれない。細かいところではいろいろと言いたいこともあったけれど、この心意気と水平線に炸裂する爆炎がみえただけで本望(^^;)。
(一個だけ書くと、映画としては小野寺がクライマックス手前まで何をやっているのかわからない緊迫感のなさが弱点。イギリスからオファーを受けたというネタではなく、D計画上で結城といっしょに動けない、何か重要な役目を割り振っておけば良かったのに。)
◆阪神・淡路大震災後
この二つ目のテーマに関して、僕が、1970年代でなく今もし日本が沈むとなったら、本当にそこに立ち向かう/自分の身を呈して人を助けるという仕事をどれだけの人間がやれるか、ということを疑問に思いつつ映画を観ていたのがいい方向に作用している。
自分含めて世の中を見回した時に、われ先に逃げ出す人間が圧倒的に多くて、そんな現代の空気の中でどうD計画を成立させるのかな、と。
これに対しての映画の回答は、阪神大震災の被災者(それもその頃の子供たち)が現時点の「日本沈没」という災害に最も対処できる人々であり、その人たちが引っ張っていく形でD計画並びに市井の人々の脱出を実現していくのではないか、というもの。
阿部玲子の設定と冒頭の少女を助けるシーン、これがこのテーマをくっきりと提示している。映画では玲子の行動のみから、それを描いているが、たぶん映画世界でのD計画推進の原動力はそうした被災経験者からうまれたものではないかと感じさせた。
誰がこの時代に他人の救助に命を投げ出すだろう、という不遜な考えは、災害に直接見舞われていない地域に住んでいた自分の脳天気で批評家的な駄目さを痛感させる。地震映画に対する受け止め方は、きっと関西と新潟、普賢岳等地域の人と、災害を経験していない我々とで大きく異なるのではないか、と改めて思った。
これを描けているだけで、この映画は素晴らしいと思う。(はたして被災地域の方々がこの映画をどうとらえられたか、非常に興味がある。この感想自体、ただの脳天気な感想と読めてしまうのかもしれない、、、。)
◆関連リンク
・『日本沈没OFFICIAL BOOK―沈没へのカウントダウン』
・映画「日本沈没」撮影協力 JAMSTEC
地球深部探査船「ちきゅう」 有人潜水調査船「しんかい6500」
| 固定リンク
コメント
ミのつく職人さん、こんばんは。
リンク先、いくつか拾い読みしましたが、面白いですね。
ところでネットを読んでいると酷評が多いですね。それもそれぞれもっともに読めてしまいます。まあ、僕のはこんな感想ということで軽く読み飛ばしてもらったほうがいいかも(^^;;)。
先日森谷司郎の前作を見直してみましたが、つぼを押さえた演出で、凄くよかった。それと日本人の顔がみんな今よりも真剣で、映画の中の出来事にはこの時代の空気のほうが合っていますね。
ひさびさに見直して感心してました。
投稿: BP | 2006.07.26 23:54
おもしろいの拾ったんでココに置いておきますね。
http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/filmnc06/eri_qa.html
投稿: ミのつく職人 | 2006.07.26 18:27
てれすどん2号さん、上田早夕里さん、shamonさん、こんばんは。コメントありがとうございます。
>>僕は大阪なので、直接甚大な被害を受けていません。ただ大学は兵庫なので、
>>ひとごとには思えません。まだ深い傷をおっているかたもいるのではないでし
>>ょうかねえ、、、。
関西方面での客足の伸びと劇場での反応はどんなものなのでしょうね。
>>映画的によくも悪くも影響している部分があって(製作委員会側と、映画を
>>撮る現場の価値観のズレみたいなものを感じました)キレの悪い印象になっ
>>ている部分もあると思うのですが、監督の本来の意図というのは、赤ん坊を抱
>>いた母親のエピソードに濃縮されているような気がします。
あ、たしかにあのエピソードは生々しかったですね。全編にあのトーンが流れていたら、ずっと映画の印象は変わったでしょう。特撮SFな部分とミックスしたら、それはもしかしたら異様な傑作になっていたかもしれません。
監督の意図はもっとリアルな描写を狙っていたが、製作委員会側はエンタテインメントとしてギリギリで抑えたかったということだったのでしょうか。
>>中盤、「主人公は誰?」と一瞬思ったことを除けば(爆)。
同感です。あんな危機管理大臣が現実にもいれば、秋の総裁選は決まりなのに、、、。
>>ところでしょうもない話なのですが、田所研究所の猫、あまりの巨大さに、
>>最初、犬かと錯覚しました(^^;
目立ってましたね。あのりっぱなひげで地磁気の変動を感知し、田所博士の「勘」を手助けするお利口な猫かもしんないですね。
投稿: BP | 2006.07.19 01:17
こんばんは、私も観てきました。楽しめる映画ですよね。
中盤、「主人公は誰?」と一瞬思ったことを除けば(爆)。
投稿: shamon | 2006.07.18 20:07
やっと、この話題解禁ですね。私は5月末の試写会で観ていたので、7月までの2ヶ月近く、公の場で何も言えないのが、もどかしくてもどかしくて……。
VFXは、さすがでしたね。この映画、確かに、実在の震災との関連を抜きには語れない作品になっていると思います。私は神戸の震災で家族を亡くしているので、そのあたりの制作側の配慮は敏感に感じました。それが映画的によくも悪くも影響している部分があって(政策委員会側と、映画を撮る現場の価値観のズレみたいなものを感じました)キレの悪い印象になっている部分もあると思うのですが、監督の本来の意図というのは、赤ん坊を抱いた母親のエピソードに濃縮されているような気がします。
ところでしょうもない話なのですが、田所研究所の猫、あまりの巨大さに、最初、犬かと錯覚しました(^^;
投稿: 上田早夕里 | 2006.07.18 10:33
TBありがとうございます!妖星ゴラスの名前がでてきて感銘をうけました(笑)やはり特撮モノは何事にも「挑戦」ですかね。僕は大阪なので、直接甚大な被害を受けていません。ただ大学は兵庫なので、ひとごとには思えません。まだ深い傷をおっているかたもいるのではないでしょうかねえ、、、。
投稿: てれすどん2号 | 2006.07.18 00:44