■円城 塔『Self-Reference ENGINE』
円城 塔『Self-Reference ENGINE』(Amazon)
ハヤカワ・オンライン
〈ハヤカワSFシリーズ Jコレクション〉進化しすぎた人工知性体が自然と一体化したとき、僕と彼女の時空をめぐる冒険は始まった。イーガンの論理とヴォネガットの筆致をあわせもつ驚異のデビュー作。Jコレクション創刊5周年記念作品
これは傑作。変態で不条理、雄大でユーモラスなハード(?)SF。
特に奇想小説ファンは、是非読まれることをお薦め。素晴らしく脳がひっくり返る奇妙なイメージ世界を堪能できます。
全体が二部構成、18編のそれぞれが独立して読めるバラエティに富んだ短編集(連作というよりこちらの表現が近いと思うがどうだろう)。しかし全体で、ひとつの大きな通常の人間の認識ではとらえきれないだろう世界が描かれている。素晴らしい。
★★★★★★★★以下、ネタばれ、注意★★★★★★★★
僕が好きだったのは、下記の7編。
◆「A to Z Theory」
二十六人、ぴったりアルファベットAからZまでの名前の数学者が同時に単純にして美しい定理を発見する物語。何が起きているのかわからない不思議なダイナミズムにまず一撃。
◆「Event」
神父Cのテーゼというのがまず面白い。
そしてそこから逃れるために巨大知性体が選択した自然現象そのもので演算する方法。これにより世界の時間律は解放され、人間が過去を改変されることに慣れてしまった世界。とにかくこれもわけがわからないが、自然現象そのもので知性体が計算を創める、というところのイマジネーションが凄い。
◆「Freud」
これぞハードSF版不条理日記。
「床下から大量のフロイトが出てきた。」この一文のインパクトが凄い。フロイトとはもちろんジグムント・フロイトその人。二十畳の和室の畳の数と同じだけ、二十人のフロイトが亡くなった祖母の家で発見されたら、貴方はどうしますか?
◆「Contact」
人類と巨大知性体の、宇宙人とのファーストコンタクト。
その宇宙人アルファ・ケンタウリ星人は、「Event」で描写された人類が想像すらできない巨大知性体に対して、さらに知性階梯を30段ほど登ったところにいるという。既にあまりに想像力の限界の果てのさらに彼岸まで行ってしまった存在の描写に、我々読者も巨大知性体とともにアタフタするのみ。
この途方もないアルファ・ケンタウリ星人に言語中枢をのっとられてコミュニケーションのツールにされた巨大知性体ヒルデガルドが、その体験を詩篇として幻想的なレポートとしてまとめた25テラバイトの文章が興味深い。地球知性が途方もないものと出会った時、その表現ツールとして文学はまだ有効なようだ。しかし自然で演算する知性体の書いた詩篇、たぶん我々に理解はできません。これぞ究極映像じゃ。
◆「Japanese」
この一編、恐ろしく完成度の高い短編。
発見された日本語文書は、その文字120億文字が全てが別々の文字で記されている。
そして最初期に発見された14ページの一度は解読されたと思われた文書も実は、、、。人類と巨大知性体の知力を尽くした戦いの描写として、この設定とラストの落ちが素晴らしい。あー、なんて凄い短編なんだ。
◆「Yedo」
知性階梯を30段ほど登ったところにいる超越知性体アルファ・ケンタウリ星人とのコンタクトの手段として、地球巨大知性体のとった戦略は、喜劇専従の巨大知性体八丁堀とサブ知性体ハチによるお笑い駄法螺演算だった。
超越したものとのコミュニケーションは、天才と馬鹿の紙一重を超えて、馬鹿の領域でコンタクトしようという、恐ろしくも馬鹿馬鹿しいハード数学SF(?複雑系SF?)。
◆「Disappear」
そして滅んだ巨大知性体。その理由は因果律を超えて、人間が想像した原因は全て否定されるところに存在する。決して手の届かないイマジネーションの世界を、群盲が撫でる、というのがこの本の巨大なテーマであるのかもしれない。まさにこの一編もそうした結構を持っている。
とにかくこの不条理哲学超知性体SFに、ノックアウトされました。
この作家の次が見逃せません。
◆関連リンク
・Self-Reference ENGINE | Self-Reference ENGINE
円城 塔氏本人のBlog。Profileによると、ここの社員さんらしい。凄まじい想像力を駆使したウェブサイト開発の仕事をしているのか!?
・重力と恩寵: オブ・ザ・ベースボール―円城塔
『文学界 2007年 06月号』 文藝春秋
第104回文學界新人賞発表-受賞作『オブ・ザ・ベースボール』円城塔(Amazon)
・円城塔(wiki)
・菊池誠氏のkikulog
Self-Reference Engine (円城塔、ハヤカワJコレクション)
・nozomi Ohmori SF page (since Mar.31 1995)
(SFセミナー)合宿企画では、(略)Jコレの部屋では、「『Self-Reference ENGINE』を20分割したものを配る」というネタがそれなりにウケてめでたしめでたし。円城さんはすでにベテランの落ち着きで質問を次々に処理。新人らしい初々しさに欠けるのが問題と言えば問題か。
ちなみに、「なにが書いてあるかわからない」と塩澤編集長から突き返された円城短篇「Boy's surface」は(予想通り)志村弘之に異様にウケていた。ちなみにBoy's surfaceとは、射影幾何の3次元空間への埋め込みのひとつで、日本語だとボーイ曲面(たぶん)。ボーイは、それを発見した人の名前なんですが(Werner Boy)、もしそれが男の子だったら……という駄洒落から生まれたボーイ・ミーツ・ガールの初恋物語(と推定)。(略)
・Hash lab | Self-reference ENGINE
ところで,円城氏は金子研のOBで,関数マップという超マニアック研究をヒトリコツコツやっている(た)人.関数が関数に作用して,関数自体が時間発展していく.要は,オペレータとオペランドの分離不可能性を真っ向から扱っている,複雑系ルール(ダイナミクス)派の仲間だと(勝手に)思っている.その彼が,「Self-reference ENGINE」と来たのだから,読むのがとても楽しみなわけである.
・東大 総合文化研究科 広域科学専攻相関基礎科学系 金子邦彦研究室 関数マップ
ペンネームは金子邦彦『カオスの紡ぐ夢の中で』収録の短編「小説・進物史観―進化する物語群の歴史を観て」に登場する自動物語システムが名乗る筆名のひとつに由来する。
| 固定リンク
コメント
Lydwineさん、はじめまして。
勝手なリンク、お許しください。「オブ・ザ・ベースボール」未読ですので、まだ斜め読みさせていただいた状態です。『文学界』で読了した上で、しっかりと感想を読ませていただこうと思ってます。すみません。
>>「Self-Reference ENGINE」が「オブ・ザ・ベースボール」の調子であの厚みだったら、と思うと臆し、買わなかったのですが、「短篇集のよう」とのこと。再検討します。
数学が苦手で、複雑系は知らない僕でも楽しく読めましたし、なかなかのエンタテインメントぶりですので、ご心配には及ばないかと。
ただバカSFと呼ばれる作品をお好きでないと、付いていけない部分もあるかも、です。
今後ともよろしくお願いします。
投稿: BP | 2007.06.05 23:56
「重力と恩寵」を書いているLydwineです。
「オブ・ザ・ベースボール」について触れたブログはあまたある中、関連リンクに弊ブログを置いていただきありがとうございます。
「Self-Reference ENGINE」が「オブ・ザ・ベースボール」の調子であの厚みだったら、と思うと臆し、買わなかったのですが、「短篇集のよう」とのこと。再検討します。
投稿: Lydwine | 2007.06.05 14:44