■デヴィッド・リンチ監督 『インランド・エンパイア』 David Lynch's Inland Empire
INLAND EMPIRE 予告篇 (公式HP)
ようやく東海地区でも公開された『インランド・エンパイア』、待ちに待って初日の第一回で観て来た。
劇場は伏見ミリオン座。実はここの映画館、今まで行ったことなかった(^^;)。とても雰囲気がよくて気に入りました。(今頃、名古屋の映画ファンとしてモグリと言われそうだけど、、、。) 他の映画館が一館として上映しない中、東海地区で初上映してくれたことに本当に感謝。
さて、傑作『マルホランド・ドライブ』から6年間。自分にとって今のところオール・タイム・ベストな映画の後、リンチがどんなものを撮ってくれるのか、本当に楽しみにして観た。
■この生っぽい感覚
『マルホランド・ドライブ』で映画芸術を究極まで完成させた(ように僕には感じられた)デヴィッド・リンチ、今度はこう来たかってのが率直な感想。とにかく映像と音を作りこんで、あのマジカルな空間をスクリーンに構築してしまった後、この映画監督がめざしたのは、こうしたリアリティというか、生の感覚だったのか、と。
シンメトリカルスタジオで作られたサウンドはあいかわらず素晴らしいの一言。『マルホランド・ドライブ』のクラブ・シレンシオのシーンは、リンチの素晴らしい音響設計がなくてはあそこまでの空間は構築できなかっただろう。今回も、選曲と効果音設計がとにかく素晴らしい。
で、生の感覚はどこから来ているか、これはもちろん、映画フィルムからDVへカメラを変えたことによる。とにかく映像がラフで荒い。カメラはSONYのDVCAMカムコーダー DSR-PD150。当時は最高クラスの小型ビデオカメラだったのかもしれないけれど、いかんせんハイビジョンではない。
大画面では耐えられないような画の荒さ(うちのハイビジョンハンディカムの方が当たり前だけど、ずっと映像が鮮明で美しい)。そして、オートフォーカスを使っているのだろうけれど、ところどころピントもブレブレ。おまけに手持ちで映像はグラグラ、アップの多用で顔が歪みまくり。
さらに荒いのは画像だけでなく、演技もラフ。そしてやたら長まわしでとりとめなく映像がダラダラと進む。展開もライブ感覚。たぶんリハーサルとかでカメラワークや俳優の演技を作りこんで撮るのでなく、わざと即興的に撮っている。カメラワークもその時の気分だろう。
特に思ったのは、怖い顔のおばちゃん(グレイス・ザブリスキー)とローラ・ダーンがコーヒーを飲むシーンで、執事がコーヒーをカップに注ぐシーン。あのカメラワークは今までの映画ではありえない。ほとんど家庭用ムービーでパパがコーヒーポットを追いかけてカメラブレブレで撮った映像。
とまるで否定的に書いているのだけれど、実はそれによって生まれたのが、独特の生っぽい雰囲気。まるでプライベートな空間を覗き見しているような隠微で陰惨な感覚が立ち上がってくる。それが三時間続く(全部がDVでなく、きっちり作りこまれた映像もかなりあるけれど、、、)。
僕にはストーリーの謎解き(さんざんネットでも語られているみたいだけれど)よりも、その映画の中枢をしめるこの映像のタッチが印象的だった。
■何故、今、生っぽさ?
『インランド・エンパイア』デヴィッド・リンチインタビュー - シネマトゥデイ
Q:なぜ今回はデジタルで撮影したのですか?
デジタルの場合は時間が短く、コストも削減でき、どんなアイデアでも実現可能なんだ。映像や特殊効果など、すべてを可能にしてくれるたくさんの機能やツールがあるので、デジタルはとても良いと思っているよ。また、フィルムでの撮影では多くのクルーが必要だし、セッティングに時間がかかるけど、デジタルの場合は時間がかからないので、現場のムードが変わらないうちにどんどん撮影を進めていけるんだ。
Q:デジタルを使うことで新しい発見はありましたか?
フィルムに比べて操作性が抜群だね。今後はデジタルでしか撮らない。高い精度が得られるので、もうフィルムに戻る気はないよ。
雑誌 Movie Maker誌インタビュー
For his latest experiment, the legendary moviemaker embraces a DIY approach.
With film, you wait for two or three hours to move the camera and light the damn thing. This is what kills a scene; it kill it. So this thing (DV's quickness) gives life to the whole process.
現場のムードのことをここでは"life"と言っています。どうやらリンチは、今までの映画で死んでいた部分に命を吹き込みたいと考えているように読める。
そして先ほど「生っぽい」と書いた部分だけれど、今回の映画は、完成度としては恐ろしく『マルホランド・ドライブ』と比べると劣るのだけれど、そこにはない生々しさを獲得していることだけは確か。
『マルホランド・ドライブ』で今までのフォーマットの線上にある映画を極北まで進めてしまった後、リンチが自分の映画に足りないと思ったのがこの"life"なのだろう。これを獲得することで『マルホランド・ドライブ』の先を目指したのがこの映画の本質のような気がする。
リンチが描きたかった"life"というのが何なのかは、Movie Maker誌にも触れられてない。今までの映画が持ち得なかったような何らかの生命感かもしれない。確かにDVで撮ったりしたドキュメンタリタッチの映画は何本もあるけれど、どっかこの映画とは肌触りが違うと思う。
ザラザラとしたわけのわからない肌触り。これが僕の観た『インランド・エンパイア』の印象だ。この解析をすることがリンチの今後の映画でめざす方向を炙り出すことになるのだろうけれど、僕にはまだザラザラ感を体感できたのみ。DVDで観ると、また違ったイメージが観られるのかもしれないが、まずはここまで。
◆関連リンク
・オリジナルサウンドトラック『Inland Empire』(amazon) 9/11発売!
・DVD デヴィッド・リンチ『インランド・エンパイア』
・滝本誠『渋く、薄汚れ。フィルム・ノワールの快楽』
リンチの歌姫 レベッカ・デル・リオとジョセリン・モンゴメリ
・デヴィット・リンチの美術展 カタログ感想
『The air is on fire, David Lynch』
・デヴィッド・リンチ 『インランド・エンパイア:Inland Empire』
ビデオブログ と リンチサイン入りグルメ・コーヒー
・DEVID LYNCH 新作 『Inland Empire』
・デビッド・リンチ Inland Empire続報
・デヴィッド・リンチ監督『インランド・エンパイア』予告篇
・デヴィッド・リンチ監督と牛@『インランド・エンパイア』
・『インランド・エンパイア』ベネチア映画祭上映
・DEVID LYNCH 新作 "Inland Empire"
・YouTube - デビット・リンチ作品
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コメント
榊原遥さん、おはようございます。
>>じつは私も東海住まいなのですが、十日ほど前に、シュヴァンクマイエル展ついでに新宿にてフライング観賞して参りました。謎が残ったら伏見で二度目を……と思っていたのですが、残りすぎた為にDVD版を待つ方向に。
普通、東京まで出かけたら観ますよね。僕は諸事情で日帰りだったのでシュヴァンクマイエルだけで満腹して帰りました。、、、と言いつつ、東京都写真美術館のリンチグッズ売り場だけは覗いてきたのですが(^^;)
>>敢えて解釈の類は読まないようにしているので、まだ上映終了直後の客席を支配していた「ポカーン」の空気が頭を覆ったままなのですが、2、3の雑感を。
この感覚、よくわかります。
初日初回というきっとリンチファン度の高い回で観たのですが、それでも2~3人、途中退場してました。
>>・個人的に、監督の初期作品『イレイザーヘッド』の世界を強ーく感じました(特に序盤)。異質な「生っぽさ」がリンクしたのかも。
僕は実は『イレイザーヘッド』との関係は想起したのですが、あまり強く感じられなかったです。昨年観直した時、思ったほど実は手作り感覚を感じなかった(映画っぽかった感触)ので。も一回観てみるべきかも。
>>・ドッキリみたいな要素のせいもありますが、いわゆる映画の「ホラーな」シーンで恐怖を感じたのって久しぶりかも。
リンチはローラ・ダーンを徹底していたぶっているので感情移入して観てたら怖かったです。
>>・観ている間は"ものすごいご馳走が目の前にあるのに、見たこともない料理だから、食べ方がわからない"ようなもどかしさで一杯でした。いつかきちんと消化したいですね……。
あ、これうまい表現ですね。
確かにこの映画は味わい方を発見できてない感じ。
たぶんリンチがぼけてきたからではなく(滝本誠氏は「認知症」という得意の言葉を使ってますが)、映画を新しい地平へ持っていこうとしているのだと思うので、この方向で完成度を上げていくだろう次作に期待したいと思います。それまで我々はDVDで味わい方を発見しましょう。
投稿: BP | 2007.09.09 08:38
『インランド・エンパイア』、東海地方では本日からでしたね。
じつは私も東海住まいなのですが、十日ほど前に、シュヴァンクマイエル展ついでに新宿にてフライング観賞して参りました。謎が残ったら伏見で二度目を……と思っていたのですが、残りすぎた為にDVD版を待つ方向に。
敢えて解釈の類は読まないようにしているので、まだ上映終了直後の客席を支配していた「ポカーン」の空気が頭を覆ったままなのですが、2、3の雑感を。
・個人的に、監督の初期作品『イレイザーヘッド』の世界を強ーく感じました(特に序盤)。異質な「生っぽさ」がリンクしたのかも。
・ドッキリみたいな要素のせいもありますが、いわゆる映画の「ホラーな」シーンで恐怖を感じたのって久しぶりかも。
・観ている間は"ものすごいご馳走が目の前にあるのに、見たこともない料理だから、食べ方がわからない"ようなもどかしさで一杯でした。いつかきちんと消化したいですね……。
投稿: 榊原遥 | 2007.09.09 01:35