■ジェイムズ・ティプトリー・Jr. /浅倉久志訳 『輝くもの天より堕ち』 Brightness Falls from the Air, James Tiptree Jr.
カバー絵のイメージ 僕は左から3番目が近い感じ
輝くもの天より堕ち(ハヤカワ・オンライン)
翼をもつ美しい妖精のような種族が住む銀河辺境の惑星ダミエム。連邦行政官のコーリーとその夫で副行政官のキップ、医師バラムの三人は、ダミエム人を保護するため、その星に駐在していた。そこへ〈殺された星〉のもたらす壮麗な光を見物しようと観光客がやってくるが……オーロラのような光の到来とともに起こる思いもよらぬ事件とは?
ティプトリーの長編初翻訳出版、ワクワクして読み始めた。
結果はまさしくティプトリーの作品。578ページの隅々にティプトリーが存在し、ファンには素晴らしい作品になっている。僕は今のところ、本年のSFベスト。(たいして読んでないけど(^^;))
たしかに透徹した思考で徹底的にクールに人類を描き出している往年の短編群に比べると、スパイスが弱い部分もあるかもしれない。しかしその舞台設定であるとか、登場人物一人ひとりへの気づかいとか、SF小ねたアイディアとか、紛れもなく全編にティプトリーらしさが横溢している。作家の衝撃的な死の後、20年を経て、長篇小説を新刊として読むことができる日本のファンは幸せである。
◆全体
ミステリタッチではあるけれど、謎解きストーリーになっているわけでない。ノヴァとなったヴリラコーチャと、その光景を二十光年離れた惑星ダミエムで観光するツアーの面々。
それぞれの登場人物とヒューマンが背負った過去。特にヒューマンがヴリラコーチャとダミエムで背負った二つの大きな罪の設定が深い。その残虐性は数々人類が21世紀まで延々続けている愚行の高純度のもの。それに絡んで事件が発生し、各登場人物の人生が浮き彫りにされてくる。SFならではの設定で描かれるこの縦糸と横糸が読み応え充分。
若干類型的な人物も出てくるが、SF設定と密接に関係し、ほかではちょっと読めないスケールの世界が提示されている。
ノヴァ前線で観られる光景と、翼を持ったダミエム人の美しい姿のイメージが素晴らしい。
◆関連リンク
・Brightness Falls from the Air, James Tiptree Jr..
冬樹 蛉氏のレビュウ
・大野万紀氏のレビュウ 津田文夫氏のレビュウ 岡本俊弥氏のレビュウ
・『輝くもの天より墜ち』(amazon)
・ジェイムズ・ティプトリー・Jr.(wikipedia)
・【作家紹介】ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア
・当Blog記事
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア/浅倉久志訳
『すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた』
◆ネタばれ(以下、未読の方はご注意を)
P541 まだ完全に消去されてないもうひとつの現実によって、彼女の不可欠な一部が奪いとられるのではないか、という不安
これは、時間転移でリニックスを助けたバラム医師が持つ不安。ここの描写は、ティプトリーらしいと思ったところ。極限下での人間の感情の描写がいいです。
P557 それまでだれも見たこともなければ、想像したこともない美をもたらした。・・・ちょうどここにあるような・・・樹木や雑草や岩石までも。そして何世代ものあいだそのびにさらされているうちに、ヴリラコーチャ人は体が衰弱して死んでいった。
ラストで明かされるヴリラコーチャ滅亡の真実をほのめかした部分。この美をもたらす破滅の種子というのも鋭利な刃物のような設定。この後もティプトリーの宇宙史が書かれていたら、きっとこの設定が、より雄大な話としてまとめられたのではないでしょうか。おしいなー。
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