■『電脳コイル』第25話「金沢市はざま交差点」
第25話「金沢市はざま交差点」 (公式HP)
脚 本 : 磯 光雄 松澤洋介
絵 コンテ : 野村和也
演 出 : 野村和也
作画監督 : 板津匡覧
いよいよあと2話となった『電脳コイル』。
数々の伏線を回収しつつ、ひとつの物語としてクライマックスを迎えようとしている。
第25話は、金沢市はざま交差点からコイルドメインの大黒市子入へと舞台を大きく移動しながらの大空中戦と、子入神社でのイサコの現在とヤサコの過去が描かれる。
とくにラストのタイトルバックと重ねて描かれる物語にはゾクゾクと鳥肌がたった。ストーリーテーラーとしての才能とアニメ演出家としての磯光雄監督の手腕。
オーグメンテッド・リアリティというテクノロジーを用いることで、空中戦の動と無意識世界の静のコントラストをひとつの映像空間に見事に表現。24話までで積み上げてきたこの『電脳コイル』の物語が、その動と静のコントラストとして結実して描かれた第25話。
来週の最終話の行方は??
★★★以下、ネタばれ注意★★★
◆集合無意識の光景
ヌルたちによると、彼らは苦しみの種を食べるうちに、苦しみを求める生き物としての命を得たそうです。(23話)
コイルスの資料によると、ヌルキャリアは初め、心のカケラを集める探査装置だったそうです。(25話)
資料によるとイマーゴの発見は偶然だったらしいわ。量子回路のある特殊な基板パターンが過去、例をみないほどの高性能なアンテナになることにコイルスの主任技師が気付いた。おかげで微弱な電磁波でも高速通信できるようになり、今の電脳メガネと革命的な通信インフラが実現した。
当然コイルスは、その現象の理論を解明しようとしたけれども、原理すら分からなかった。しかし、現象の再現と回路のコピーだけは簡単だった。経営者は量産に踏み切り、コイルスは急成長した。
でも、技師の発見はそれだけじゃなかった。回路が電磁波以外の何かを受信していたのを発見したの。
人間の意識よ。技師はそれをイマーゴと名づけ、更に実験を繰り返した。人間の意識を電脳空間に取り出したり、イマーゴを逆流させて意識を操作したり。そして、イマーゴを中心としたコイルシステムを構築し、電脳医療に応用した。(23話)父さんはイマーゴを開発して、世界で初めて人間の集団無意識を電脳空間化したんだ。(25話)
コイル・ドメインの謎が明かされた。それはヌルキャリアによって集められた人の無意識を集合化した電脳空間だという。だが、それがなんのために作られたのかはまだわからない。たぶん電脳医療の延長上で人間の意識の謎について知りたいという研究者(猫目父)の研究目的という側面が大きかったのではないか。意識を受信することに成功した後、その延長で無意識領域までをもテクノロジーの対象としたのだろう。
その空間は崩壊しかけている。左の映像がそれであるが、この索漠とした無機的な寒々とした描写がなかなか痛い。無意識を覗き込もうとしたことが電脳コイル世界の不幸の源であったかのような描写。テクノロジーが犯してはいけない領域である、というようなフィーリングが感じられるが、磯監督の真意は? 最終回でどのように決着するのか、興味深いところ。(僕は無意識領域をこのようにとらえるというのは、なんだかちょっと違和感がある。もしもそれを科学で分析することができる技術ができたら、探索してみるのもありなのかなと(関連記事))
◆意識不明の子供たち
本来データとして電脳空間上に存在するだけのはずの電脳体が分離すると、何故現実体は停止するのか。ここについては以前僕なりの推定を書いたのだけれど、まだ今のところ謎のままになっている(と思うがどうだろうか)。次の猫目の言葉が次回どのように展開し、謎が明かされるのか。
あのアバズレを利用して世界中のイマーゴのガキどもを意識不明にしてやるんだ。
イマーゴの子供たちは、イサコのようになんらかの原因で意識不明になった者に電脳治療を施して、電脳空間上のプログラム化された意識である電脳体が、もともとの意識の代わりを果たして健常者と同様に活動させているのではないか、というのが僕の予想。4423の被検体として植物人間状態なのがイサコの現実体の姿なのかもしれない、そして実はヤサコも、という邪推。
世界中の電脳医療を受けている子供たちがイマーゴの機能を停止させられて意識不明に陥ることが来週起こるのかどうか。最終回30分でどう大団円を迎えるのか、瞠目して待て。
私はコイルスの医療機で4423を探している。天沢勇子を探している。
あのヌルキャリアは、おじじが集合無意識の電脳空間へ行ってしまったイサコの電脳意識体を探している描写なのかもしれない。
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