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2008.09.10

■池谷 裕二, 木村 俊介『ゆらぐ脳』 レビュー・2
  脳の自発活動と意識

池谷 裕二, 木村 俊介『ゆらぐ脳』
 前回、脳の先端映像と音響について触れたのだけれど、今回は後半で述べられている脳の自発活動と意識と無意識について。

 仮説を立てずに実験データの生の解析を重視する、と言う池谷氏だけに踏み込んで書いてはいないが、読みようによっては『進化しすぎた脳』からさらに突っ込んで脳と意識について述べている。

「意識」といえば、今は花形の研究です。(略)私は「自発活動は、意識の源泉じゃないんだなぁ。がっかりし たなぁ」とは思いませんでした。むしろ、自発活動は意識なんていう表層的なものであってほしくなかったので、よかったなぁと思いました。(略)意識は人間 の活動の本の一部の現象で、意識を重要視すぎることは、いわば滑稽と言ってもよいくらいのものですから。(P200)

 これ、かなり凄いことを指摘しているのではないか。「意識」を重視して、その謎が解明できればノーベル賞ものと自分たちで言っている脳科学への批判であるとともに、デカルトの「我思うゆえに我あり」、近代そのものの否定ですらある。(にしても「意識なんていう表層的なもの」とは凄い挑発(^^;))

 この本ではさわりしか触れられていないが、脳研究の過程で池谷氏が得たデータの蓄積から自然に彼が認識している世界観がこうしたところに如実に出てきているのだろう。ここで意識の正体について、仮説を語ることを池谷はしていない。しかし、この後述べられている以下のような部分で、だいたいどんなイメージを持って、彼が「意識なんていう表層的なもの」をとらえているかはぼんやりとわかる。

「ノイズ」と言われていた自発活動に重要な役割があるのかもしれないように、脳を考察する上では無意識の世界にこそ重要な役割が隠されているのではないかと思われるのです。

人の「もの思い」のゆらぎは特に脳の言語野の活動を活発にしたという結果が出ていて興味深いのです。人は言葉がなければ深く考えたり、物思いに耽っ たりもできないのかもしれない。そのくらい私の心には言語は深く影響を与えています。一方、チンパンジーの「もの思い」(外見でボッーとしている時)の脳 の活動は言語野だけではなく情動や欲情をつかさどる部位が活発になったそうですから、ボッーとしているにしても人間と動物は根本的に異なることをしている のだなぁと推測できるのです。

自発活動は、脳の活動全体の七割や八割を占めています。(P201)

 意識と言語野の密接な関係。
 自発活動が大部分で人間のみが持っている(かもしれない)意識。科学的に書けないから、言っていないけれど、意識の正体をどう考えているかは、明確なのではないか。

 これらのバックデータの一つとして挙げられているのがP212。

 脳の自発活動を観察していると、ボタンを強く押すか弱く押すかは、意識が決めているのではなく、その前三十秒から二十秒前の自発活動の「ゆらぎ」によって決定されているという研究(2007NEURON誌)が紹介されている。

◆非エルゴード的神経細胞ネットワーク

 脳の神経細胞のネットワークは非エルゴード的(恒常的な多重安定性が成立しない)」と主張した論文は受理されませんでした。(P217)

 ここで書かれているのは、その成り立ちから科学が必須でその再現性を必要とするのに対して、観測したデータが語る以下のこと。

 生命の活動は、「一回性」と「不可逆性」に彩られています。(P218)

 ここから「「再現性がない」ということが再現するというアプローチ」しか、非エルゴード的(再現性のなさ)な神経細胞のネットワークを科学として記述する手段はないのではないかと記している。

 宇宙と同じくらいの広がりを持った脳の神経系の組み合わせが、再現性を持たないビッグバンや進化といったものと同じ振る舞いを持つ。
 科学ではアプ ローチがもしかしたらできないかもしれない、それでもデータを取り続けることで挑み続けて行くという強靭な意志。

 そこからデカルトの否定という前段で引用したような認識が生まれてい るのでしょう。まさに科学との先端での戦いの記録がここにあります。

 科学の限界性とか、脳と意識と言語の問題に関心がある方にお薦めの一冊。
 哲学ではなく、実験重視の生命科学からこうしたアプローチが開花しようとする瞬間に立ち会いたい方も、是非。

◆関連リンク
・今後の出版予定

 『進化しすぎた脳2』 (仮題)
 発売日未定 母校での脳科学講義録。前作『進化しすぎた脳』を超える興奮です!

・視覚+触覚情報が生む新しい「境界」:「ゴムの手を自分と感じる錯覚」 | WIRED VISION
 前半に書かれていた「ラバーハンド幻覚」とその進化形の実験ビデオ

・東京大学大学院薬学研究科・薬品作用学教室の公式ホームページ

回路活動は数十秒間は一つの活動状態に安定にとどまるが、しだいに新しい安定状態を生み出し、内発的に新しい状態へと移行する。 我々はこの特徴的な動態を、非平衡熱物理学の観点から「非エルゴード的なメタ安定性」であると考察し、新しい回路オペレーション・モードとして紹介した。

自著を語る|脳を「分からない」から照らしだす
 木村俊介(きむらしゅんすけ  インタビュアー)

  脳とタイトルにつく本にダマされてきたという人も、多いのではないでしょうか。「セロトニン」「ノルアドレナリン」などと用語はサイエンスっぽいけど、結 論は、「脳はこういう性質だからあなたがサボってしまうのはしょうがない」(なぐさめ)「脳はこういう性質だから小さいことからコツコツがんばりましょ う」(はげまし)

(略)「したり顔で、何でもかんでも『脳の性質からすれば……』と解説をしているけど、こんなにたくさん発言していて、この人、ほんとうに脳の研究 をしているのかなぁ。本業の研究の成果は何?」……と、「脳を語る人」を「うさんくさいんだよなぁ」と感じている人にこそ、本書はカユいところに手の届い た「あぁ、こういう本が読みたかったんだよなぁ」と思えるものになっているのではないでしょうか。

 これって、某脳科学者批判では?? 意識に関する挑発的な言説といい、一度対談したら面白いのでは。でもそんなことで実験の時間を割いてほしくないというのが本当か。
『ゆらぐ脳』特設サイト|文藝春秋
 ここはつまらない。
ScienceDirect - Neuroscience Research : Watching neuronal circuit dynamics through functional multineuron calcium imaging (fMCI) 
多ニューロンCa2+画像法(functional multineuronal  calcium imaging、fMCI)
フルフレーム高速共焦点スキャナ

 ニューロンの細胞体の一過性Ca2+上昇がスパイク出力を反映していることを利用して、光学的にスパイク時空パターンを再 構築する手法である。fMCIは数百個のニューロンの活動を同時にモニターできるため、神経ネットワーク研究に有用な知見をもたらす新世代の大規模記録法 として注目を集めている。

・高速カメラが捉えた生命の神秘.

私たちの研究室では世界最速の共焦点レーザー顕微鏡で生命の働きを撮影しています 百聞は一見に如かず 2000分の1秒の衝撃  ミクロ世界をご覧ください

◆当Blog記事 関連リンク
意識を持ったロボット
『進化しすぎた脳』レビュウ
中沢新一『森のバロック』レビュウ
茂木健一郎 『プロセス・アイ』Process A.I.

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