■感想 村上春樹『1Q84 BOOK1<4-6月> BOOK2<7-9月>』
いまさらベストセラーの書評というのも気がひけるのだけど、『1Q84』の感想。
いろいろとメモとっていたら、結構長文になった。ネットで長文は苦痛なので、興味のない向きは、右の写真だけ見て、読み飛ばしてもらえれば幸い。
写真はNASAの写真を加工したもの。あなたの1Q84にどれだけイメージが合っているか、、、。
あれ、全然雰囲気違うぞ。そーです、僕も小説とはイメージ合わないなー、と思いつつ掲載(^^;)。このイメージではSF、また別の物語ですね。
★★ネタばれ注意★★ (一応、御約束)
◆総論 紙の月 ではまず『1Q84』冒頭のエビグラフから。
ここは見世物の世界
何から何までつくりもの
でも私を信じてくれたなら
すべてが本物になるIt's a Barnum and Bailey world,
Just as phoney as it can be
But it wouldn't be make-believe
If you believed in me"It's Only A Paper Moon"
(E.Y.Harburg & Harold Arlen)
『ペーパームーン』のこの歌詞の引用から開幕した今のところ二冊の長編は、脆弱な基盤に構築された現実が、あるポイントで幻想世界へと分岐していく様子を描いた物語である。
この歌詞のとおりに、村上の書く我らが現実は見世物のようだし、そこに描かれた二つの月を持つ世界は、紙のように作りものだけれど、天吾と青豆の10歳の時の教室の記憶が、幻をひとつのリアルにする。
◆村上春樹の空気感
この本が何故売れたか。大げさにいえば現実が村上春樹的世界に近づいている証左ではないか。
人との深いかかわりを遺棄して希薄化していく現在。しかしそれを望んだにもかかわらず、相反して拡大する底知れぬ不安。
これって、僕らがそのデビュー作から読んできた村上作品そのもののコアのような気がする。デビュー当時、僕は凄く村上の登場人物が、浮世離れした者にみえて、実は馴染めなかった。5年ほど前に『風の歌を聴け』から再度、読み直してみた。まるで空気のように今度は違和感なく読めた。感覚が小説世界に馴染み、すんなりと自分に入ってくるし、次の作品を空気を求めるように読みたくなって一気読み。
村上が書いていた乾いた人間関係の物語が現実に近づいていて、そして人々がそれを空気のように求めた。その根底には、希薄化した人間関係だけでは辛くなっている部分に、何らかの対応策が述べられているのではないか、という期待も無意識のうちにはあるのじゃないかな、というのが僕の見方。
そして人間関係だけでなく、自分自身との関係も希薄にしていくような、世界に対する違和感といったものが村上小説のコアにある。
◆登場人物の持つ違和感
「(略)私たちは自分で選んでいるような気になっているけど、実は何も選んでないのかもしれない。それは最初からあらかじめ決まってい ることで、ただ選んでいるふりをしているだけかもしれない。自由意志なんて、ただの思い込みかもしれない。(略)」(青豆)
「もしそうだといたら、人生はけっこう薄暗い」(あゆみ) (P344)「(略)空に浮かんだ月は同じでも、私たちはあるいは別のものを見ているのかもしれない。四半世紀前には、私たちはもっと自然に近い豊かな魂を持っていたのかもしれない」
「(略)人間というものは結局のところ、遺伝子にとってのただのキャリアであ
り、通り道に過ぎないのです(略)」(老婦人 P385)
では村上の登場人物は、どのように世界に対して、自分に対して違和感を抱いているのか。今回、上に引用したこのような部分で顕著に描かれていると思う。
自由意志のない意識の問題を、遺伝子の乗り物であるという観点から諦観として描いている。 そして青豆の生き方に顕著に示された体の自然な行動の肯定(但しそれは彼女の幼い日の親による宗教的制約を背景にしているのだが、、、)。
ここにあるのは、自由意志という意識偏重による近代人の持つアンビバレンスそのものだろう。それによる世界の薄暗さの認識と、そこに端を発した自分への不信と他人との距離感のスタンス。
自由意志によりコントロールできないコミニュケーションの不全からの回避。これが自分や他人に対する距離感になり、そして逆に自由意志らしく見える自然体を肯定することになる。
ただここで僕はなんらかの齟齬を感じる。
自由意志を妨げているのが、自然体の自分ではないのか。諦観を持って否定しているようにみえる自由意志を妨げている自分の中の自然の動き、これを肯定しているために、意識優先なのか、それを否定するのか、といったところに齟齬が生じている。この齟齬そのものが問題だということを村上は書こうとしているのか。上の引用部分もそうだし、小説全体からもそのようなスタンスは実は浮き上がってきていない。
意識偏重と書いたように、自由意志を優先しようとする近代の問題そのものは村上は肯定しているように思う。しかし体感的に実は自然体であることを本来の姿として描こうとしている。本来は意識の否定につながる自然体である姿の肯定という齟齬をかかえて。
◆齟齬をどう超えていくか。続編への期待
ここが現代的な部分かもしれない。しかしその齟齬をどう超えていくのか、というのが本来の主題であるはずなのに、その部分はまだ手つかずだ。テーマの一つになっているカルトの問題も、この齟齬の上に無理やりに回答らしき姿を提示する現代的な事象にすぎない。そこを掘っていくことで、超える形を描けるかといったらなんか違うのではないか。リトル・ピープルに騙されてはいけない(^^;)。彼らはたぶん自由意志とは相反するところのものを象徴する存在なのだろうけれど、リトル・ピープルの否定からは、この齟齬の問題には、けりは付かないと思う。
そのとき青豆が月に向かって何を差し出したのかはもちろんわからない。しかし月が彼女に与えたものは、天吾にもおおよそ想像がついた。それはおそらく純粋な孤独と静謐だ。それが月が人に与え得る最良のものごとだった。(P390)
月は相変わらず寡黙だった。しかしもう孤独ではない。(P394)
月に象徴されるものは、青豆の生活として描かれた「孤独と静謐」を尊ぶ自然体でフィジカルなあり方なのだろう。しかしそれは意識と齟齬した紙の月なのかもしれない。この紙の月を真実に変えるのが天吾との邂逅であるはずだ。自由意志と自然体との齟齬の超越、これが続巻のメインテーマであることを楽しみに待ちたい。
青豆をみつけよう、と天吾はあらためて心を定めた。何があろうと、そこがどのような世界であろうと、彼女がたとえ誰であろうと。(P501)
◆関連リンク
・当Blog記事 感想 池谷裕二『単純な脳、複雑な「私」』
この本で西洋近代の「我思うゆえに我あり」という意識尊重主義(?)に対して、科学的な最新の実験結果を示しながら、大きな風穴を開けていることは確か (^^;)。(略)
今回は自由意志というものがどういうものか、ということをデータで示している部分で、かなり突っ込んだ意識についての認識を示している。
自由意志に関して僕の関心は、この本の内容にダイレクトにつながっていきます。
・【『1Q84』への30年】村上春樹氏インタビュー(上) : 出版トピック : 本よみうり堂 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
(略)地下鉄サリン事件で一番多い8人を殺し逃亡した、林泰男死刑囚のことをもっと多く知りたいと思った。(略)ごく普通の、犯罪者性人格でもない人間が いろんな流れのままに重い罪を犯し、気がついたときにはいつ命が奪われるかわからない死刑囚になっていた――そんな月の裏側に一人残されていたような恐怖を自分のことのように想像しながら、その状況の意味を何年も考え続けた。それがこの物語の出発点になった。
自分のいる世界が、本当の現実世界なのかどうか確信が持てなくなるのは、現代の典型的な心象ではないか。9・11のテロで、ツインタワーが作られた 映像のように消滅した。あれだけあっけない崩壊を何度も映像で見せられているうちに、ふとした何かの流れで、あの建物がない奇妙な世界に自分は入り込んだ のだと感じる人がいてもおかしくはない。
・イッツ・オンリー・ア・ ペーパー・ムーン( It's only a paper moon ) - ブルームーン
ペーパームーンのナット・キング・コールの歌の動画と歌詞
・今週の本棚:沼野充義・評 『1Q84 Book1、2』=村上春樹・著 - 毎日jp(毎日新聞)
とはいえ、第二巻まででも、すでに物語の力は相当なものだ。面白い小説を読んだ後、世界がなんだか少し違って見えることがあるが、『1Q84』の読者も用心していただきたい。読み終えた時、あなたの周りの世界はもう200Q年になっているかも知れないのだから。
・村上春樹「1Q84」に登場するヤナーチェック「シンフォニエッタ」の演奏を比較する。: ユーフォニアム認知度向上委員会.
この曲に関して、ヤナーチェックは「今日の人間の自由、平等、喜び、そして時代に立ち向かう勇気と勝利への意志」と書き記している。なお、スコア自体には記 載されていないが、第2楽章「城」、第3楽章「僧院」、第4楽章「街頭」、第5楽章「市役所」という表現がそれぞれ与えられているようだ。全部で約25分 程度の短い曲なので、是非全楽章を聴いていただきたい。最後の楽章では再度ユーフォニアムのファンファーレが再現される。
・単純な脳、複雑な「私」 池谷裕二さん : 著者来店 : 本よみうり堂 : YOMIURI ONLINE(読売新聞).
心の問題から、「自由とは何か?」という哲学的な問いかけまで幅広く、深いテーマを、脳の働きや機能を検証しながら語っていく。最新の論文に至るまで脳研究の最前線を紹介し、時には自らの「仮説」にも踏み込んだ。
・『ヤナーチェク:シンフォニエッタ: ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団』
試聴可能
・『1Q84』重箱の隅 - 旅行人編集長のーと.
まず、この本をめくって謎だったのが、「装画=NASA/Roger Ressmeyer/CORBIS」というクレジットである。NASAの装画って何だろうとぱらぱらと本をめくってみたが、絵も写真も1枚も入っていな い。それなら表紙かと思ってカバーをめくってみたが、そこにもない。不思議だ。それからむきになって隅々まで点検して、ようやくそれらしきものを発見し た。皆様はお気づきになりましたか。カバー表の右下に1は黄色く、2は水色のシミみたいにくっつているものがある。これ、よーく見ると月なんじゃないかと 思われる。いや、ストーリーから考えてもこれは月でしょう。
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