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2010.11.08

■感想 上田 早夕里『華竜の宮』

上田 早夕里『華竜の宮』 ハヤカワ・オンライン

"陸地の大半が水没した25世紀、人工都市に住む陸上民の国家連合と遺伝子改変で海に適応した海上民との確執の最中、この星は再度人類に過酷な試練を与える。黙示録的海洋SF巨篇!"

 先日、新刊メモで取り上げた上田早夕里『華竜の宮』を読了。
 イマジネーションとそして以下に述べる想いに溢れた熱い作品。

◆総論

 『日本沈没』『消滅の光輪』につながる破滅/救出SFの王道をゆく作品。
 破滅を描くSFのアプローチと、そして何よりも救出へ向けた主人公たちの知恵と熱い意志の物語。
 特に救出の意志については、小野寺俊夫、司政官マセ・PPKA4・ユキオの正統な後継である主人公の公使 青澄・N・セイジの強い救出への意志に心動かせられる力作になっている。(そして桂大使ほか官僚と、海のオサ ツキソメ)

 『日本沈没』『消滅の光輪』の対象が、日本/ひとつの恒星系であるのに対して、本作では地球、特に海洋世界の人類の救出がメインテーマである。僕は『日本沈没』と『消滅の光輪』にひときわ強い思い入れがあるので、この救出の物語部分にまず痺れました。P452で青澄が語る意志、ここで強くこれら二つの作品との共鳴が自分の中に沸き起こって熱くなった。

 丹念に描かれた青澄の物語、それによりエピローグで描かれる世界の様は、黙示的で悲劇的なのだけれど、その中で青澄に続く無数の名もなき意志の持ち主達が、それぞれの立場で、全力で破滅に対抗すべく動いている様が想像されて、奥深いエピローグとなっている。

 この小説は長編としての背骨部分の力点は、上記に書いたメインテーマに置かれているのだが、それ以外にも非常に多くのイマジネーションが投入されている。これが作品に、さらに重厚で豊潤なSFイメージを与えている。

◆溢れたSFイメージ

・やはり白眉は、水没後200年の地球生態系の描写。
 魚舟と獣舟、ムツメクラゲと病潮といった海の生態。ツキソメとエドが見る袋人といった新生物。大変革後の地球での新たな進化/人類の介入描写が異様な世界観で描かれている。

・人の副脳として常に寄り添って支援する人工知性体。「僕」という一人称で語られる彼らの物語も、もうひとつの骨格である。僕とR・Rとナンシーを描いている電脳情報戦描写にも興奮する。外交官の人工知性体同士の主人を客観視した会話とか面白い。

・プルームテクトニクス理論を用いた水没する地球。そして「華竜の宮」を想像して描かれるデザスターシーンの映像的な描写。ここは東宝特撮の衛星軌道からの映像と3D CGでのメカニズム説明を立体映画で観てみたい(^^;)。

・L計画:極限環境適応計画というのは『日本沈没』のD計画、人工知性体は『消滅の光輪』のロボット官僚SQ1をどうしても想起してしまう。まさに先行作品のオマージュ。

・月牙:ユエヤーとタイフォンの関係を描く部分は魚舟の設定が見事に活きている。そのラスト 深海底の甲殻類やウナギが死骸を食む描写(P428)もクールで凄絶。

・ツキソメのユズリハとの最後の歌、映像的というより音楽的なシーン(P547)。魚舟とのコミュニケーションが歌である、というのは物語に深い味わいをもたらしている。



◆ネタばれ

 ★★★★ネタばれ注意 読後の方のみお読み下さい★★★★

・ルーシィという雌雄同体への変異と疑似人間への進化による種の存続。
 人類が生き延びる手だてが涙を誘う。種を継続させるのって、強い衝動は本能的に感じるけれど、生命体にとって当たり前のことなんだろうかって単純な疑問も浮かぶ。
 青澄がポツリと述べる言葉(P433末尾)に受ける感慨は、案外、ベーシックに人が持つそんな疑問なのかもしれない。

・大団円を迎えたはずの物語に、青澄の実務上の重荷を背負わせた描写。これも物語はクライマックスとともに終わるのではなく、継続している、という強いベクトルを作り、エピローグに深みを与えている。

・「僕」が宇宙を行くシーン。
 この世界での別の物語をいろいろと想起させる広がりのある世界観の提示になっている。是非、宇宙へ向かった人工知性体と疑似人間(P571)の物語を読ませていただきたい。

・P496 ツキソメ「言語が私を作った」。疑似人間と言語の関係は、このツキソメの言葉に象徴的である。獣舟人の脳内に埋め込まれた言語回路。この辺りが異様な疑似人類世界を宇宙の何処かで構築される場合のキーイメージになっていくのかもしれない。SF的な想像力を夢想暴走させるキーイメージである。

◆関連リンク
『 S-Fマガジン 2010年 12月号』
 『華竜の宮』刊行記念・著者インタビュウが掲載
日本沈没 - Wikipedia
眉村 卓『消滅の光輪 上』

上田 早夕里『魚舟・獣舟』

"現代社会崩壊後、陸地の大半が水没した未来世界。そこに存在する魚舟、獣舟と呼ばれる異形の生物と人類との関わりを衝撃的に描き、各界で絶賛を浴びた表題 作。寄生茸に体を食い尽くされる奇病が、日本全土を覆おうとしていた。しかも寄生された生物は、ただ死ぬだけではないのだ。戦慄の展開に息を呑む「くさびらの道」。書下ろし中編を含む全六編を収録する"

当Blog記事
新刊メモ 上田 早夕里『華竜の宮』
『日本沈没』スクラップNo.3 『トリツカレ男』のスクラップ帳

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