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2012.02.19

■感想 ラース・フォン・トリアー監督『メランコリア』 678の謎 本格破滅SFとしての読解

Melancholia「メランコリア」公式サイト.12.2/17ロードショー
 ラース・フォン・トリアー『メランコリア』、最近のトリアー作品に比べると、ずいぶんストレートなSFという印象。トリアーの捻れた屈折パワーは今回観客ではなく地球の破滅に向けられているw。

 そして、世界でも珍しい"大人の"本格破滅SF。
 ハリウッドのSF映画は、本当にSFなのか? と疑問を持つ向きにもこれは御薦めできるw。スペオペや冒険ものSFでなく、正統派な(?)"大人の"SF小説の肌触りを持った映画というのは驚くほど少ない。僕が観た作品では、アンドレ・タルコフスキー『ストーカー』とあと数本じゃなかろうか…。

 この映画は、その数少ない一本に数えられるかもしれない。
 SFで言えば、J・G・バラードかトマス・M・ディッシュといったニューウェーブの作家を思い出す。(と両作家を数作づつしか読んでない僕が書くのも僭越なのだけれど…w)
 
 冒頭のアートフィルムな8分間のスロー映像に続く、ペシミスティックで憂鬱な物語。ストーリーの骨格よりも、映像の組立と、細部の描写が鈍く光るSF作品である。


★ネタばれ注意★★★★




■本格SFとしての『メランコリア』

 トリアー監督の憂鬱は、今回地球のみならず宇宙の生命を根絶やしにした、まさにwww(What a Wonderful World)な映画(逆説的にね(^^))。
 「678個」に秘められた主人公ジャスティンの能力がSFとしてのキーポイントかと…。

 この結婚式冒頭に置かれ、途中姉のクレアのみしかその答えを聞いていない「678個」という解答について、知らないはずの
ジャスティンが何故知っているのか。
 ここまでの流れで、
ジャスティンをイカれてると考えて出鱈目な発言と考えてしまうと、何故彼女が「678個」を知っているのか、というのは大きな謎となる。

 
そこでこの映画のSFとしての前提条件を、ジャスティン能力は真実だ、世界の真実の未来を観ることができる、と仮定してみると面白い。

 なぜなら、彼女が同時に語る「この宇宙で、
地球だけが知的生命を発生させた「邪悪」な惑星である」という発言がSFの仮定として真実ということになるからだ。ここでSFのパースペクティブが大きく開かれる。

 宇宙にただひとつの知的生命の住む邪悪な惑星 地球。
 それが宇宙の自然のメカニズムの中で、たまたま滅んでいくシーンを冷徹に(宇宙にとっては何事でもない)ドキュメントとして描く惑星衝突の映像。

 
本来物質の物理現象だけでは決して起こらない「鬱」という異常な精神の「邪悪」な感情を、綺麗さっぱり宇宙から消し去るのが、この映画でトリアーが企んだことなのではないか。意識という、邪悪な脳活動を持つに至った人類を抹殺する企み。

ラース・フォン・トリアーが宇宙から抹殺する邪悪な意識
 このように読んでくると、前半のジャスティンの異常は、宇宙が知的生命を根絶やしにすることを予見した恐怖が引き起こしたとてつもない憂鬱に起因していると読める。
 そして正常な人々が狂っていく後半。
 正常を取り繕っていた人々が、狂っていくシーンは、知的生命の邪悪さを表現している…と(なかば邪推として)観ていくととってもSFなのだw。

 トリアー作品の系譜から破滅SFを撮るのは異質な気がしてたんだけど、こう考えて物凄〜くトリアーだった。
 まさに鬱状態で世界を観た時の、人間関係の屈折側面を結婚式を舞台に描いた前半。トリアーの人間への絶望/悪意全開…それが破滅を必然として呼び込む後半…。

 まさに監督の絶望が、世界を破滅させるトリアーらしい映画なのである。
 映画のパンフレットに門間雄介氏がトリアーの言葉を紹介している。

"「ある意味、この映画のエンディングはハッピーエンドなんだ」
「すべての苦しみが一瞬にして消え去るなら、私は自分でボタンを押すだろう。もし誰も苦しまないのなら」"

 トリアーはこの憂鬱で邪悪な人類/唯一の知的生物を宇宙から抹殺し、永遠に世界が苦しむことのないハッピーな世界に変えたのだ。まさにwww(What a Wonderful World)なラストシーン!

ということで、いささか上滑りで妄想炸裂な読みにお付き合いいただき、有難うございます…。

◆蛇足

 映画館から車での帰り道、映画の余韻に浸りたかったので、音楽も何も聴きたくないと、いつも流してるカーステレオを切って いたのですが、途中でふとLana Del Rey "Video Game"なら…と思ってかけたら、何故か抜群に雰囲気が合う。
 皆さんもどうぞ。

◆関連リンク
映画/賛否両論の声が続出…トリアー監督自らパニックの『メランコリア』の“衝撃” - cinemacafe.net

"「この映画は、甘いクリームの上にクリームを重ねたような映画だ。女性の映画なのだ」と語るトリアー監督。
「私は今、混乱し、罪悪感を抱いている。自分は一体何をしたのか?」と。
「結局は、弱い歯に亀裂を入れる甘いクリームの中で、まだ骨が残っていることを期待するしかないのだ…今、私は目を閉じ、切実にそう願っている」"

 宇宙から知的生命を抹殺させたことを「甘いクリーム」と表現し、そしてそれを後悔してまた悩むトリアー。鬱の闇は深い。
Melancholia Prologue - YouTube
 これは、実験的で叙情的なこの映画の冒頭シーン8分間をまるごと紹介したもの。映画館で未見の方はクリックしない方が良いです。この冒頭の衝撃は是非劇場で。
ラース・フォン・トリアー 当Blog記事 Google 検索
魔方陣 - Wikipedia

"アルブレヒト・デューラーの銅版画『メランコリア1』"

 この巨大な惑星(?)の描かれた銅版画の魔法陣に「678」という数字が出てくると、もっと面白かったのですが、、、。残念。
"美しく甘美な理想の終末"(『メランコリア』柳下毅一郎氏評)

"「生命は邪悪なものだ」と信じ、そのすべてが滅んでしまえばいいとさえ思う。すると、その願いに応えるかのように、メランコリアがあらわれる。メランコリアとは憂鬱(ゆううつ)症のことである。
 ならば地球に衝突しようとする惑星メランコリアはジャスティンが自分の心から呼びだした想像上の産物なのだろうか?"

 パンフに書かれている何人かの方の評価と近いものを感じます。これがやはり平均的な受け止め方なのでしょうね。678の解釈は、ここでも触れられてはいない…。

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コメント

 お、「蒼の」と来ましたか(^^)

 ある意味、ずっーと、ぶっちゃけているところもあり、それですら解消されず、ますます負のスパイラルに落ちているのかも。

 まだまだ深〜い螺旋が…www

投稿: BP(蒼の零号さんへ) | 2012.03.02 00:20

『博士の異常な愛情』をこよなく愛し、『ウォッチメン』原作コミックのラストを
悲観的なほうに解釈する私としては、「人類邪悪説」について
大いに共感するところではあります。
というか、トリアーって人間の邪悪さをずっと撮ってきた人なので
今回ここまでぶっちゃけちゃったら、このあと撮るものがあるのだろうかと
逆に心配になるくらいです(^^;

ランプリング母さんは最高でしたね!
あの人だけはメランコリアの瓦礫の山からすっくと立ち上がって
そのまま体操とかやりそうな気がします(笑)。

投稿: 蒼の零号 | 2012.03.02 00:06

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