■感想 上田 早夕里『ブラック・アゲート』
上田 早夕里『ブラック・アゲート』Black Agate 光文社公式
" 日本各地で猛威を振るう未知種のアゲート蜂。
人間に寄生し、羽化する際に命を奪うことで人々に恐れられていた。 瀬戸内海の小島でもアゲート蜂が発見され、病院で働く事務長の暁生は、娘・陽菜の体内にこの寄生蜂の幼虫が棲息していることを知る。 幼虫を確実に殺す薬はない。
未認可の新薬を扱っている本土の病院を教えられた暁生は、娘とともに新薬を求めて島を出ようとするが、目の前に大きな壁が立ちはだかる……"
上田早夕里さんの『ブラック・アゲート』読了。
人間に寄生し内部から肉体を食い破る未知種のアゲート蜂が蔓延し、滅びの気配が迫る日本の描写。
汚染地区の封鎖を暴力で実行する、非特定独立行政法人<AWS対策班>の非常な成り立ち。そして腐敗した人々の中の光明。
物語は厄災に静かに立ち向かう市井の視点で進む。一つの島を、その舞台としたことで、手の中の世界の破滅への一歩がリアルに迫ってくる。そして視線は人間も生物の連鎖の中の、ただの一つの種でしかない、というある意味、冷徹なSFチックなパースペクティブ。
端正に的確に刈り込まれた文体で、スピード感のあるエンタテインメントとして楽しめるのは勿論なのだが、どうしても、この架空の光景を、現在の日本に重ねてみてしまう。
蜂よけのネットをかぶり、汚染地区を避ける様子。緊迫感が空気のように静かに、日本のある地域を覆っていく光景が、どこか似ていると思えてならない。
特に印象的だったのは、非特定独立行政法人<AWS対策班>の村綺という小隊長。
負の象徴として描かれるこの人物の造形が昏く光る。
アゲート蜂の後遺症に苦しむ家族との関係。川に立ち上る黒い煙と虚無。まさに上田早夕里ノワールの真骨頂。
これに対比して描かれる脱出する主人公の家族の描写、はかないが微かな希望が胸に迫る。
" ーーこの子は、大人っぽいのか子供っぽいのか、よくわからないな。
世知に長けたような話し方をするが、その口調には大人のような屈折した翳りがない。大人になるにつれて失われていくものが、健太の中には、まだしっかりと残っているのだ。胸の奥で熱い太陽が燃えるように"(P123)
主人公の側の登場人物では、とりわけこの少年の描写が強く印象に残った。
破滅物語の中で描かれる少年の視線が、SFのポジティブな側面そのものにみえる(^^)。対象への好奇心とか瑞々しくって、とてもここちいい。
◆関連リンク
・小説宝石|最新号|2012年3月号 目次|光文社
"エッセイ 上田早夕里 幸せな社会とは"
・メノウ:瑪瑙、アゲート:agate(wiki)
"縞状の玉髄の一種で蛋白石、石英、玉髄が層状に岩石の空洞中に沈殿してできた鉱物の変種である"
・当blog関連記事 新刊情報 上田 早夕里『ブラック・アゲート』
Nomadic Note 2 『ブラック・アゲート』(光文社)が発売されました(上田 早夕里さん公式Blog)
" なお、この発売に併せて、2月22日発売の「小説宝石」3月号に、本作執筆に関するエッセイが掲載されます。その中でも触れていますが、本作の執筆動機には、短篇作品「くさびらの道」が少し関係しています。"
『魚舟・獣舟』に収録されている「くさびらの道」を『ブラックアゲート』読了後に再読。蔓延する感染病と閉鎖される地域、この状況は本作と近似。しかし「くさびらの道」はひとつのSFアイディアが仕込まれており読後感は随分と異なる。
比較して読むと、『ブラックアゲート』がそうしたSF設定を排して、徹底してリアリズムで描かれているのが浮き彫りになる。
「くさびらの道」の長篇版も読んでみたいと思ってしまうのは僕だけだろうか。幻想的恐怖は、あるいは短篇の方が向いているかもしれないのだけれど、、、。
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