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2012.08.29

■ネタバレ感想 伊藤計劃×円城塔『屍者の帝国』: The Empire of Corpses

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伊藤 計劃×円城 塔『屍者の帝国 』(Amazon)
河出書房新社

"フランケンシュタインの技術が全世界に拡散した19世紀末、英国政府機関の密命を受け、秘密諜報員ワトソンの冒険がいま始まる。日本SF大賞作家×芥川賞作家が贈る超大作。
2009年、34歳の若さで世を去った伊藤計劃。 絶筆は、未完の長編『屍者の帝国』。 遺された原稿は、冒頭の30枚。
それを引き継ぐは、盟友・円城塔—— 日本SF大賞作家×芥川賞作家—— 最強のコンビが贈る、大冒険長編小説。 全く新しいエンタテインメント文学の誕生! フランケンシュタインの技術が全世界に拡散した19世紀末、 英国政府機関の密命を受け、秘密諜報員ワトソンの冒険が、いま始まる"

伊藤計劃の遺稿を円城塔が書き継ぐ - 大森望|WEB本の雑誌

" 伊藤計劃『屍者の帝国』は、河出書房新社編集部の求めに応じて伊藤計劃が病床で執筆していた書き下ろし作品。完成すれば第四長編となるはずだったが、冒頭部分(400字詰原稿用紙にして約30枚分)だけを残して、著者は2009年3月20日に死去した。
 残された原稿はSFマガジン2009年7月号の伊藤計劃追悼特集に掲載され、その後、同じ河出書房新社のオリジナル・アンソロジー『NOVA1』(河出 文庫)に収録。さらに『伊藤計劃記録』にも再録されている。

『屍者の帝国』の背景は、ヴィクター・フランケンシュタインが開発した死体操作技術が広く欧州に普及し、死者が労働力として活用されている、もうひとつの 19世紀。遺稿では《ホームズ》シリーズでおなじみのワトソン博士が語り手を勤め、『吸血鬼ドラキュラ』のヴァン・ヘルシング教授も登場する。ジャンル 的には改変歴史SFに属し、最近流行の"スチームパンク"にも分類できるだろう"

◆予習 伊藤計劃「From the Nothing, With Love.」
 伊藤計劃×円城塔『屍者の帝国』に備え『The Indifference Engine』予習中。
 「From the Nothing, With Love.」"虚無より愛を込めて" ってタイトルも物語も最高ですね。これが伊藤計劃の凄み。
 ベンジャミン・リベットの、行動を駆動する脳の非意識活動と意識の順番の実験を引用し描かれる意識の葬送がラディカル。

 「例えるなら私は書物だ。いまここに生起しつつあるテクストだ」…こう語る一人称が曲者。この私が葬送の司祭を務めている。あったはずの意識とこのテクストの私が別に存在するような描写。
 だが本作は、よく考えると、その私こそが意識そのものであり、自らの死を見送っている。これが伊藤計劃が突きつけた凄みなんだと思う。

 …というような作品のその先を、新刊で出る伊藤計劃×円城塔『屍者の帝国』に期待しつつ、電車の中で、ゆらゆら帝国「空洞です」をBGMに、私の意識が記述する…(ツイッターからの転載(^^;))。

◆感想(まずはネタバレなし) 伊藤計劃×円城塔『屍者の帝国』

 まず冒頭1/4が素晴らしい。
 計劃のコンセプトに、円城の奇想とエンターテインメント文体が混入してくる。計劃文体を模していた冒頭から徐々に円城文体でのエンタメに変容しつつある。そして語られる人間と屍と物語の歴史。王国のイメージ構築とアフガンの生気のない戦闘シーンは白眉。

 特に第一部の3章、4章は本書中でも最高にスリリング。
 ここのところ、僕は一番好きだった。イマジネーションを刺激してやまない奇想のディテールの絨毯爆撃。このあたりは特にメロメロですw。

 総論としては、#projectitoh の遺志は受け継がれ、伊藤計劃の作品群へ敬意を込めた円城氏による追悼はかなり完璧になされたように思う。
 特に『The Indifference Engine』全篇、とりわけ「From the Nothing, With Love.」へと直結している。

 「From the Nothing, With Love.」では最後まで語られず、『ハーモニー』から直結して考えれば、伊藤計劃氏により将来描かれるはずだったと思った言葉が、まさにクライマックスの某人物により語られていた。計劃氏が拘った意識の物語を円城塔が見事に纏め上げたと思う。

 物語の形態としては英国ゴシックロマンに始まり世界の文学をトレースしつつ地獄を黙示w。途中インディージョーンズもかくやのエンターテインメントを経由して、ビートニクに触れつつ人類SFへと…。円城氏初長篇にて大エンタメの手腕が見事な重厚にして軽快な大作!

 そして歴史改変ものとしての面白さ。歴史には強くないのだけれどw、屍者が自由主義経済を支えている世界、という改変世界がとても面白い。

 ただ、少し違和感があるのは、ロボット開発も二足歩行は宗教的に進んでいない欧州で、屍者の活用が活発化するって、宗教的にはあり得ないような気も(^^)。
 できれば、その宗教的な意味についても、10ページほど描いてほしかったかな…と思う。円城氏の奇想アプローチなら、それを突破する説得力が齎されたのではないかと思えるだけに少々残念ではある。

◆感想 ネタバレします、未読の方はご注意を!!



 できれば伊藤計劃氏が書き遺されたプロットを読んでみたい(結論までは書かれていないとのことだが…)。
 円城氏「あとがきに代えて」で触れられている "戦争" "イスラエル" そして映画からの引用としてのフランケンゾンビ関連部分がどう考えられていたか…。

 そしてさらにプロットで強く知りたいのは本格SFのテーマ部分。「意識」と「言葉」についての伊藤氏の構想である。
 円城版で「From the Nothing, With Love.」+「言葉」については触れられて総論としては見事に纏められているが…、僕の個人的な関心領域のこの部分は、残念ながら「From the Nothing, With Love.」の凄みのさらにその先としては、今ひとつと言わざるを得ない部分もある。

 「From the Nothing, With Love.」は語り手が「意識」であり、その彼が意識の葬送をしているところに凄みがあると上記予習の所で書いた。
 そして将来的に書かれる物語としては、意識とテキストの関係、成り立ちに肉薄する予告がそこにあったと思う。

 ヴァン・ヘルシングのクライマックスでのXの認識は、「言葉」と語られているが、読者にはいささか唐突に感じられる。もしこの「意識」と「言葉」の繋がるメカニズムが深堀りされていたら、古今東西の物語を転倒させて「文学」をひっくり返すイメージが現出する凄みが出たのではないか、と個人的に夢想するのだ。

◆関連リンク

Teoc屍者の帝国 伊藤計劃×円城塔 | 河出書房新社 特設サイト 円城塔 あとがきの代えて

"『虐殺器官』で言葉による人間社会の崩壊を、『ハーモニー』で人間の意識自体の喪失を描いた伊藤計劃が、「死んでしまった人間を労働力とする」物語を構想した以上、その先へと進もうとする意図を読み取らずにいることはとても難しいのです。また、その脈絡を受け入れない限り、わたしが『屍者の帝国』の続きを書くという仕事を受ける意味はないとも考えました。なぜなら、『屍者の帝国』の続きを書くということはそのまま、「死者を働かせ続ける」作業となるに決まっているからです。偶然にも与えられたこの図式を最大限に活かすことが、わたしの作業目標になりました。

 急いでつけ加える必要があります。伊藤計劃が闘病生活を送った故に、『虐殺器官』や『ハーモニー』を書くことができたという見解にわたしは与していませ ん。当然、経験は小説の内容を変化させたはずですが、それが決定的で本質的なものであったとは、わたしにはどうしても信じることができません。彼が闘病生 活を送っていなかったなら、作品はより素晴らしいものになったはずだと信じています。わかりやすい神を拒絶し、証拠のない即断を避け、理性的な言葉を用 い、新たな知識を吸収し続け、合理的な判断をよくした伊藤計劃は、死を客観視する形で自分の意見を表明し続けました。その意味で、『屍者の帝国』は、諧謔 にも似た、悪い冗談のような装いを持つわけですが、その本質には強い意思があります。諦めることなく、悲観にも楽観にも陥ることなく、できることを可能な 限り続けること。『屍者の帝国』は書き手のそうした日々の仕事としての作品です。伊藤計劃は『屍者の帝国』を自分の全てを語り切る畢生の作、最後の作品と して構想したわけではなく、次へと続く切り替えの場として、むしろ軽い読み物として考えていたはずです。軽さは無論、内容の無意味さや軽薄を意味していません。"

 素晴らしい一文ですね。お二人の友情の深さに胸をうたれます…。

屍者の帝国 伊藤計劃×円城塔 | 河出書房新社

" 『屍者の帝国』は当初からエンターテ イメント作品として構想されていました。狭義のSFでさえないというのも、伊藤計劃が強調していたところです。なんといってもこの小説の世界では死人が立 ち上がり、労働力とされているわけですから、荒唐無稽な物語であることはあらかじめ示されているのです。発想の系譜としては、「The League of Extraordinary Gentlemen」、「ドラキュラ紀元」、「ディファレンス・エンジン」、「Cthulhu by Gaslight」などに連なるものと見ることができるでしょう。いずれも世界観によって語る種類の作品です。"

・屍者の帝国 用語集I - 妄想科學倶楽部
(20) Twitter / 検索 - ♯projectitoh
Akira OKAWADA(@orionaveugle)/2012年08月22日 - Twilog.
 気鋭のSF批評家 岡和田晃氏の『屍者の帝国』評

"そろそろ解禁だと思うので書きますが、『屍者の帝国』の話です。書店には、明日出まわるらしい。世界文学の文脈で読まれるべき傑作ですが、いまの世界文学に(私が知る範囲で)、最も欠けているものが、見事に補われている。

そして、『屍者の帝国』は、『ディファレンス・エンジン』の「解説」や、「From the Nothing, With Love.」の先に進むという、不可能事を成し遂げている。 昔ながらの言い方をすれば、ヒューゴー・ネビュラ、ダブル・クラウン、クラスと言えばわかりやすいか。"

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