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2013.04.01

■感想 R.A.ラファティ、井上 央訳『蛇の卵』 Lafferty "Serpent's Egg"

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R.A.ラファティ、井上 央訳『蛇の卵』(SEISHINSHA WEBPAGES)

"人間の男の子:ロード・ランダル、少女の姿をした歩行型人間模倣タイプコンピューター:イニアール、類人猿アクセルザルの少年:アクセル。選ばれた三人が参加する実験とはなんなのか?
 そして世界を支配するカンガルーたちが怖れる「蛇の卵」の正体とは? 想像力の作家ラファティが送る奇想天外な長編、本邦初訳!"

 ラファティ『蛇の卵』クライマックス。
 奇想の乱れ打ちが重層的に積み上げた"海洋超脱の擬似夢状態"に身を委ねていると、やっと織りなすタペストリーの全体像が垣間見れたような…。あと残り30ページで何がどう転倒するのか/しないのか?続きは帰宅電車!

 と朝ツイッターでつぶやいて、3/27の深夜の電車で、読了。以下はその時に読後の勢いでツィートした内容にプラスαで少しだけ文章を付け加えた感想です。

 先に、奇想の絨毯爆撃で描かれたタペストリーと書いたけれど、そのタペストリーは平面ではなく立体物でありとても重層的。これは、たぶんラファティが自分に蓄積された無意識の海から発掘した言葉で組み上げた壮大な物語なのだろう。
 煌めくイメージの断片が巨大な海の構造物と生物進化の伽藍を立体的に築いている。

 さらに無意識から汲み上げた言葉、への冷笑と数々のエピソードのユーモアw。
 そしてそれら汲み上げられたものさえ、海シラミが書き記す真実の言葉が最後に相対化して霧散させ、またイメージは無意識の中へと帰っていく。

 ラファティの広大な無意識の海の真実の姿は、まさにこの『蛇の卵』からもスルリと逃げていってしまっているのだろう。
 我々読者は、そこから"真"の広大なラファティの脳内空間を想像するしかないのだが、壮大な伽藍が解体され、そしてさらにそれが海の中で広大な伽藍として拡大再構築されている様が垣間みられて、その広がりに目眩いがする。

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 コアにある、仕掛けられた殺人ミステリーと「蛇の卵」の謎。
 これは僕の様な"海洋超脱の擬似夢状態"(^^;)的に文字の海に溺れ全体を冷静に見渡せない読者には過酷。
 ただ後者は蛇から禁断の実と知恵を思い浮かべるわけで、自然と進化テーマSFとしての先に述べた壮大な伽藍をイメージして読んでいった。

蛇の卵|世界の竜蛇:フランス|龍学 -dragonology-

"場所:フランス:ブルターニュ
収録されている資料: 『プリニウスの博物誌 III』(雄山閣)
「ヘビの卵について」 タグ:竜蛇の卵/蛇石"

"ブルターニュのドルイドたちが大変興味深いアイテム「蛇の卵」なるものを珍重してきたというのが今回のお話。(略)
 少々長いが該当の項「ヘビの卵について」を引用しておこう。

"ヘビの卵について XXIX, § 52-54
   ひじょうにたくさんのヘビがからみあって、前に述べた交尾をしているとき、彼らの顎から出る唾液と、からだから分泌する泡でそのような丸いものをつくる。それは「かぜたまご」と呼ばれている。ドルイドたちの言うところでは、そのものはヘビがしゅっと息を吹くとき高く吹き上げられるもので、それは地に触れるまでに軍用外套で受け止めなければならない。(略)
 実際、わたしはその卵を見たことがある。それは中位の大きさの丸いリンゴに似ていて、そして軟骨性の茶碗のくぼみのような穴、言ってみれば、タコの触手にあるようなものがいっぱいにある堅い表皮が珍しい。"

 雄山閣『プリニウスの博物誌 III』より引用"

 ネット検索して面白かったのは、このケルト神話のドルイドが珍重する「蛇の卵」。蛇が絡み合って分泌する泡からできるリンゴに似た蛇の石。
 ラファティの物語にケルトと関係する直接の描写はないようだけれど、このイメージが僕には読後しっくり来た。
 進化テーマとして、蛇の卵と禁断の実である林檎が繋がるかな、と。そこにラファティの無意識の伽藍の正体が潜んでいる様な感触。

 しかし、そこから先は、ケルト神話を紐解きつつ、ラファティの紡ぎだした物語と見比べていかないと、何も言えないのだけれど、、、。

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 小説世界には、その伽藍を構成するために、煌めく奇想イメージが詰まっていて、あちこち引用したいところが満載なのである。
 僕は本を読む時に、印象的な言葉のページを、折ってドッグイアーにしてるけれど、この本は折りっぱなし。右の写真でわかるかな(^^)。
 その一部を以下に引用してみる。
 これにより、この文を読んでいる方々にも、ラファティの伽藍の一部を垣間みて頂ければ幸いである。もちろん、気に入ったら、本書を是非手に取って全体像をあなたの無意識にインストールしてほしい(^^;)。

""組み立てメカ横町"を後にして、全員がこよなく愛する"大洋の岸辺"へ足を向けた頃には、すでに黄道光が頭上の空を白くしはじめていた。露の結ぶ時間、塩露の時間だった。
 東の空に最初にその怪異現象をみとめたのはフィルター付きの眼を持ったイニアールだった。それは日の出のほんのわずかの間、ちょうど太陽の行く手を導くように、太陽の後ろに隠れるようにあらわれた。(略)
 "招かれざる者の星座"、カンガルー座の姿が彼らの上にあらわれたのだ。(略)
 カンガルーに狙われたものだけが、この招かれざる星座、幻覚の産物、主観的顕現を空に見るのだと語り伝えられていた。だが、このカンガルーに脅かされていないものなどいただろうか?"(P123)

" 新しい海の中ですべての魚たち、貝殻のものたちに、またとない興奮の時が訪れていた。彼らがみんなにとって、めったにない祝祭の時がやって来たのだ。新しい世界が目の前に開ける心の高まりだ。一週間前には、どこにもこんな海はなかった。魚世界の諸国民は"古き海の世界"はもう住みつくし知りつくしていた。ところが、海をめぐる噂によると、突然新しい未知の海があらわれ、その海を探求にやって来るものを待ち受けているというのだ。"(P218)

 無意識と進化の象徴としての海。
 そのような単調なイメージではなく、本書には海を巡る豊かな奇想が、そのテーマと呼応するかのように多数現出する。
 そうしたものに漂うように物語を読み進めていくと、やがて、まるでラファティの無意識の海にたゆたうようにして、その海中の巨大な伽藍がほのかに認められてくるのだ。

◆他の作家との連環
 ここで、このBlogの読者でラファティの小説世界を未経験な方に、その海へと接続するきっかけになるように、他の作家とラファティの連環について、少しだけ述べて、本稿を閉じることとしたい。

 村上春樹が自身の小説に導入している異質なもの、奇想部分を100倍くらい濃密にして、さらに不思議なキャラクターを登場させるとラファティの小説になる、と考えるのは僕だけだろうかw。
 
  特に村上春樹の奇想な短篇群が好きな方々には、騙されたと思って、一度読んで欲しいのが、この幻惑のねじれたユーモアの作家 ラファティなのである。

 また、本書の読後感から、理想宮を建造したシュヴァルと『非現実の王国で』を著したヘンリー・ダーガーを想い出した。 (『非現実の王国で』未読ですがw)。
 電気技師をしながら45歳で作家デビューして57歳まで兼業だったというラファティ。そして郵便夫と掃除人の二人。まさに独自の脳内文明を描いた三人w。

 僕は、三人の広大な異世界を、読書のイメージ喚起から片鱗をほんの少し想像できるだけですが、それだけでも震えます。

 シュヴァルとダーガーは生前、まさに孤高という言葉がふさわしく、自分の中に閉じたタイプの異才だったわけだけれど、ラファティは作品を発表し、ファンとも顔を合わせていた訳でけして孤高ではない。
 ただ共通するのは、いずれも自分の中に、文体とか作風とか異界を創造しているというレベルではなく、異文化とか異文明の中からこちらの世界に作品を通信して送っているようにみえるところである。

 例えば、村上春樹は、そんな異世界をそのまま描く訳ではない。
 ただその異なる世界が存在している気配を描いているだけである。そのものを描かないことにより読者の想像力に委ねている。

 村上春樹世界にひかれる読者には、ラファティという広大な異界が、そこに広がっていることを伝えたい(^^;)。

◆関連リンク
大野万紀さんの『蛇の卵』評 素晴らしいレビューです。是非リンク先で全文を御読み下さい。

" 1987年のラファティの長編である。傑作。そしてすごく面白いし、読んで楽しい。
 ただし、このお話をこの世の論理で理解しようとしてはいけない。ここでは動物も人間もコンピュータも、みんなおしゃべりで、超知性を持ち、死を も怖れず(というか、死はフェーズの違いにすぎない)、大陸に一夜にして海ができ、透明な海賊船が大暴れし、超古代も超未来も同じタペストリーの中にある、そんなお話なのだ。
 ホラ話というには知性的にすぎるが、頭のいい大嘘つきの物知り爺さんが、みんなを面白がらせようと、爺さんの知識と想像力の限りを尽くして語る 物語なのである。大事なのは世界観や設定ではなく(いや世界観はしっかりとあるのだが)、キャラクターだ。それもライトノベルでいう意味のキャラクターで はなく、神話的、原型的なキャラクターたち。むしろ昔の忍者ものや武芸帖、サイボーグ009なんかまでも思い起こした。(後略)"

Serpent's Egg - R. A. Lafferty - Google Books
 ラファティ『蛇の卵』の原語版、こちらで読めます(一部、欠けている様ですが?)。
ラファティ関連のまとめ4 - Togetter

"ラファティ「蛇の卵」が出版され、「第四の館」もいよいよ出そうになってきましたので、まとめ4に移行します。(2013.3.27〜ですが、「蛇の卵」関連のツイートを遡って補足しています)。"

「RappaTei」さんのまとめ - Togetter
 らっぱ亭(@RappaTei)さんのラファティ関連のまとめです。
R.A.ラファティ、井上 央訳『蛇の卵』(Amazon)

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