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2013.06.03

■感想 黒沢清監督『リアル~完全なる首長竜の日~』


映画『リアル~完全なる首長竜の日~』

 黒沢清監督、『トウキョウソナタ』に続く5年ぶりの劇場映画新作『リアル〜完全なる首長竜の日〜』を小牧コロナで観た。

 前半、抑えたトーンで描かれる異様な世界。黒沢清独特の日常の光を使った不安の演出が冴え渡る。クライマックスは、少し近いテーマを描いたノーラン『インセプション』を超える崩壊描写も…(予算はかかってないけどw)。

 今までの黒沢作品、特に僕が印象的に思った『贖罪』と同様、光の当て方で独特の異質な空気感を作り出す映像が無意識の不安をかき立てる。

 そしてネタバレ出来ない中盤からの展開とクライマックス。
 僕は映像的に海岸で走る綾瀬はるかの映像をコマ送りしたい衝動に駆られましたw。あれは何だったのだろう。静の黒沢映画が動に変わる瞬間に、凄く印象的な綾瀬はるかが走り出す映像がある。ハイビジョンのコマ落ちしたような…。
 あのシーンはじっくりもう一度観てみたい。

 予告篇を観ながら、フィロソフィカル・ゾンビの描写とか、自動車の中の会話だけなのに不穏なシーンとか、黒沢清、真骨頂な映像を反芻(^^;)。
 黒沢映画として大傑作ではないが、黒沢テイストを維持しつつ万人に受け入れられるスリリングなエンタティンメント映画になっていると思う。
 単純に観終わった後の感想はそうしたものだったのだけれど、、、その感想の深層については、この後、詳細を記してみます(^^;)。ネタバレは極力しないで書きますので、ご安心をw。

◆「人の心の中の撮影」
 
映画 公式HP ABOUT THE MOVIE STAFF紹介 黒沢監督の言葉

" 人の心の中をまるで旅でもするかのように探索してまわること、それは何とも魅惑的な行為だが、同時に耐えがたい恐怖の体験かもしれない。何故なら、それは心の奥底に潜む絶対に観てはいけないものを見てしまうことでもあるからだ。ましてや、探索の先が愛する人の心の中だったとしたら。
 私は今回初めてこのような物語を扱う。その理由は、不思議な原作に出会ったことと、映画で人の心の中を撮影することはできないという原則に挑戦してみたかったからである。"

 小説と違って映画というのは、人の心を描くことが直接的にはやりにくいメディアである。小説は心の中を言葉で(一人称だろうが三人称だろうが)直接描写することができるが、映画では独白のナレーションという手段はあるが、それはやはり言語を通じた描写であり、映画メディアへの小説の導入ということに過ぎない。
 映画で心を表現するというのは、このように考えると、まさに大変ハードルの高い課題なのである。

 よくメディアの比較として、小説は読者の空想に委ねる部分が多いが、映画はダイレクトに見せてしまうから想像力を限定する、という言説があるのだけれど、実はこと人の心を対象にした時には、それは逆転し、小説がダイレクト、映画は観客の想像力に多くを委ねるメディアなのである。

 意識が言葉により成り立っていることから、このような事象となっていると考えるがどうだろうか。
 人の心を意識と捉えると、それは通常、言葉によって構成されている。
 まさに小説はそれを使って、意識をダイレクトにトレースするメディアであり、映画は映像や音や言葉を総合的に用いて、そこにいる登場人物の意識を観客に想像させる様なメディアなのである。

◆映画メディアの属性と、小説における無意識描写の限界

 予告篇、観直してたら映像の端々に繊細な演出が潜んでいるのを再発見。やはり凄いなぁ〜。黒沢清は、映像の光と影と色、および音によって、人や(霊のw)意識を映画の中に映し出す。それは言葉で直接語られることは少なく、観客の想像力に多くを委ねている。しかし確実に黒沢リテラシーを身につけた観客にはそれが明確に伝わってくる。

 繰り返しになるけれど、小説の言葉は人の意識から生まれたものである。それに対して映画においては、言葉はその構成要素のごく一部である。
 表情であったり仕草といった言葉ではない、人の心の無意識を含んだ描写は、映画の方がそれを伝えることにおいては、小説よりも優れたメディアなのではないかと思う。
 文学のリテラシーよりも、実は映画を読み解くリテラシーの方が、人の無意識領域まで対象とすると高度ではないかと思ったりするのである。
 そして黒沢映画は、隅々の光と音にそれが籠められている為に、独特の雰囲気を持ち、それは簡単には言葉で表現しきれない、映画だけの独特のものが立ち現れてくるのである。

 そんな黒沢監督が挑んだ「人の心の中の撮影」。単純にとらえると上に引用した監督の言葉は、物理的に心の中を映像で撮るのは難しい、というように読めるのだけれど、黒沢ファンとしてはさらにその撮れないはずの心の映像化を、数々の手法で描いてきた黒沢が、本当の心の中にダイブして、今までの先をゆく、どんな凄い映像を見せてくれるのかと、強い斬新な表現へのチャレンジを期待してしまう言葉なのである(^^;)。

◆フィロソフィカル・ゾンビ
 哲学的ゾンビの描写。意識の中の、仮想の存在としての他人を映像化しようとした時、黒沢がとった方法は…。
 僕も他人を意識の中で駆動する時、心の中は、あんな映像かもしれないw。
 所詮、限られた能力の個人の脳の中で別の人間そのものをシミュレートすることは不完全定理的に(かなw?)不可能。

  情報量が落ちた状態で、脳の仮想の中で全人的なものでなくそのごく一部だけの情報として動く訳だから、あの無表情で画素wの劣化したような状態が、まさに 脳内映像に近いのかもしれない(^^;)。活き活きとしたものとして感じているとしたら、それは認識する側の誤解か、他人に対する放漫でしかないわけであ るw。

◆無意識の海を泳ぐ存在
 ネタバレになるからあまり書けないけれども、途中でてくる主人公が描いている漫画の実体化した様な映像とか、さらにクライマックスで主人公二人が心の中で遭遇するあの無意識が実体化した存在は、映画全体および二人の人生全体に横たわる巨大な心の堆積物の表象として、まさに心の中の映像である。

 単なるエンタティンメントのメインビジュアルと観ることも出来るが、その存在を無意識の堆積物の表象と捉えると、あのアクションも凄い深みを伴ってくると思う。ここが「人の心の中の撮影」の真骨頂なのであろう。

Photo_5

 右の引用画像の海。これは人の心の中の映像で、まさにダイレクトに無意識の表象化である(単純すぎてすみませんw。ただそれを映像で見せることは言葉で書くのと大きく違うと思うのだけれど、、、)。

 この海底を泳ぎゆく存在の映像が、とても心を打つのは、映画のテーマそのものだからなのだろう。
 単なるエンターテインメントの映像だけのように見えるクライマックスもこんな風に考えると、奥深いものに感じられる。

 その表面に貼られたテクスチャーとかCGに付けられた動きに注目して、そこに二人の無意識を想像すると深いクライマックスと感じられるのかもしれない。これは二度目に観る時の宿題として記憶しておきたい。

◆まとめ
 黒沢映画として大傑作ではないが、黒沢テイストを維持しつつ万人に受け入れられるスリリングなエンタティンメント映画になっていた。と冒頭で書いた最初の感想は、映画のリテラシーをともなう黒沢映画の従来の描写に通じる前半と、無意識を直接実体化して描いたある意味、映画のメディアとしては身もふたもない描写とも思えてしまう、一見エンタティンメントの属性を露呈しているだけに見えるアレを観て感じたことである。
 上のように考えてきた時、再見が必要だと思うのは、僕だけだろうか。
 既に今までのリアル映画に、無意識までを映し込んでいた黒沢監督が、もし覗き観れば無意識が実体化している映像がダイレクトに観れてしまうだろう心の中をどう描いたか。

 この映画はそんな切り口で黒沢映像解析が可能な、黒澤清が新しい「リアル」の領域へ踏み出した映画なのかもしれない(^^;)。

 それにしても2000年前後には、毎年の様に新作を制作していた黒沢監督のここへきての5年ぶりの新作というのは、いったいどういうことだろう。
 この映画がヒットして、また精力的に毎年新作が出来るのを期待したい。

◆関連リンク
Mr.Children「REM(Short Ver.)」Music Video - YouTube
 主題歌PV Mr.Children「REM」の映像もいいですね(これは丹修一監督とか)。
潜入!映画「リアル~完全なる首長竜の日~」|WOWOWオンライン.

"映画『リアル~』の見どころを、主演の佐藤健、綾瀬はるかへのインタビューやメイキング映像などを織り交ぜて紹介する。"

・原作 完全なる首長竜の日 - Wikipedia
 ここを読むと原作は大胆に映画でアレンジされているです。比較して読んでみるのも黒沢映画を読み解くヒントにw。
『黒沢清×椎名誠の摩訶不思議世界 もだえ苦しむ活字中毒者 地獄の味噌蔵/よろこびの渦巻』
 僕が観た小牧コロナ横のHARD OFF、ジャンクDVDコーナーで偶然、黒沢監督『地獄の味噌蔵』を100円(^^)でゲット! Amazonで4〜8千円、ヤフオクでは1000円くらいですね(^^;)
 まだ7〜8枚あったのでファンは『リアル』観賞後、是非入手をw。「ビッグバン塩釜店」という宮城の本屋だかレンタル屋だかのシールが貼ってあります。ジャンクコーナだったので黒沢作品が可哀想(^^;)…。
・映画「リアル~完全なる首長竜の日~」スペシャル | TBS CS

"6/1(土)深夜0:00~深夜0:30
6/2(日)深夜0:30~深夜1:00
6/5(水)深夜0:00~深夜0:30 ほか
第9回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した乾緑郎の「完全なる首長竜の日」を、本作が初共演となる佐藤健&綾瀬はるか主演で映画化!番組では、2013年6月1日公開予定の映画『リアル~完全なる首長竜の日~』の魅力・見どころをたっぷり紹介する。"

 こちらは今週のスカパー無料放送で観られますw。
Twitter / shin_bungeiza【新文芸坐】

"【新文芸坐・オールナイト】速報!7/27・8/3は監督デビュー30周年を迎えた黒沢清監督特集を予定! 黒沢清監督自選による今伝えたい8本を豪華トークショーとともに! 詳細は近日発表!"

乾 緑郎『完全なる首長竜の日 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)』

" 選考委員が即決した『このミス』大賞受賞作! テレビ・雑誌各誌で話題、その筆力を絶賛された大型新人のデビュー作、待望の文庫化です。
 少女漫画家の和淳美は、植物状態の人間と対話できる「SCイン ターフェース」を通じて、意識不明の弟と対話を続けるが、淳美に自殺の原因を話さない。ある日、謎の女性が弟に接触したことから、少しずつ現実が歪みはじ める。映画「インセプション」を超える面白さと絶賛された、謎と仕掛けに満ちた物語"

乾 緑郎、つかさき 有 漫画『完全なる首長竜の日』

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受信: 2013.06.05 11:48

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