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2013.09.13

■感想 フィリップ・K・ディック著, 阿部 重夫訳『市に虎声あらん』"Voices from the Street"

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今日の平凡社: ついに邦訳! ディック幻の処女作『市に虎声あらん』.

" 黙示録的な雰囲気の漂うサンフランシスコを舞台に、 不安と妄想に引き裂かれる自我の怪物――。
 1963年、『高い城の男』でヒューゴー賞を受賞し、 SF界に天才として迎えられた、フィリップ・K・ディック。 もともとは純文学作家を目指していたディックが、1952年、弱冠25歳で書いた長編小説は、そのあまりの過激さゆえ、彼の死後四半世紀を経てようやく日の目をみた問題作でもありました。
 その幻の処女作が、ついに初邦訳!
 『市(まち)に虎声(こせい)あらん』 フィリップ・K・ディック 著/阿部重夫 訳 定価:2,520円(税込) 四六判   552ページ"

フィリップ・K・ディック - Wikipedia

"市に虎声あらん"Voices from the Street" (1950年)- 処女作であるが、出版は2007年。平凡社による日本語版は2013年"

 フィリップ・K・ディック25歳の時の非SF長篇『市に虎声あらん』読了。
 ほぼ主人公視点、時勢もリアルタイム、ワンテーマでストレートに重厚な現実を500ページ(解説以外)で描ききった傑作!

 あったかもしれない幻の自分と現実の自分の間で引き裂かれる主人公。
 現実を突き崩すために、存在するある境界に突進する姿が、この後のディックSFで変容し描かれて続けているように感じられる。
 
 主人公の意識も/作家の描写も、焦燥感の理由を直接描かない。
 周囲で起きた事象から演繹的に追い込まれた主人公の無意識の感覚を読者の中にじわじわと生起させ、読者の記憶の中、誰にでもある(たぶん)言われのない焦燥と破壊衝動を鳴動させる。

 後年のSFは、現実が多重に変容したりガジェットで空想世界へ逃避できたりシミュラクラの存在により読者が主人公からズレたり、自身の記憶を鳴動されて追い詰められる様な焦操感が薄まるのだが、確固たる外界の現実にがんじがらめにされている『市に虎声あらん』では逃げ場のない重圧がかかる…。

 がんじがらめの現実は、自らの破壊衝動により周囲を攻撃することでしか、逃げ場を設けられない。『市に虎声あらん』で象徴的に描かれたクライマックスの主人公とガラスのオブジェの痛々しい姿は紛れもない芸術(^^;)。

 そしてそんなディックの濃厚な原液たる『市に虎声あらん』を訳す阿部重夫氏の重厚な訳文が素晴らしい。読めないようなw、タイトルとともに漢語/古語的な漢字を当てて表現された日本語が、レイシズムや愚昧、高慢が積層し行き場のなくなった日常の焦操を見事に描き出している。


 もし本書がディックの若き日に出版され、純文学作家として認められ、そのままSFを書かなかったとしたら、どんな作家となっていただろう。

 アメリカの主流文学をよく知らないので、わずかな読書経験からレイモンド・カーヴァーを思い出すのだけれど…。『市に虎声あらん』から想像するに、カーヴァーの市井の憂鬱を描き続けたあの作品群を、もっと先鋭にそして攻撃的にした様な小説を、ディックは深く追求して描き世界的な作家になっていたかもしれない。

 もちろんそうなった場合、SFファンとしての一抹の寂しさはあるけれど、きっとディックにとってはその方があるべき自分だったのかもしれない。
 現実のディックは、本書の主人公の様に、SFを書く自分と、あるべき姿の狭間でストレスを積み上げていたのではないだろうか。


◆関連リンク
フィリップ・K・ディック, 阿部 重夫『市に虎声あらん』
・当Blog記事
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