■感想 ジョゼ・パジーリャ監督『ロボコップ』José Padilha's Robocop(2014年)
RoboCop TRAILER 1 (2014) - Samuel L. Jackson, Abbie Cornish Movie HD - YouTube(予告篇)
ロボコップ (2014年の映画) - Wikipedia
ジョゼ・パジーリャ - Wikipedia
"2002年にドキュメンタリー映画『バス174』で監督デビューする。 2007年に『エリート・スクワッド』で初めて劇映画の監督を務め、ブラジルでは商業的に大成功をおさめた。また、第58回ベルリン国際映画祭では金熊賞を受賞した。"
ポール・ヴァーホーベンのサイバーパンク『ロボコップ』のリブート作品。
ブラジルのこの監督はwikiによれば素晴らしい作品歴があるようだけれど、残念ながら僕は未見。金熊賞の『エリート・スクワッド』はリオデジャネイロ州の軍警察 特殊警察作戦大隊を描いた作品とのことなので、そこから今回の起用があったのかもしれない。
冒頭から異様なテンションで登場するニュースキャスター サミュエル・ジャクソンは、バーホーベンの『スターシップトゥルーパーズ』をも想い出させ、徹底した米国流軍産複合体誘導の様相を強烈に批判したシーンとなっている。このあたりはバーホーベン作の本質を踏襲しているようにみえる。
それに続くテヘランのシーケンスは、バーホーベン作を超えたアメリカの世界的な覇権の汚物をみせるシーンとして映画に広がりを獲得している。
MGMのライオンは米国覇権主義の象徴と考えることも出来、冒頭とラストの扱いは痛烈な批判精神に溢れ秀逸だと思う。
★★★★★★以下ネタバレ注意★★★★★★
◆フランシス・ベーコン「オレステイア トリプティック」
そして次に当Blogとしては、予告篇にも登場するフランシス・ベーコンの絵画シーンについて触れないわけにはいかないw。
Cum Lazaro: Robocop and the resistance of the natural.
"Add to this some subtle details -the villain's office is decorated with Francis Bacon's Oresteia trilogy (above) -images symbolic of the breakdown of the family (Orestes) and the body (Bacon's usual butcher's eye view of the world)"
軍事警察ロボットメーカ「オムニコープ」社長のレイモンド・セラーズの後ろに掲げられているのは、フランシス・ベーコン "Triptych Inspired by Oresteia of Aeschylus" <アイスキュロス『オレステイア』にインスパイアされたトリプティック>である。
特にその中央の絵は、この後に登場するロボコップの衝撃的な欠損映像に似ている。透明の球面容器に入れられた内臓の様なベーコンの人体変容絵画は、まさにアレクサンダー・マーフィーの異様な姿と通底する。
後半、この絵画は抽象的なCGのような3つの絵(?)に置き換えられるが、その置き換わった作品がとても気にかかる。どなたか情報があれば教えてください。
※と書いていたら、キネ旬2014年4月上旬号の連載「セルロイドの画集」で、滝本誠師がベーコン作品と『ロボコップ』について書かれているようです。これは必読!
◆自由意思の幻想 としてのロボコップ
デネット・ノートン博士がロボコップとなったマーティンの攻撃時の応答速度を上げるために、機械の体の判断と行動がマーティンの脳よりも早く反応するようにセット、意識はそれを自分が実行したと思い込むように手術するシーンがある。
"「彼は自分をコントロールできている思っているが、そうではない。彼は自由意思の幻想を見てるんだ」"
そして、セラーズ社長は「自分をマーティンと思い込んでいるマシン」というような表現をする。
ここで、伊藤計劃とも通じるビジョンが描かれるかと期待させる。ベーコンの絵とこの意識を巡る言説に、ワクワク。この後、どんな展開がこのアクションSFで実行されるのか。
しかし残念ながら後半は家族の物語に終始し、このサイボーグの意識についての言説は、このシーン以上に展開されることはない。以下は、このシーンでワクワクした私という意識の妄想であるw。主に伊藤計劃の著作と『ロボコップ』の関係について述べ、もしかしたらリブートロボコップの次回作があるとしたら、そんなスリリングなテーマが語られるのかもしれない。
◆伊藤計劃とロボコップの関係
「自由意思の幻想」について、伊藤計劃は短篇「From the Nothing, With Love」で以下のように語っている。少し長文になるが引用する。
"「ベンジャミン・リベットはアメリカの神経生理学者よ。リベットの実験というのは、こういうもの。被験者に関して測定されるポイントは三つ。体のどこでも良かったのだけれども、とにかくそこを動かそうと決定した時間。そのときは指だった。」
「二点目は」
「指を動かすために、脳が動作の準備に入るその電気的活動が発生した時間。準備電位と呼ばれるものよ。三点目は、実際に指の筋肉が動かされた時間。これらを測定した結果、世界をひっくり返すような事実が判明したの」
「少なくとも、まだ世界は裏返ってないようだが」
「誰も深刻に受け止めていないからよ。だって、被験者が指を動かそうと決意するよりも前に、脳はそのための準備を始めていたんですもの」
「……何だって」
「行ったとおりよ。」指を動かせと意識が命令して、指が動くのではないの。意識が指を動かそうと思うより前に、脳はその準備に入っているの」
「馬鹿馬鹿しい」
「いいえ、残念ながら七〇年代から八〇年代にかけ繰返し追試されてきて、最早動かしようのない科学的事実なのよ。この実験の解釈は様々にあるわ。人間の自 由意志を否定するもの。意識は後付で行動を追認または否定しているに過ぎないというもの。それから、それはごく狭い見方に過ぎず、実験は意志決定という巨 大なプロセスの全体を測定できていないのだというもの」
「意識は後付で行動を追認しているに過ぎない、とはどういう意味だ」
「たとえば、私が貴方あの頬をつねるとするわね。貴方は痛みを感じるでしょう。でも痛みというのはね、体の部位にもよるけれど、脳に到達するまでにだいた い〇・五秒もかかっているのでも、貴方はつねられた瞬間に痛みを感じているように錯覚する。つねられたと同時に痛さを感じているかのように『感じてい る』。でもそれはね、脳が刺激を受けた時間軸を編集しているからなの。〇・五秒遅れた世界を、〇・五秒戻してやってから意識に送り込むことで、擬似的なシ ンクロニシティを作り出しているからなのよ。今現在、なんてものは存在しない。視覚も、味覚も、触覚も痛覚も、その処理速度はばらばらよ。私っちが日々見 て、感じている世界の統合された瞬間瞬間を脳内に作り上げるには、コンピュータと同じでそれなりの処理時間が必要なの。それらばらばらな情報をまとめ上げ て、あたかも『今現在』とか『この瞬間』とかが存在するかのように錯覚させているのが、私たちが『意識』と呼んでいる機能の一部ってわけ」
「じゃあ、意識は肉体と無意識で出来た自動人形の見ている、単なる夢だっていうことなのか」
「もちろん違うわ。意識は判断し、行動を調整することが出来る。ただ、意識がなくとも出来ることというのは実は多いの。人間は何から何まで意識して体を動 かしているわけじゃないでしょう。キーボードをたたく指の一本一本、アスファルトを踏みしめる歩みの一歩一歩。そういうのは単純な例だけれども、でも音楽 演奏を初めとする、かなり広範囲の文化的創作行為が、実は意識の介在なしに行われているとする研究は存在するわ」"
まさにここで語られているのは、『ロボコップ』のマーティンにノートン博士が施したのと同等の知覚,認識,行動のプロセスが、現実の人間をも支配しているという驚くべき実験結果についてである。
このベンジャミン・リベットの実験を引用し、伊藤計劃はその作品で、行動を駆動する脳の非意識活動と意識の順番の転倒を示して、意識という近代の幻想の葬送を語ろうとしていた。
その後の著作でも描かれているそのテーマについて、このBlogで僕が書いた以前の記事から関連部分を引用する。『ロボコップ』のあのセリフで、伊藤計劃をダイレクトに想起して、どんな物語が展開するかと期待した僕の脳内を少しでも再生して頂ければ幸いである(^^;)。
" 健康テーマのユートピアもの、と単純にイメージしていたのですが、豈図らんや、伊藤計劃氏が追求していた「意識」テーマの本格SFでした。"
"我々人類が獲得した意識なるこの奇妙な形質を、とりたてて有り難がり、神棚に祀る必要がどこにあろう" (P316)
■ネタバレ感想 伊藤計劃×円城塔『屍者の帝国』: The Empire of Corpses
" そしてさらにプロットで強く知りたいのは本格SFのテーマ部分。「意識」と「言葉」についての伊藤氏の構想である。
円城版で「From the Nothing, With Love.」+「言葉」については触れられて総論としては見事に纏められているが…、僕の個人的な関心領域のこの部分は、残念ながら「From the Nothing, With Love.」の凄みのさらにその先としては、今ひとつと言わざるを得ない部分もある。
「From the Nothing, With Love.」は語り手が「意識」であり、その彼が意識の葬送をしているところに凄みがあると書いた。
そして将来的に書かれる物語としては、意識とテキストの関係、成り立ちに肉薄する予告がそこにあったと思う。
ヴァン・ヘルシングのクライマックスでのXの認識は、「言葉」と語られているが、読者にはいささか唐突に感じられる。もしこの「意識」と「言葉」の繋が るメカニズムが深堀りされていたら、古今東西の物語を転倒させて「文学」をひっくり返すイメージが現出する凄みが出たのではないか、と個人的に夢想する。"
いささか妄想暴走気味で申し訳ないですが、ゲイリー・オールドマン演じるノートン博士を軸にして、そんなSFへと『ロボコップ』の新しい物語が紡がれていくのを期待して、この文章を閉じたいと思う。
『ロボコップ』、アクション映像も凄いけれど、SFとしても今後の展開に期待!!
◆関連リンク
・キネ旬2014年4月上旬号 - KINENOTE.
"セルロイドの画集 シネマ・アート・ランダム 第94回 フランシス・ベーコン<アイスキュロス『オレステイア』にインスパイアされたトリプティック>×『ロボコップ』"
滝本誠師がベーコン作品と『ロボコップ』について書かれているようです。これは必読!
・オレステイア - Wikipedia.
"古代ギリシアの悲劇作家アイスキュロスの書いた悲劇作品三部作。唯一、三部作ともにしっかりした形で残された作品であり、『アガメムノーン』『供養する女たち』『慈しみの女神たち』の三つの悲劇から構成される。紀元前458年に上演された。"
・ベンジャミン・リベット, 下條 信輔訳『マインド・タイム 脳と意識の時間』
・▶ Elite Squad - Trailer 1 - YouTube
『エリート・スクワッド』の予告篇。
・Robocop (2014): Behind the Scenes (Broll) Part 3 of 3 - YouTube
『ロボコップ』のメイキング映像。
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