大口 孝之『コンピュータ・グラフィックスの歴史 3DCGというイマジネーション』 (FILM ART | フィルムアート社公式HP)
"「それまでまったく存在していない技術」はいかにして巨大産業に発展したのか? コンピュータ・グラフィックスという巨大なイマジネーションをカタチにしたパイオニアたちの仕事を紹介。
CG、映像技術、VFX、IT技術、グラフィック・デザイン、モーション・グラフィックス、アニメーション、立体3D映像に興味のあるすべての学生、ファン、プロフェッショナル必見!"
本書は、創成期に日本初の CG プロダクション JCGL にてディレクターを務められた映像ジャーナリスト 大口孝之さんによる新しい映像が世界に生まれる瞬間を描いたドキュメンタリーである。
CGの歴史、その誕生からユタ大学による"カンブリア紀"的な爆発的進化を経て、産業へと発展して行く様を描いた、挑戦と冒険の物語。
僕はCG黎明期の映像を、学生時代にパイオニアから発売されていたレーザーディスクで観ていた世代で、その当時の観たことのない映像の興奮を思い出しつつ、その舞台裏でどのようなパイオニアたちが活躍し進化させていったかを描いた本書を、本当にワクワクして読み終わった。
当時のCGを知らない方でも、アメリカ西海岸のデジタル産業のドキュメントを好きな方には、Appleやマイクロソフト等の発展の歴史と同等に、興味深く読めると思う。
まさにそのパーソナルコンピュータの歴史と並行して、Pixerのジョブス等どちらにも密接に関係した人物が登場し、もうひとつのデジタル文化の発展を、手に汗握って読むことが出来る。
大口氏が冒頭で書かれている様に、CGは、楽器の生演奏や手描きアニメ,特撮と比べて、人の手を使った苦労がダイレクトに伝わりにくい映像手法である。(曰く「CGに頼りすぎているからダメな映画」という表現が流通している様に)
冒頭で、そんなCGが実は特撮や手描きアニメと同等か、それ以上に人の血が通った映像であることを示すために、パイオニアたちの「人の苦労」を伝えることが、本書の目的のひとつとして設定されている。
まさにその試みは成功しており、本書を通読した後、デジタル機器が機械的に自動で生み出している様に思われるCG映像が、生身の血の通った人間による映像としてイメージできる様に感じられる。この冒頭で設定された本書の目的は十二分に達成されていると思う。
日本の映像関係者(現在、CGのお世話になっていないクリエータはいないはずですね(^^))にも広く熱く読まれるべき本だと思う。(私ももっと早く読んでいなかったことの不明を恥じます)
◆詳細内容について
本書の目次はFILM ART:フィルムアート社 公式HPに掲載されているのでそちらを御覧下さい。ここでは、僕が興味を持ったキーワードを中心に、各関係者の情報へのリンク集とします。(と言いつつ、あまりに本書のデータ量が膨大なため、ここではその冒頭の数カ所しか今の所、挙げられません。興味のある方、詳しくは書籍を入手下さい。以下、項目は時間がある時に自分の勉強を兼ねて、少しでもアップデートしてリンクを増やしていきたいと考えます)
・CGのまさに始祖ウイットニー兄弟(John Whitney, James Whitney)からスタートし、下記の様なパイオニアの歴史が語られている。
・ジョン・ウィットニー・シニア(The Official John Whitney Sr. Site)によるグラフィック・フィルムズ社 コン・ペダーソン(Con Pederson)による『2001年宇宙の旅』のスリット・スキャンによるスターゲートシーンの提案と、その後のダグラス・トランブル(Douglas Trumbull)による"再発明"について。明言はされていないが、トランブルより前にペダーソンによる発明が先行していたようである(詳細なニュアンスは本書P44-参照)。
・CG研究の梁山泊 ユタ大学
デイヴィッド・エヴァンス(David C. Evans)、アイヴァン・サザーランド(Ivan Edward Sutherland)によるコンピュータサイエンス学部で、現在のCG基礎技術のほとんどが数年の間に開発された。(そしてそこの学生のうちの一人が、のちのピクサーの創立者,現社長にして、ウォルト・ディズニー・アニメーションの現社長であるエドウィン・キャットマル(Edwin Catmull))
・ゼロックスパロアルト研究所(PARC)
リチャード・ショープ(Richard Shoup)らによるカラーグラフィクスの研究。
・世界初のCGプロダクション MAGI(Mathematical Applications Group, Inc.)
フィリップ・ミッテルマン(Philip Mittelman)によって創設。
リチャード・ティラー(Richard Taylor)が『TRON』のVFXスーパーバイザーを務めた。
・ルーカスフィルム、ドリーム・ワークス、そしてピクサー
この他にも数十(or百?)の多種多様なCGスタジオの勃興の歴史と、そこにたずさわった数学者、プログラマー、経営者他の歴史が語られている。
本書が刊行された2009年6月まで、ラセターがディズニーとピクサー両スタジオのCCO(チーフ・クリエーティブ・オフィサー)兼任までのダイナミックな歴史が語られている。
まさにこのパートが、CGアニメーションとCGIによるSFXの映像の舞台裏になっていてエキサイティング。
◆コンピューティショナル・フォトグラフィー
最終章である25章で、書かれるのが「これからのCG」。ここで大口氏により示される未来の映像ビジョンにも興奮。
そのキーワードが、コンピューティショナル・フォトグラフィー(計算写真学 : CP)。
これは、応用例として、カメラ撮影の後に、焦点距離、ダイナミックレンジ、シャッター速度、光源の位置や数、撮影速度、解像度、被写体の材質などを修正する様な技術を総称しているという。
マシンパワーの強力化で、映像のデジタルハンドリングの自由度が無限に拡張して行くビジョンは、8mmフィルムで撮影していた学生時代を思い出したりすると、目眩がする様な未来感覚。こうしたマシンパワーによって人のクリエイティブも無限に拡張していく夢の映像の未来を垣間みた感覚。
本書の魅力は、CGの勃興でその基礎部分を丹念に描き、20世紀に生まれた映像技術がその最終章で示される様な、デジタルのマシンパワーを背景に全ての映像情報の加工を実現する未来像までを迫真を持って書き出していることである。
20世紀の最後の四半世紀に進化したデジタル映像が、21世紀にたどり着く彼岸はどんな境地なのだろう。そうしたことを考えるのに最適な一冊である。
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